笑の大学
三谷幸喜 作・演出の芝居「笑の大学」。
1996年、西村雅彦・近藤芳正による初演を、当時学生の私はテレビで見ていました。熱演とセリフに感動して、録画を何度も見た、思い入れが大きい芝居です。「四半世紀ぶりに蘇る」と銘打たれ、新しく内野聖陽・瀬戸康史のふたりで再演されました。
作家の三谷さんは、再演でも役者や時期に合わせて台本を書き換えることで知られています。ただキャストが変わるだけではありません。だからこそ、今回の公演も見たくなる。そして、20年以上経ち、多方面に成功した三谷さんがどのように再演するのか。そこに私の20年余りも重ねたい。
ちなみに、作品が最初に発表されたのはラジオドラマとして、でした。また演劇としての初演は、青山円形劇場で山田和也さんが演出。2023年、今回は三谷さん自身が演出されるというのも、楽しみのひとつです。
ほかの三谷作品と同じように、チケットは争奪戦です。東京公演は即完売。当日券狙いなどではなく、どうしても確実に見たい。長野県まで足を運ぶことにしました。会場は「まつもと市民芸術館」。大きなホールでの二人芝居は挑戦的。とはいえ、人気ぶりには相応しいでしょう。
チケット都合のご縁で、まつもと市民芸術館を初訪問となりました。劇場自体も楽しみですし、中央本線あずさに乗る行程も楽しい。季節外れの雪まで降りました。観る前から思い出深くなる予感があります。
この記録は、ひと区切りついてしまう寂しさのために、書けずにいました。2か月経ち、ようやくキーボード入力が進んでいます。何を記すべきでしょうか。時間をおいたことで、整理できたように感じます。役者の印象が初演と違うこと。好きなシーンやセリフ。長野まで足を運んだこと。20年以上の歳月。
録画で何度も見た作品です。どうしても初演と比べてしまいます。今回の、内野聖陽さんと瀬戸康史さんの芝居。初演の西村雅彦さん、近藤芳正さんと、どのように違って感じたのか。
内野さんは、カタブツの検閲官というには、地が柔和に思えます。なにかしらの堅さが伝わってくるのですが、長時間、長いセリフに挑むという緊張感から出てくるように思えて、見ているこちらも少しドキドキ。終盤では、職への矜持を剥き出すことになるのですが、こちらも思ったより突き放しが堅い。最後は打ち解けなおすわけですが、そこまで拝見して、ようやくこれが内野さんの演じる「向坂」なんだと受け止められました。そう、感情豊かな検閲官ではないのです。台本直しにいそしんだり、憲兵さながらの立場を押し立てる姿、どれも不器用な男なのでした。署長の要望を事務的に伝える姿などは、まさしく型どおりな公務。初演の西村雅彦さんをトレースするのではなく、内野さんバージョンの検閲官・向坂は、不器用な男なのでした。
瀬戸さんについてはどうでしょうか。浅草で活動する劇団「笑の大学」。その座付き作家・椿は、検閲官と対峙します。はやく上演許可をもらわなければならないプレッシャーと、検閲官の心証を良くしようとする姿勢。後者の方が、少し強めでしょうか。そこに加えて、表現を検閲されなければならないことに対する、疑問、訴え。ここが強かった。とにかくピエロのように動き回る姿、抗弁に熱が入るセリフ。初演で汗をダラダラにして演じていた近藤芳正さんの姿が重なりました。しかし重なっているのに、なにかスマートさを感じる。これが、2023年版の椿。
役者さんと時期に合わせてアップデートした再演は、ひとことで言えば「スマート」でした。
いろいろな感慨を抱えながら、劇場向かいのカフェバーで過ごしました。
劇伴と舞台美術に、少し思いを巡らせます。劇伴は、初演とは違って、煽りが少ない印象です。舞台美術はどうでしょうか。初演が、検閲が実際に行われていた時代をリアルに見せていたとすると、今回はフィクションとして見せる検閲室。二人芝居でも、大きな劇場サイズで楽しめるようにフィットさせる志向を感じました。こちらもスマート。あまり比較に意味はないのですが、それほど初演が骨身に染みているのでした。
さて、この20年余りで自分自身はスマートになったのでしょうか。いや、そんなことはないな、と即答。やっぱり自分の20年を重ねるのは避けます。よく生きてきたな、と自分を褒める程度にします。
それにしても、三谷さんはやっぱりスゴイ。何本も大河ドラマを書かれ、映画を監督し、演劇は自身で演出。今は情報番組の総合司会までも。毎週、様子が見られるとは思っていませんでした。
今回の「笑の大学」松本の旅。
新たな日々を生きていく元気を貰えた気がします。
最後に、最も印象深く、好きなセリフです。
検閲官・向坂が言います。座付き作家・椿に対して。
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