JOG(1395) 国家論なき憲法学者たちの迷走
日本がどうあるべき、という国家論がなければ、それを描く憲法を変えようという志も生まれない。
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■■■ 日本の建国目的を知っていますか? ■■■
初代・神武天皇は「大御宝を鎮むべし」と述べて、国を建てました。
民を「大切な宝」として、安らかに暮らせるような国を作ることが、我が国の建国目的でした。その後の多くの為政者たちが、この目的を実現するために苦闘してきました。
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■1.改憲を望む国民の主権を踏みにじる「反」立憲「反」民主党
先の選挙での自民党の大敗を受けて、衆院の委員長、審査会長のポストをいくつか立憲民主党に渡すというニュースが流れました。そのうちの一つ、憲法審査会長には枝野幸男元代表が就くということで、一時活性化してきた憲法改正論議も、これでしばらく停滞を余儀なくさせられるでしょう。
なにしろ、憲法改正に必要な国民投票法の改正案が安倍政権によって2018年6月に両院の憲法審査会に提出されましたが、国会で可決されたのは2021年6月、8国会にわたり継続審議となりました。この遅れを西修・駒澤大学名誉教授は次のように評しています。
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採択が延期されてきた最大の理由は、立憲民主党が強固に反対してきたからです。
安倍晋三・元首相時代は「安倍内閣のもとでは改正論議に応じられない」と主張し、菅義偉・前首相になってコロナ禍にともなう緊急事態条項の憲法への導入が議論されると「コロナ対策が先決であって、憲法審査に応じられない」、そして岸田文雄内閣のもとでは「論憲」を旗印にして前進姿勢を見せていません。[西R04、p65]
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読売新聞の世論調査では、「憲法を改正する方がよい」が2024年には63%と多数を占めていますが[読売]、審議拒否という姑息な手段によって、国民に憲法改正の投票の機会すら与えない、ということは、国民主権の原則を踏みにじることであり、それこそ「反」立憲「反」民主主義です。
■2.「自衛隊は憲法違反」だが「憲法を変える必要はない」?!
同様に憲法改正にブレーキをかけているのは、多数の憲法学者たちです。朝日新聞が2015年に行った122人への憲法学者へのアンケート[朝日]では、現在の自衛隊が、
・憲法違反・・・・・・・・・・・50人
・憲法違反の可能性・・・・・・・27人
・憲法違反にはあたらない可能性・13人
・憲法違反にはあたらない・・・・28人
・無回答・・・・・・・・・・・・ 4人
と、「憲法違反」「憲法違反の可能性」で63%を占めています。これはこれで理解できます。というのは、かくいう私も「憲法9条の条文を素直に読めば憲法違反だと解釈せざるを得ない」と考えているからです。だからこそ国家に不可欠の防衛力を違反にするような憲法は改正が必要だと私は考えていますが、大半の憲法学者はこの点が違います。
・憲法9条を改正する必要がある・・ 6人
・憲法9条を改正する必要がない・・99人
・無回答など・・・・・・・・・・・17人
「改正する必要がない」の99人の中には、前問で「憲法違反」「憲法違反の可能性」と答えた学者たちが多数いるでしょう。自衛隊は憲法違反で、その憲法を改正する必要が無い、ということは、自衛隊は廃止すべきだということになります。そう考える学者たちは、日本国の防衛をどうすべきだと考えているのでしょうか?
