絵本『飛んでゆく』
1
ここは、暑い熱い地球の真ん中。
あまりの暑さで空気は目を回し、嵐が吹き荒れました。
そこで赤道の鳥たちは、北へ逃げていきました。
2
北の国に着くと、元からいた鳥たちは赤道の鳥を怪しくおもいました。警戒して、仲間はずれにしました。
ヘンテコな色のよそ者だな。
トリがわざわざ寒い地域へ飛んでくるなんておかしい、オレらに悪さするにちがいない。
ニンゲンだって、外来種をやっつけるように唱えているじゃないか。お前さんたちもそうだろ。
3
ひとりぼっちになった赤道の鳥は、北の国になじめずに泣いていました。
ふと夜空を見上げると、ふたつの星がキラリと光りました。とおもったらその星が、一瞬で消えてしまいました。おどろいた赤道の鳥はあわてて逃げようとしますが、疲れはててもう動けません。
4
影からあらわれたのはフクロウでした。
「そんなに泣いていたら、うるさいじゃないか」
「ごめんなさい。目立つ色のせいで、よそ者は出てけと言われるのです。でもボクには他に行くあてもないや」
フクロウは、ぐるんと首を動かして、赤道の鳥から目をそらしました。
「ワタクシには色が見えない。夜に活動するなら必要ないからな。
だからキミがどんな羽を持っていてもかまわない」
赤道の鳥は、フクロウを慕うようになりました。
5
あるとき、フクロウは赤道の鳥に言いました。
「キミの羽はきれいだ」
「色が見えないのになぜわかるの?」
「色がなくてもカタチはわかる。鼓動もきこえる。キミは美しいのだね」
「フクロウさん、よく喋るようになったね」赤道の鳥はうれしくなりました。
「言葉を思い出しただけさ。しばらくひとりだったから、忘れていたが」
「なんでそんなにひとりだったの?」
「昼の明るさを避けるようになったのは、ほかの鳥がこわかったからだ。おくびょうなだけだよ」
「フクロウさんもボクのようにいじめられたの?」
「それはちがう。けれど、似たようなものさ。だから大陸を越えてきたのだ」
「うそでしょう、フクロウが海を越えるところなんてだれも見たことない」
「だれも見ていないからといってなかったことにはならない。キミや周りの鳥たちが知らないとしたら、知らないことについて語ることはできないね?この話はおしまいだ」
6
時がたち、赤道の鳥のあざやかな羽は、北の国でも見慣れた光景になっていました。今ではおそれずに、昼でも夜でも飛ぶことができます。でもやっぱりフクロウといっしょに星を眺める時間がすきだから、がんばって夜更かしするのでした。
7
満月の晩、赤道の鳥がフクロウのもとを訪ねると、フクロウはなかなか目を覚ましませんでした。
「フクロウさん、疲れているね」
「いいや、疲れも感じないよ。もはやワタクシには月も眩しいんだ」
「そうなのですか。ボクはフクロウさんがいるから、昼間も楽しめるようになりました。ありがとう」
「それはよかった。だけど焦らなくていいんだよ」
フクロウは、地上に映る満月を見て、赤道の鳥を見て、それから遠くを眺めました。
8
「元気な鳥たちは、新しいものに抵抗がある。最初にキミをいやがったようにね。その一方で、新しいものを創り出したくてうずうずしている。それが今の文化さ。でも大切なものは、もうすでにキミのもとにあるかもしれないのだ。創造より、想像を忘れずに」
「むずかしいね。フクロウさんは新しく何かを生みだすのがキライなの?」
「キライというんじゃない、感情でもない。無理しなくていい、と自分に言い聞かせているだけさ。キミの斜め上くらいに、もう一羽のキミをイメージしてごらんよ。そいつが言うことをキミ自身がよく考えて飲みこんで、行動するんだね」
「わからないけれど、わかりました。きっと忘れないよ。おやすみなさい」
赤道の鳥がフクロウに会ったのは、それが最後となりました。
9
それからどの樹を探しても、フクロウの姿は見えませんでした。赤道の鳥は、いつもフクロウが眠っていた大木に話しかけました。
「フクロウさんはどこへ行ってしまったんだろう」
「彼女ならどこへでも行けるだろうね」
赤道の鳥は、涙を止めました。
「今なんて?」
「どこへでも行けるだろうね、彼なら」
「さっき、フクロウさんを彼女と呼んだね?オスの鳥じゃないのかい」
「悪かった、キミが知る必要はない。けれども、かつて彼は彼女だった」
フクロウが越えてきたのは、大陸だけではなかったのでした。
10
「なんでフクロウさんはボクにその話をしてくれなかったの」
「あんまり近くにいすぎたからさ。あるいは、ときどき信頼は自由をこわすからだ。でも、こわされてもいいくらいキミを愛していたフクロウさんは、幸せだったよ。あんなにいい顔は初めて見たさ」
それから赤道の鳥は、毎晩夜空に二つのきらめく星を探すようになったそうです。