【FABRIC TOKYO 森】D2Cスタートアップの肝はブランド構築
数年前であれば、あまり注目されることもなかったD2Cが、なぜ今こんなにも存在感を持つようになったのか。ブームよりも一足早くD2C事業を手掛けてきたFABRIC TOKYOの森社長にお話を伺いました。
なぜ今D2Cが注目されているのか
朝倉(シニフィアン共同代表):FABRIC TOKYOがネットでのオーダーメイド事業を始めたのって2014年頃からでしたよね?
森(FABRIC TOKYO CEO):はい。2014年の2月に事業をスタートさせ、現在は6期目になります。
朝倉:最近だと「猫も杓子もD2C」じゃないけれど、D2Cってある種ブームになっているというか、若い起業家の方で始める方が多いですよね。でも、2014年当時はそんなことも無かったわけで。そもそもD2Cって言葉はいつ頃から一般的になったんだろう?
森:2017年頃にスクラムベンチャーズの宮田さんが書かれたブログがきっかけで、日本でもD2Cという言葉が広まりだしたように感じます。
朝倉:米国で成長しているD2Cスタートアップを紹介されていたよね。
森:そうですね。さらに2019年に入り、allbirdsやCasper、AwayといったD2Cスタートアップがユニコーン(時価総額1,000億円の未上場企業)になったあたりから、事業の有効性が高いと注目されて、盛り上がり始めたんだと思います。
朝倉:僕の印象に残っているのが、2014年のIVS(Infinity Ventures Summit)のローンチパッドで、ファクトリエの山田敏夫くんが自社事業の紹介をしていた時のこと。あの時は、審査員の方から「それは単なる通販事業者でしょ。なんで通販事業者がここに出ているの?」といった、かなり辛辣なコメントが出ていたんだよね。映像にも残っていると思う。そのくらい、当時の感覚としてはあまり受け入れられていなかったと思うのだけど、それがなんで今になってこんなに注目されているんだと思います?
森:小売市場は規模が大きいというのが1つの理由としてまずありますよね。今までは既存の大手企業が中心になって、市場のシェアを取っていました。近年になり、大手企業も「小売をITと繋げなくては」とデジタルトランスフォーメーションを謳いだしましたが、ITやデジタルを自社事業にどう活かせばいいのかはまだ模索中の企業が大半だと思います。そんな中で、インターネット業界からブランドクリエイターが出始めているというのが、マクロ視点から見たD2Cブームの経緯だと感じます。
もう1点は、D2Cが投資対象になり始めたことでしょうか。前提として、ものづくりにはそれなりのお金がかかります。だから、全て自前で始めようとするとハードルが高かった。ですが、ここ数年で投資家の投資対象になり、資金を集められるようになってきたので、日本でもD2Cが盛り上がりを見せるようになってきたんだと思います。
ブランドクリエイターがウェブから生まれる理由
朝倉:今の考えが正しいとすると、ブランドクリエイターがウェブ文脈で生まれやすくなったのは、なんでだと思いますか?
森:デジタルマーケティングに特化し、ブランドの成長モデルを描ける経営者が増えてきたからではないでしょうか。中川綾太郎さんをはじめとし、デジタルマーケティングに特化してD2Cでの成功事例をつくった方々の先例を目にし、刺激を受けた人も多いと思います。
今後、世界の人口の70%がミレニアル世代になってくると言われています。ミレニアル世代とは、先進国においてはデジタルネィティブ世代のことですよね。彼らがどんどん消費の中枢になってくるといった流れの中で、彼らに直接アプローチするにはテレビでも雑誌でもなくデジタルだと。そう考えると、ウェブ文脈でブランドクリエイターが生まれるのは、不思議ではない気がします。
朝倉:一昔前だと、ブランドを始めてものを売るとなると、そもそも製造をどうするんだといった点が問題になっていたと思うけど、そこはもはや問題じゃなくなってきてるんだろうか? 製造よりもむしろ、顧客の獲得のほうが重要度は高いと?
森:はい、そう感じます。OEMなどの製造インフラが整ってきているので、製造面での大変さは以前よりも軽減してきていますね。
朝倉:インフラ側も洗練されてきたんだね。過去のソシャゲブームの時も、同じような流れがあったでしょう。なぜああいったブームが起きたのかというと、当時iモードみたいなチャネルがあったってことと、同時に裏側にAWSみたいなものができて、サーバーサイドの心配をする必要がなくなったということが大きいと思う。
それよりも前だと、まずサーバーを組むこと自体も面倒だったけれど、AWSをはじめとするクラウドサービスの出現で、そうした心配をする必要がなくなった。似たような流れが製造の現場でも起きてるということなのかもしれませんね。
森:そうですね。倉庫のオペレーションシステムも、どんどんIoT化が進んでいるし、物流面もスムーズに回しやすくなっています。インフラ側のIT化が進んできていることは、D2Cへの参入ハードル下げている大きな要因の1つだと思います。
「ブランド」こそがD2Cの勝敗を分ける?