■3.「『国家論』なき戦後憲法学」
この疑問に答えてくれるのが、百地章(ももち あきら)日本大学名誉教授の「『国家論』なき戦後憲法学」という指摘です。
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国家意識を欠き、国益を考えることよりも外国におもねる政治家、官僚さらにはマスコミ人等を生み出してきたのも、ひとつにはこのような「『国家論』なき戦後憲法学」であった。
そして憲法学者の議論が、たとえば憲法第九条をめぐるそれに見られるように、往々にして世間の常識とかけはなれたように見えるのも、実はこのような国家論の不在に大きな原因があるのではないかと思われる。[百地、p30]
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「自衛隊は憲法違反」としながら「憲法改正の必要がない」と主張する多くの憲法学者たちは、平気で隣国を侵略するロシア、核ミサイル開発を進める北朝鮮、力づくで尖閣をとろうとしている中国に囲まれた日本の防衛をどうすべきと考えているのでしょうか? まず日本はどうあるべきか、という国家論が先にあって、それを実現するために憲法はどうあるべきか、と考えなければなりません。
国家の理想や課題をまるで考えずに、現行憲法の条文を金科玉条として「自衛隊は違憲」などと唱えている姿が、まさに「国家論なき憲法学」です。国家はこうありたい、という国家論を考えなければ、憲法を改正しようなどという考えも出てきません。
■4.「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」は「無条件の戦力不保持」
「国家論なき憲法学」が自衛隊を違憲とする論理を見ておきましょう。そこには、条文をこねくりまわしているだけで、国家がどうあるべきか、という国家論がまるで登場しません。
まず第九条の原文は以下の通りです。(第1項)(第2項)は弊誌がつけたものです。
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第九条
(第1項) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(第2項) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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憲法学説の多数は、第一項については「侵略戦争のみ放棄」したものか、「一切の戦争を放棄」したものか、意見が分かれますが、第二項については、「無条件での戦力不保持」ということで一致しています。たしかに「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という文面を文字通り読めば、そう解釈するのが論理的でしょう。
憲法学者が、国家の防衛など考えずに、憲法の条文の世界に閉じこもっていれば、そう考えてしまうのです。「じゃあ、国家の防衛はどうしれくれんねん」と考えるのが、一般国民の常識ですが、国家論なき憲法学者たちは、それは憲法学が考える問題ではない、と答えるのでしょう。
■5.自衛隊合憲論のカラクリ
一方、政府の自衛隊「合憲」論も、防衛という現実の国家課題になんとか応えようとしたものではありますが、現行憲法の文面をひねくり回した苦肉の策です。そのために、現実の国家課題がなおざりにされています。政府の自衛隊「合憲」論は以下の通りです。
(1)第一項は「侵略戦争のみを放棄」したものであり、国家の自衛権は認められている。
(2)第二項は「戦力」は保持できないが、戦力にいたらない「自衛力」であれば、保持可能とされる。したがって、自衛隊は「戦力」ではなく、「自衛力」である。
軍事力として世界第7位にランクされるわが自衛隊は「自衛力」であって「戦力」ではない、などと言われて、納得する国民は少ないでしょう。そういう言葉の遊びによって、自衛隊、ひいては我が国の防衛は、重大な制約を受けています。
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自衛隊が外国の軍隊なみに「武力行使」を行うことができるのは、防衛出動時だけである。つまり外部からの武力攻撃があり、内閣総理大臣によって防衛出動命令が出されたとき(自衛隊法第七六条一項)のみ、自衛隊は国際法規および慣例にしたがって武力を行使することができる(同法八八条一、二項)。
ところが問題となるのは、わが国の安全や防衛にかかわる重大な危険が生じていながら、直接の「武力攻撃」がなく、したがって防衛出動命令も下令されていないような場合である。具体的には不審船や外国潜水艦による領海侵犯、武装工作員の領域(領土)侵入などがそれである。[百地、p125]
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西修・駒澤大学名誉教授は世界中の憲法を調べて、多くの憲法は第1項のような平和条項を持っていますが、第2項のような非武装条項を持っている国はないことを明らかにしてます。
まず「平和政策の推進」「侵略戦争の否認」「国際紛争を解決する手段としての戦争放棄」など、なんらかの平和条項を採用している国が、世界の189憲法のうち161カ国(85.2%)。
しかし、非武装条項を持っている国は一つもありません。コスタリカとパナマだけは軍事クーデターの予防や軍事費削減のために常備軍を置かないという条項がありますが、自国の防衛のためには軍隊を持てるとしています。[西、p115]
「平和条項」はすでに国際標準なのです。ですから、9条も第1項はそのままにして、第2項だけ変えれば、自衛隊は違憲か合憲かという神学論争は打ち止めにして、国家の防衛はどうすべきか、そのために自衛隊はどうあるべきか、というまっとうな国家論に基づいた建設的な議論が出来るようになります。
■6.個人を超える国家的利益などといった考え方を否定する
もう一つ、「国家論なき戦後憲法学」の弊害が窺われるのが、「公共の福祉と人権」の分野です。憲法の教科書では、次のような宮澤俊義教授の説が通説とされてきたと百地教授は指摘します。
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この説は、個人を超える国家的利益などといった考え方を否定し、公共の福祉とはあくまで人権同士のあいだの調整をはかるための原理にとどまる、と考えるところに特徴がある。つまり、人権をもって最高のものとし、国家そのものすら人権に奉仕するために存在すると主張したのが宮沢教授であった。[百地、p139]
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たとえば、刑法92条は「外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する」としています。
宮沢説に従えば、外国の国旗を焼いても、それが他の日本国民の人権を冒すことにはならないでしょうから、それを「公共の福祉」によって禁ずることはできない、となってしまいます。
しかし、現実には、我が国は国家共同体として、他国との友好関係を図っていかなければなりません。それなのに、たとえば米国国旗を燃やしたり、踏みつけたりするデモ隊が頻繁に現れて、彼らが一向に罪に問われない、となれば、米国との関係はどうなるでしょうか?
