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JOG(1398) 日本国憲法に緊急事態条項がないために、東日本大震災では多くの被災者を救えなかった

 関東大震災では帝国憲法の緊急事態条項で被災者救済の緊急措置が次々と実施されたが、東日本大震災では、、、


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■1.緊急事態条項のない日本国憲法は、緊急ルールのない救急車

 かつて、コロナが大流行していた頃、千葉県でも大量に患者が発生し、医療崩壊を防ぐために臨時病院の設置が計画されました。ところが厚い法律の壁に阻まれて、結局、実現できませんでした。

 病院建設には、医療法、建築基準法、消防法など、さまざまな法的規制があります。病院新設の際には、建物の構造、設備などの申請を行い、行政側から各法律の要求事項をすべて満たしているのか、確認の検査を受けて認可を得る、という厳密な手続きが規定されています。

 しかし、コロナ禍でその通りにやっていたら、とうてい間に合いません。そこで、緊急事態にはこう対処すべし、と規定する憲法の緊急事態条項が必要となるのです。

 これは救急車が急病患者を緊急搬送する場合と同じです。緊急の場合はサイレンを鳴らし、赤色の警告灯を点灯すれば、信号や一時停止などを無視し、一般道でも時速80キロまで出してよいと道路交通法で決められています。このように平時のルールと緊急時のルールを切り替えて使う、これが法治主義の原則の一つです。

 この緊急時のルールが決まってないと、救急車も常に平時の交通ルールを守らなければならず、その結果、緊急患者の処置が間に合わなかった、などという悲劇が起きてしまいます。現在の日本国憲法が緊急事態条項を備えていない、ということは、救急車も常に通常の交通ルールを守らなければならない、というのと同じことです。

■2.なぜ欧州諸国は都市封鎖までできたのか?

 コロナ禍では、多くの国で、強力な緊急措置が講じられました。
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 例えば、イタリアでは憲法の緊急事態条項に基づき、次々と「緊急命令」が発せられました。まず、「都市間の移動の禁止」や「商業活動の禁止」が命ぜられ、続いて「外出の制限」や「営業の停止」が行われ、違反者には最高約三十七万円の罰金が科せられました。[百地R02、p1]
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 一方、我が国は「外出自粛」や商業施設の「休業」などの「要請」が政府からなされましたが、「命令」ではないため、「強制力」も罰則もありません。何度、要請を受けても休業しないパチンコ店もありました。数千人規模の格闘技の大型イベントが、知事の中止要請を無視して、強行されました。

 都市封鎖まで行った欧州諸国と、日本の違いはなぜ生じたのでしょうか? 確かに日本の方が政府の「要請」に自発的に応じる人が多く、また、マスク、手洗いなどの励行で、死亡者も欧米諸国に比べてはるかに少なかったのは事実です。

 それでもNHKの世論調査では、62%の国民が「外出禁止や休業の強制ができるよう新型インフルエンザ特別措置法を改正する必要がある」と答えています。また47都道府県の知事へのアンケートでは、25人の知事が「要請や指示に応じない場合の罰則規定が必要」と答えています。[百地R03、p18]

 しかし、いくら法律に罰則規定を設けても、そのような法は国民の人権を抑圧する憲法違反だと訴えられる恐れがあります。日本と欧州諸国の対応の差は、それぞれの憲法に、そのような緊急措置を許す緊急事態条項があるかないか、の違いから来ているのです。

■3.関東大震災と東日本大震災、これだけ違う政府対応

 緊急事態条項があるかないか、の違いは、関東大震災と東日本大震災の政府対応の違いにも見てとれます。まず、関東大震災での政府対応は、次のように記述されています。
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 当時の山本権兵衛内閣は、明治憲法八条で定められた緊急命令を一か月で十三本も制定し、憲法七十条による財政処分も行っています。それによって、被災者の食糧援助や物価高騰の抑制、債券の支払い猶予や一時的な課税の免除、さらに臨時物資供給特別会計など、被災者を救済するためのさまざまな緊急措置を次々と実施することができました。
そしてこれらの命令は、後日、議会で承認されています。[百地R03、p35]
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 帝国憲法第8条では「天皇は公共の安全を保持し、またはその災厄を避くる爲、緊急の必要により帝国議会閉会の場合において法律にかわるべき勅令を發す」と定められており、あわせて次期の議会で承認されない場合は、その勅令は失効すると定められています。緊急事態条項の正当な適用によって、多くの被災者が救われ、社会の早期安定化が図られました。

