テスカトリポカはトウガラシ売りに化けてケツァルコアトルの娘を誘惑した

 これは『フィレンツェ絵文書・第3書』の中のトランの神官王(セ・アカトル・トピルツィン・)ケツァルコアトルと3人の妖術師のエピソードに基づいていますが、正確にはもう1人の支配者ウェマクの娘です。先に挙げた例もですが、『マヤ・アステカの神話』の著者アイリーン・ニコルソンは「ウェマク=ケツァルコアトルの別名」として一律に置き換えているようです。確かに、アルバ・イシュトリルショチトルの『Sumaria Relación de Todas las Cosas que han sucedido en la Nueva España...(ヌエバ=エスパーニャで起こったすべてのことと(略)に関する概要報告 )』ではケツァルコアトルとウェマクは同一人物として書かれています。しかし、他の史料には違った記述もあります。このケツァルコアトルとウェマクの件に関しては後ほどもっと詳しく調べるつもりですが、それはまたの機会に。
 ここでは差し当たって、(セ・アカトル・トピルツィン・)ケツァルコアトルとウェマクが別人である例として、『クアウティトラン年代記』ではトランのウェマクが2人組の妖術師ヤオトルとテスカトリポカの化けた女たちと同棲してしまったためにケツァルコアトルを辞めたことや、ドゥランの『ヌエバ・エスパーニャ誌』では2人組の妖術師ケツァルコアトルとテスカトリポカが娼婦ショチケツァルをトゥーラ(トラン)の王ウェイマク(ウェマク)の部屋に送り込んで陥れようとし、その結果ウェイマクはトゥーラを去ることにした、などを挙げておきます。というか、すべてのウェマクがケツァルコアトルの別名に過ぎないのだとしたら、ケツァルコアトルはでかい尻の女に固執したために命を落とす羽目にもなるんですが(『トルテカ-チチメカ史』より)、アイリーン・ニコルソンはその辺どう思っていたんでしょう?

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