日本人一人ひとりの人権には抵触しなくとも、「外国との友好関係の維持」という国民共同体としての利益が失われる、ということが現実にはあるのです。
同様に国家共同体には「公共道徳の確保」、「経済取引秩序の確保」、「自然的・文化的環境の保護」、「国家の正当な統治・行政機能の確保」などの公共益があることを、百地教授は指摘しています。こうした健全な国家共同体があってこそ、一人ひとりの国民の人権も守られるのです。
この考えは国際人権規約の「自由権規約」でも同様に採用されています。[人権]
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国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる。(第4条1項)
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表現の自由に関しても、
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国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護のため、一定の制限を課すことができる」(19条3項b)
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他人の人権を冒さなければ何をしても良いという「国家論なき憲法学」がいかに国際的に非常識なものかが分かります。
■7.日本国憲法自体に日本に即した国家論がない
百地教授は、さらに「象徴天皇制と国民主権」「外国人の人権」「政教分離」などで、いかに「国家論なく憲法学」が歪んだ言説を垂れ流しているかを論じています。これらを読むと、現代日本の多くの憲法学者たちが、国家共同体の存在を黙殺していることが、国際的に非常識な学説を生んでいることがよく分かります。
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憲法は国家の根本法であり、コンステイチューション(JOG注: 体質)という言葉が示すとおり、憲法は国柄を正しく表現するものでなければならない。にもかかわらず、戦後わが国では、肝腎の国家とは何か、日本の国柄とは何かということについて、きちんと考えてこなかった。[百地、p215]
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実は、日本国憲法そのものが、日本の国柄をまともに考えていません。その事実を示す典型が、憲法前文でしょう。現憲法の前文は、米国憲法、リンカーン演説、テヘラン宣言、大西洋憲章のつぎはぎで、そこには日本の国柄、歴史伝統から生まれた理想は何もありません。特に、次の一節に、賛同する日本国民はほとんどいないでしょう。
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平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
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国連安全保障理事国のロシアがあからさまなウクライナ侵略を始め、北朝鮮が国連安保理が禁じた核ミサイルの開発を止めず、中国が尖閣諸島や南シナ海の島嶼を実力で奪おうとしている現代国際社会において、こんな決意を抱いている日本国民がいるでしょうか?
日本国憲法自体に現実的な国家論がないので、その憲法を最高法典としてあがめている憲法学者も国家論はありません。国家論がなければ、憲法をどう変えていこうという議論も起きません。ここはまっとうな国家観を持っている大多数の国民が、国家論なき憲法学者や立憲民主党などの国民主権の抑圧をはねのけて、主権者としての声を上げていくのが「立憲民主」主義の正道でしょう。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
・マガジン「日本国憲法 ~ 外国人が9日間で創案し、80年近く改訂されず」(憲法に関する弊誌記事をまとめて掲示)
https://note.com/jog_jp/m/mc63060cde456
・JOG(1384) GHQは9条下での自衛再軍備を容認していた
「個人に人権があるように、国家にも自衛権がある」と、GHQ憲法草案作成の中心人物ケーディス大佐は考えていた。
https://note.com/jog_jp/n/n95cd68360afd
・JOG(1373) 国柄に根ざした帝国憲法はいかに生まれたのか?
明治天皇が体現された歴代天皇の「民安かれ」の祈りが成文化されて帝国憲法が生まれた。
https://note.com/jog_jp/n/nce5840e69865
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
・朝日新聞DIGITAL「安保法案 学者アンケート」H27
https://www.asahi.com/topics/word/安保法案学者アンケート.html?msockid=213001c6592d689a278815fd58e069e6
・百地章『憲法の常識 常識の憲法』★★★、文春新書、H17
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4166604384/japanontheg01-22/
・西修『“ざんねんな”日本国憲法』★★★、ビジネス社、R04
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/482842377X/japanontheg01-22/
・西修『知って楽しい世界の憲法』★★★、海竜者、R03
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4759317341/japanontheg01-22/
・読売新聞オンライン「憲法改正『賛成』63%、9条2項『改正』は最多の53%…読売世論調査」、R060503
https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20240502-OYT1T50215/
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