朝倉:その上で、D2Cの先駆者である森さんに「D2Cの勘所」を伺いたいんですが、なんだと思いますか?
森:ブランドだと思います。データが大事、顧客とのエンゲージメントが大事、プロダクトアウトではなくデータからくるマーケットインサイト等々、いろいろと重要なポイントは挙げられていますが、僕はD2Cで勝てる会社はブランド力が強い会社だと思っています。さらに言うと、ブランドをデジタルベースで顧客とのコミュニケーションに落とせることが、最大の競争優位性になると思ってますね。
例えば、GAFAで考えた時に、一番ブランドが強いのはAppleだと思うんですよね。iPhoneがあれだけ高額で販売できて、なおかつ今でも発売日には列を成すほどの根強いファンがいるのには、ブランド力が大きく起因している。ああいったことを実現するのがD2Cのやり方だと思ってます。
朝倉:なるほど。
森:米国で人気を博しているGlossierという化粧品ブランドがあるのですが、彼らが10〜20代の女性から熱狂的な支持を受けているのは、「SKIN FIRST. MAKEUP SECOND.」というコンセンプトを掲げているからだと思います。「メイクアップをしない人のためのメイクアップブランド」というコンセプトが受けているんですね。そういった確固たるブランドコンセプトに、熱狂的なファンがつくのではないでしょうか。
朝倉:それで言うと、先日行われたB Dash Campで「ハートドリブンで事業をつくる」というセッションをアカツキの塩田さん、ULTRAのクリエイティブディレクターを務めている小橋さん、アソビシステムの中川さんと行ったんだけど、その中で、「モノからコトへの流れが起きている」という話が出ていたのね。そういった流れの文脈にD2Cも沿っているということなのかもしれませんね。
森:そうだと思います。
ブランド構築はコンセプトが命
朝倉:それでは、これからD2Cスタートアップを立ち上げる人は、どうやってブランドを構築していけばいいんでしょうか?
森:まずは、経営陣がブランド構築に本気になることだと思います。Glossierの例ですと、同社は「メイクアップをしない人のためのメイクアップブランド」というコンセプトを明確に打ち出しているんですね。それが10代、20代の若い女性の心を掴んでいる。そういったコンセプトを各社がしっかりとつくるべきだと思います。
朝倉:FABRIC TOKYOはどんなコンセプトを掲げているんですか?
森:弊社では、「Fit Your Life」というコンセプトを非常に大切にしています。オーダースーツやオーダーシャツを販売している会社は、「Fit Your Body」と言ってしまいがちです。オーダーでご注文頂くので、身体的フィット感はもちろん重要です。
けれど、例えば僕と朝倉さんが同じ体型だったとしても、好みはそれぞれに違うはずです。ゆったり着るのが好きだったり、細身が好きだったり、裾の長さの好みだって、きっと違いますよね。
洋服は非常に個人的なものですので、身体にフィットするだけではなく、お客様の生活や好み、価値観にフィットさせていきたい。そこの定義をしっかりと打ち出し、社内でも共有しています。
ブランド構築を行うための手順とは?
朝倉:なるほど。少し前の話になるけれど、森さんの目から見て、ZOZOスーツはどう映りましたか?
森:まず、素直に「このテクノロジーはすごいな」と驚きました。簡単に真似できるような技術ではない。一方で、あれによって個人的な好みに寄り添うことは難しいのではないかと感じました。
身体のデータは取れたとしても、お客様ごとに好みは違うわけで、データだけで商品を提供することには限界があるように感じます。これは自戒なのですが、提供側とお客様にはイメージのギャップがあるということは、常に忘れないよう心がけたいです。
朝倉:何をもって最適なサイズかって難しいもんね。FABRIC TOKYOは「Fit Your Life」というコンセプトを掲げていると伺いましたが、コンセプトを定義した後のブランド構築の進め方はどのように行うのですか?
森:P&Gなどでも使われている、ブランド・エクィティ・ピラミッドという考え方があるのですが、その中ではピラミッドの頂点がステートメント、つまりコンセプトなんですね。なので、弊社だったら「Fit Your Life」がまず頂点にくる。コンセプトを決めたら、次に、そのコンセプトを表現するための自分たちの世界観やどのようなキャラクターにするかを決めます。
ブランドのコンセプトは自社で掲げているだけでは意味がないので、お客様とのコミュニケーションを図るためにキャラクターを定義するんですね。弊社ですと、「オープンで先進的であること」という言葉で自社のキャラクターを定義しています。これは他社との差別化にもなると思っていて。
スーツのテーラーに対しては、クローズドで伝統的なイメージをお持ちの方が多いと思います。ですが、弊社はその真逆をいき、ものづくりや流通を透明化・効率化することで、販売方法を革新化しようと取り組んでいます。このように、自社のキャラクターを定義することで、お客様に自分達が何者であるのかを伝えやすくなります。
そして最後に、ロゴやブランドのデザインといった、クリエイティブなものを作っていくという順序で執り行うのがブランドエクイティの考え方です。「ブランディング」といった時に、ロゴやデザインから入りがちなのですが、そうではなく最初にステートメントとキャラクターを定義する。
そして、どのように他社と差別化をして、どのようなイメージを持ってもらうのかということを表現した上で、最後にロゴやデザインなどのアウトプットを出すということを行なったら、ブランドの核が決められるかと思います。
ブランドに即して大幅な路線変更も
朝倉:FABRIC TOKYOのもとの社名は「LaFabric」でしたよね。また、先日「STAMP」という新しいブランドを発表されました。今のブランドエクイティの考え方はそこではどのように活かされているんでしょうか?