 一方、東日本大震災での菅直人政権の対応について、百地教授はこう指摘しています。
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 実際には、震災直後に現地では(伊勢注: 買い占めなどで)ガソリンが不足したため、被災者に水・食糧などの救援物資を輸送できなかったり、ガレキの撤去に使う重機、排水作業を行うポンプなどが燃料不足で稼働できないなど、復旧作業にも大きな支障が出ました。

 また、暖房用の灯油や非常電源用の重油が足りず、医療現場などでは厳しい状態が続きました。そのため、寒さに耐えられず、病院や避難所で亡くなった人がいますし、助かるはずだった多くの命も救えませんでした。約千六百人が二次災害で命を失ったといいます(復興庁報告)。[百地、p22]
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 災害対策法では知事や市町村長が必要な場合は、「必要な物資又は資材の供給について必要な措置を講ずることができる」と定めており、これを適用すればガソリンの買い占め禁止などもできたでしょうが、政府の役人は「憲法に定める権利や自由を制約する恐れがあるため慎重にならざるを得なかった」と述べています。[百地、p23]

(トップの画像参照)https://youtu.be/D-pKTo2zHxk

 やはり、個別の法律に非常時の対応を書き込むだけでなく、その根拠となる憲法の非常事態条項が必要なのです。

■4.『ナチスの「手口」と緊急事態条項』

 菅直人元首相は災害対策基本法で定められた措置を実施しなかった理由について、「生活必需物資の統制など必要なかった」と説明していますが、なんとか被災者を救おうという為政者としての責任感はまるで感じられません。

 菅直人首相に限らず、日本の左翼は緊急事態条項に反対しています。たとえば、憲法学の権威・長谷部恭男(やすお)東京大学名誉教授との対談本『ナチスの「手口」と緊急事態条項』で歴史学者・石田勇治・東京大学名誉教授は、序文で次のように語っています。
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そのヒトラーがワイマール憲法を無効化し、独裁体制樹立に道を拓くために濫用したのが、憲法第四十八条に規定された「大統領緊急措置権」である。これは二〇一二年四月に自民党が発表した憲法改正草案の目玉のひとつ、「緊急事態条項」に相当するものだ。[長谷部、p4]
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 しかし、この憲法四十八条には、緊急の措置は国会に報告し、「国会の要求があれば、廃止されなければならない」とも定めてありました。それを当時のヒンデンブルグ大統領は「大統領緊急措置権」に反対した国会を解散して、同措置権を再公布したのです。

「これをめぐっては、憲法上の疑義があるとして法学者からも批判の声があがり、世論も激しく反発しました」と石田教授自身が述べています。ナチスの独裁体制樹立に道を開いたのは、憲法四十八条の「国会の要求があれば廃止」の部分が守られていなかったからであって、この点を無視して、四十八条を悪者扱いするのは、論理の飛躍です。

 自民党案は、緊急事態の宣言は国会の承認を得なければならず、さらに宣言を継続する場合に100日毎に国会の承認が必要とされています。これだけ四十八条よりも厳格な内容なのに、そこも無視して、自民党の「緊急事態条項」案が「ナチスを生んだ四十八条」に相当するとは、論理の二重の飛躍です。

■5.GHQが緊急事態条項を認めなかった理由

 西修・駒澤大学名誉教授は、189カ国の憲法を調べ、そのうち184(すなわち97.4%)の憲法で緊急事態条項が存在することを明らかにしました。さらに1990年以降に制定された105の憲法中、緊急事態条項をもっていない憲法は皆無であることも明らかになりました。[西、p136]

 こういう中で、なぜ日本国憲法には緊急事態条項がないのか。それはこの憲法がGHQ(連合国総司令部)の統制下で制定されたからです。昭和21(1946)年2月13日のマッカーサー草案をもとに、日本側がGHQに持参した日本国憲法案には緊急事態条項がありました。「国会を召集できない時に、事後の国会承認を条件として、内閣は法律や予算に代わる閣令を出せる」という内容でした。

 しかし、GHQはこの条項を認めませんでした。イギリスやアメリカの法の考え方では、行政府には国家に緊急事態が発生すれば、法律に禁じられていない限り、あらゆる必要な措置をとることができる「緊急権(エマージェンシー・パワー)」があるので、憲法に明記する必要はない、という理由でした。[西、p133]

 帝国憲法以来、我が国では、法律に明記されていることしかできない、という法体系をとってきましたので、このような英米法の一部だけ取り入れることはできません。こうしてGHQ側の無理解により、日本国憲法には、大日本帝国憲法には存在し活用もされた緊急事態条項が欠落してしまったのです。

