早稲田卒業まで暇だからSEXしよっか。

ないものだらけだった。

友だちいない、恋人いない、治療費がない、食費がない、衣服がない、引越し先がない、内定がない。


夏休み、

っていうか卒業確定した大学5年生の身分なので、就職先もなければもうあとは永遠に休みかもしれないんだけど、スケジュール帳は白紙だった。

笑っちゃうほど何もない!
無が、ある!
はっはっは、やべえーーー。

吟遊詩人や旅人でいるならそれでいいのだけど、だって住んでいるところは現代日本の、都会の真ん中新宿区だぜ。はっはっは、よく生きてんなぁ。

2週間後には無職ホームレスかも、ってウケる。学歴ムダにするな、って昔は言われていたのだけど、最近はよくもわるくも放っておかれている。

大切な人には電話もLINEもブロックされている。去年置いていったあなたの服は処分していいの、って確認することも許されない。だから全部、捨ててしまった。

引越し先は決まらないけれど、退去日は迫る。部屋を空っぽにした。布団もなくなってしまって、今はお尻が痛いままパソコンに向き合っている。向き合ってくれる相手はそいつくらいしか、いないんだもん。

人生最後の学生の長期休みのはずなのに、友だちは自分を置いて就職してバリバリ働いているか、ブラジルだのトルコだのへ飛んでいってしまった。

暑いね、と言っても、暑いね、と返してくれる人はいない。




ところで、寒いねと言いあえる相手がまだいたかもしれなかった半年前、医師からある紙切れをもらった。(正確には、一万円出して買ったのだ。)

性同一性障害、なのだと。

女性の体で生まれてきた男性、という建て前。体を男性に近づけていくことにした。

それからが、地獄だった。

鬱になったり、退学しかけたり。

最もハードだと聞いていたホルモン注射のはじめの半年をどうにか生きて、超えることができた。起死回生して、どうにか卒論を完成させた。


ようやく元気になってきた。
久しぶりに“社会”に出てみると、周りからは「かわいい少年」扱いされる。ちょっと嬉しい。

同期の男性はもうビジネスマンになってスーツを着ていたり、婚約や結婚を控えていたりもするわけだが、さすがに思春期真っ盛りモードにやっとこさなれた自分が、そうした道を辿った人たちと比べるのは無益なだけなのでやめておく。

自分は思春期真っ盛りの思考であり性欲であり食欲であり、とにかくエネルギーを持て余していた。

普通に(大キライな言葉だけどあえて使う)思春期を過ごせていたら、お腹すかせて家に帰ったらご飯が用意されていて、バカバカしい思いつきに付き合ってくれる友だちがいて、告白するとか付き合うとかの話が日常会話で交わされていたのだと思う。


今、めちゃくちゃそうしたいモードなのに、人まみれの新宿にただひとり。誰も構ってくれる人はいなかった。
エネルギーがあるのにとんでもなく暇だ。動き回らないと、腐ってしまう。

**普通の男になりたかったーーー。 **

振られて一番に恨んだのは、その覆せない事実だった。変化して成長していく自分の姿を、誰もそのまま認めてくれない。喜怒哀楽をすべて自分ひとりで背負わなきゃならない。共有できない。道ばたに咲く雑草の一つのようで、そのくせ強くはなれなくて、なのに生きていて、しんどかった。


でも、開き直ったら早かった。

普通の男でたまるかよーーー!

夏休みの目標を決めた。
「性を探求する夏にしよう」

フェミニズムの本を読むとか、ニューハーフショーのバイトをするとか、いくつかリストアップした。「15人以上とセックスする」、もその一つ。

まず自分がセックスしまくろう、と思ったのには単純な理由がいくつかある。

・暇だったから。:とにかくそれ。

・知らない人に会ってみたかったから。:せっかくアクセス抜群な場所にいるんだもの。

・スポーツしたかったから。:ジムの契約期間ちょうど切れるタイミングだったし、いい汗をかきたかった。

・お金がないけど遊びたかったから。:こちらが学生だと知ると年上の相手が場所代を出してくれることが多かった。同い年だと割り勘、年下だと多く払うけどね。

・客観的なパス度(目指している性別の方で見られているかどうか)を知れるから。:自分がどんどん男性化していく姿を、他者によって改めて認識できるいい機会だった。

・マッサージ感覚:どこが気持ちいいのか、お宝探しみたいな。




案外優秀だったみたいで、目標はあっさりクリアできた。

手法としては、一旦自分の境遇を徹底的に受け入れることにした。ちょっとした覚悟を決めたのだ。

どうせ“普通の男”にはなれねーよ、とわかったら、あとはもう、今自分にできることを淡々とこなすだけになった。ある意味、受験勉強みたいに。

“普通の”出会い系アプリでは不十分だった。

体のとおり女性登録にしたら、挿入したいだけの男性が集まってくる。
心のとおり男性登録にしたら、挿入されたいだけの女性が寄ってくる。


ねえ、ふざけるな?
アイデンティティーが保てるはずもなかった。

だから積極的に自己開示するしかなかった。

トランスジェンダー男性(FtM)、と表記して個人的に募った。

女性狙いの人とはそもそもマッチしようがないので、無視するように学習した。そうじゃないと最初からないような自尊心が、えぐられて消耗するだけだったから。(肉便器扱いされるのはムリっす。)経験から、よーくわかった。