森:2018年の1月頃にブランドのリニューアルを行ったのですが、その際には、先ほどのブランド・エクイティ・ピラミッドの内容もがらりと変更しました。LaFabricだった頃は、600〜700種類の生地を用意してお客様に選んで頂いていたのですが、リニューアル時にその試みを止めました。
海外ブランドのトレンド性のある生地は、弊社がやる必要はない。なぜなら、弊社はFit Your Lifeということを目指していて、その実現のためにはトレンド性よりも機能性や耐久性が優れていることのほうが重要ではないかと判断したからです。
朝倉:切り口を変えたんですね。
森:はい。ですので、今取り扱っている生地は、お客様が抱えている通勤や出張時の悩みなどを解決できるような、ストレッチが効くものですとか、体感温度の調整ができるもの、よれにくいものといったラインナップに変更しました。
また、「自分らしく働くことの楽しさを世界中に発信する」というコンセプトのもと、「はたら区」というメディアを運営しています。「はたら区」では、弊社のサービスを使ってくださっているお客様へのインタビューし、自分らしく働くヒントを伺って記事化しています。
インタビュー記事を定期的にアップデートし続けることで、お客様に弊社の価値観を伝えられるのではないかと考えています。
D2Cでインフルエンサーマーケティングを行う際の注意点
朝倉:かなり考えられているんですね。1つお聞きしたいのが、ブランドを相手に訴求する際のさじ加減。例えば、「出されたらすぐに食べてください」って強調する飲食店ってあるじゃないですか。食べるのに時間がかかったら怒り出す店主とか。あれも一種、店のこだわりという点でブランドに共通する部分があると思うんだけど、人によっては、それは押し付けがましさでもあるよね。ブランドを強くすると、押し付けがましさのように感じられてしまうことはないんでしょうか?
森:僕は、今の時代は、逆にトレンドが押し付けがましいんだと思うんですよね。こういう流行だからこういう風に着たほうがいいよ、のような提案は押し付けだと思っていて。そこは個人の考え方でいいんじゃないか、というのが弊社のFit Your Lifeの考え方なので、Webでも店舗でもこちらからの提案というよりも、まずはお客様へのヒアリングから入ります。
朝倉:そうなんですね。最後に、インフルエンサーマーケティングについてお聞きしたいのですが、D2Cとインフルエンサーマーケティングは相性がいいですよね? 「〇〇ちゃんがオススメしているから買おう」といったことが起こりやすい。
商品の紹介者であるインフルエンサーの人気に紐づいて、売れ行きが変わったりもすると思うのですが、あれはある種インフルエンサーがブランドの代わりになっているということなんでしょうか?
森:そうですね。D2Cで起きがちなんですが、インフルエンサーがブランド代わりになることで生じる問題があります。インフルエンサーを局地的に起用して、PRしてもらうのは僕も大賛成なんですが、インフルエンサー主体のブランドを立ち上げるのは結構難しいのではないかと思っています。
なぜなら、タレントマネジメントが発生してしまうからです。ブランドがインフルエンサーきっかけで立ち上がると、そのインフルエンサーにずっとそこに居続けてもらわないといけないのですが、徐々に彼らにTVや他の仕事が増えてくると、ブランドにコミット出来なくなってしまいます。すると、一気にブランドの価値が崩れてしまうので、やはり「人」にではなく、ブランド自体にお客様をつけることが、永続的なブランドの価値に繋がるかと思っています。
朝倉:なるほど。インフルエンサー本人とブランドが密結合してしまうのも問題ありということですね。今日はありがとうございました。
森 雄一郎
FABRIC TOKYO CEO。
1986年生まれ岡山県出身。大学卒業後、ファッションイベントプロデュース会社「ドラムカン」にてファッションショー、イベント企画・プロデュースに従事。その後、ベンチャー業界へ転向し、不動産ベンチャー「ソーシャルアパートメント」創業期に参画した他、フリマアプリ「メルカリ」の立ち上げを経て、2014年2月、カスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO(旧・LaFabric)」をリリース。”Fit Your Life”をコンセプトに、顧客一人一人の体型に合う1着だけではなく、一人一人のライフスタイルに合う1着の提供に挑戦中。
本稿は「論語と算盤と私とVoicy」の放送に加筆修正した内容です。
(編集:代 麻理子)