■6.緊急事態条項は不要という強弁

 上述の『ナチスの「手口」と緊急事態条項』での長谷部教授の発言を読むと、日本の憲法学界の本質がよく分かります。たとえば、大規模災害に関しては、こう発言しています。

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現状でも、大規模災害が起きたときには災害対策基本法などに緊急政令の規定があるわけでして、必ずしも憲法を改正しないと緊急事態に対処できないわけではない、という批判が当然あるわけです。[長谷部、p130]
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 上述のように、東日本大震災においては災害対策基本法で決められていた権限も実施できませんでした。いくら実際の法律で決めても、「憲法違反」という批判や違憲訴訟の恐れがあれば、機敏な法の執行はできないわけで、それでは災害時の役に立ちません。真の憲法学者なら、こういう現実問題も調べて憲法としてどうあるべきか、検討すべきでしょう。

 もう一つ、こんな発言もあります。

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 何か緊急事態が発生したときに、憲法の(JOG注: 国会議員任期の)期間の定めを若干経過して総選挙を施行したからといって、最高裁がその選挙は無効だという判決を出すとは考えられないわけです。[長谷部、p132]
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 憲法第45条には「衆議院議員の任期は、四年とする」とあります。しかし、大規模災害などで選挙ができない時に、任期の4年が過ぎてしまえば、衆議院議員がいないことになり、国会の活動も停止してしまうのです。これに対して、長谷部教授の説は、次の選挙が若干遅れたからと言って、最高裁がその選挙を無効とすることは考えられないのだから問題ない、というのです。

 しかし、最高裁が選挙を無効としないのだから、憲法で定めた4年を若干超過してもよい、というのでは、憲法の権威は失われてしまいます。さらに、4年を過ぎた議員が議決した法律は、法律として認められるのでしょうか? それこそ「憲法違反」という批判や違憲訴訟を免れ得ないでしょう。

 こんな無理をして憲法上の疑義を生むくらいなら、憲法に緊急事態条項を設けて、明確に選挙が出来ない場合はどうすると、決めることが、立憲政治の本来の姿でしょう。

 長谷部教授の論は、緊急事態条項での改憲を避けるために、無理矢理、必要ないと言っているように聞こえます。それによって、憲法の権威を損なうことも無視しているのです。

■7.「そんなことは一部の専門家に任せておいて」

『ナチスの「手口」と緊急事態条項』の「おわりに」で、長谷部教授は驚くべき発言をしています。

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庶民が日々、自国の憲法について真剣に考えざるをえない国は、不幸な国です。そんなことは一部の専門家に任せておいて、自分たちは自分たちの仕事のことを考える。・・・それが民主的な社会の標準的な姿でしょう。・・・
ところが、首相をはじめとして、必要性はともあれ憲法をどうしても変えるのだと言い張る政治家たちがいるので、一般市民も憲法について真剣に考えざるをえなくなりました。困ったことです。
[長谷部、p186]
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「必要性はともあれ憲法をどうしても変えるのだと言い張る政治家たち」という一文からは、長谷部教授は憲法上の欠陥のために、災害対策法で定められた対策がとれずに多くの犠牲者を出した、という現実を見ていないことが窺えます。今後、予想される南海トラフ大地震では東日本大震災の10倍以上の被害が推定されているので、緊急事態条項が必要だと議論されている姿も目に入らないようです。

 まさに「一部の専門家」が憲法に関して、まともな仕事をしないから、世界のほとんどの国が備えている緊急事態条項の欠落した憲法をいまだに戴いているのです。

 長谷部教授は「おわりに」を「そして、最後にものをいうのは人としての良識です」という一文で締めくくっています。その通り、「人としての良識」のない憲法学者たちによって、緊急時に日本政府が国民を守る手は縛られているのです。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

・テーママガジン「日本国憲法 ~ 外国人が9日間で創案し、80年近く改訂されず」
https://note.com/jog_jp/m/mc63060cde456

・JOG(1395) 国家論なき憲法学者たちの迷走
 日本がどうあるべき、という国家論がなければ、それを描く憲法を変えようという志も生まれない。
https://note.com/jog_jp/n/n8479c8d73f28

・JOG(1384) GHQは9条下での自衛再軍備を容認していた
「個人に人権があるように、国家にも自衛権がある」と、GHQ憲法草案作成の中心人物ケーディス大佐は考えていた。
https://note.com/jog_jp/n/n95cd68360afd

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・西修『“ざんねんな”日本国憲法』★★★、ビジネス社、R04
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・長谷部恭男、石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』★、集英社新書、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B075FQDY5R/japanontheg01-22/

・百地章『日本国憲法 八つの欠陥』★★★、扶桑社BOOKS新書、R03
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・百地章『増補改訂版 緊急事態条項Q&A: 新型コロナウイルス対応でわかった日本国憲法の非常識』★★★、明成社、R02
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