一方で、きちんと理解や経験があって楽しめる人たちもいた。

一番多かったのは、もっとも多数派であろうシスジェンダーの男性だった。とはいえ純粋に性的探究心旺盛な人は多く、とくにLGBT当事者でなくとも男性同士や、FtMとの経験者も見つかった。

いかにも仕事のできそうな重役っぽいビジネスマンの自家用車のなかから、SMプレイ用のマスクやロープが登場したこともある。高級ワイングラスのケースにそんなのをしまっておくなんて、カモフラージュの仕方に密かに爆笑した。

平日の真昼間に突発的に募集したにもかかわらず、マッチしたこともある。革のビジネス用バッグのなかから、電マが出てきた。日常的に持ち歩いている変態さんらしい。

身体的な治療をしているFtMさんやMtFさん(ニューハーフと名乗っていた)ともヤった。

治療歴の長い人の生身の体に接することで、先ゆき不明な自分は励まされもした。ちゃんと生きているんだな、というあたたかみを感じた。


ガチムチのゲイにも誘われた。

従来のプレイでは、FtMであるこちら側に“まだオンナ要素が残っている”のを喜ばれるケースがやはり多かった。「若い女性」(と見なされること)に市場価値が高い、というのは事実だったのだ。

けれどもゲイの前では一転、むしろオンナ要素がない方が喜んでもらえた。最近ホルモン注射の影響で体臭が男くさくなっちゃったんですよ、と話すと、その方がオレは好き、と喜んでTシャツのニオイをくんくんされた。

性自認に近い方の性別のみで扱われたのは初めての経験で、非常に自己肯定感が支えられた。




セックス、
というと、なんやかんやと「男性器を女性器に挿入する」パターンが想定されがちだ。実際のところ、暗黙の了解として、そういう目にもあってきた。
そうそれは、暗黙の了解なのだ。世間の風潮が根強いせいで、そうじゃないケースの方が少ないんじゃないだろうか。


でも、セックスとはそればかりではない。

FtM、と自己開示して何が一番良かったかって、そうしたステレオタイプなイメージに縛られずに済んだことだ。

男なら挿れられる側はイヤだろ、と配慮してくれる人もいる。(これについては個人的な意見があるのですが、やみくもに挿入する/されるだけのプレイには嫌気がさしていたのでどんな理屈であれ助かった)

舐めるだけとかアナルだけとかの方が好き、という人もいる。

乱交というシチュエーションが好きな人もいる。

事後の煙草が、無性にうまかった。

絵を描いている話をしたら、ウチの店で描いてくれない?とビジネスの話になったこともある。

ドイツ留学をしていた話をしたら、ドイツビールをご馳走になったこともある。


色々な人が必死に生きているんだな、とわかった。雑多な日常のなかには、おもしろい人がいるものだ。この夏休みに熱中したことは、セックスである。

**貧乏学生でもフェミニストでもトランスジェンダーでも、大丈夫。できるし、やっていいのだ。 **

今できることに熱中する、という旅人のようなスタンスで生きている自分には、どこにも行けないけれどどこかに行けた気がする、ワクワクドキドキする夏だった。

これ以上失うものはない、と覚悟を決めたからできたことだし、その点において自分を誇りに思いたい。




さて、学生を名乗るのはそろそろおしまいらしい。新宿も離れなきゃならない。

宿どうしよっかな。とりあえず今日のご飯を確保しなきゃ。生活、をするのはラクではないんだ。

……
ちなみに、おいおい嘘つくな、とツッコまれそうですが、自分はデミセクシュアルなのです。親愛のある人にしか性的感情は湧かないのですよ……。

それなのに人間であれば基本的に誰とでも性行為自体が可能なのは(自分はパンセクシュアル、っていうかコスモポリタンなのだと思うよ)、別の領域で脳や体をコントロールしているからだと思います。
おそろしく理路整然と切り分けできるところがあるからヤレるのであって、性欲爆走モンスターだったわけじゃないよっ!、と最後にお伝えしておきます。


長文乱文読んでいただきありがとうございました。よき暮れを〜〜

#エッセイ #大学 #性 #LGBTQ #トランスジェンダー #日記 #夏

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