G型・L型の視点で考えるスタートアップの意義とVCとしてのスタンス
先日、IGPIグループの会長である冨山和彦氏による新著『ホワイトカラー消滅』を読みました。主に日本の大企業を中心とするホワイトカラーの世界と、地域経済に根ざした中堅・中小企業における雇用の構造的問題について解説する著作ですが、日本のスタートアップに対しても非常に示唆に富む一冊であると思います。
スタートアップに関わる私たちの間では、「日本からグローバルに展開できる大型スタートアップを」という声を日々耳にします。こうした掛け声には大変賛同しますし、自分たちもその一助を担いたいと思うのですが、その一方、スタートアップの役割について、やや一面的・画一的な捉え方になっているような違和感を常々感じています。
冨山氏が提唱する「G型・L型」という概念は、この漠然とした違和感を整理するうえで、示唆に富む分析の枠組みです。以前から同氏は、日本企業を論じる際にG型(グローバル型)・L型(ローカル型)という区分けの重要性を説いてきましたが、この視点は、今のスタートアップ業界が抱える本質的な課題を考える上でも、非常に有効な示唆を与えています。
G型・L型という新たな視座
G型とL型という区分けは、グローバル(Global)とローカル(Local)という2つの異なる経済圏を表現するために用いられた概念です。
G型経済圏:トヨタやソニーに代表される製造業などのグローバル企業群
L型経済圏:地域に密着したサービス産業を中心とする中堅・中小企業から成る経済圏
注目すべきは、日本のGDPに占める割合は実はL型経済圏の方が大きいという事実です。私たちが「日本経済」を語る際、ともすれば「グローバル企業中心の視点」に偏りがちですが、日本の実体経済はむしろGDPと雇用の約7割を占めるL型の世界を中心に動いているのです。
冨山氏は以前からこの点を指摘し続けており、G型経済圏とL型経済圏では抱える課題も、その解決策も異なると主張してきました。「日本経済は」と大きな主語で一括りに語るのではなく、それぞれの経済圏の特性に応じた議論が必要だというわけです。
スタートアップにおけるG型・L型の区分け
このG型・L型という概念は、スタートアップを考える上でも極めて示唆に富んでいると私は思います。
G型スタートアップとは
グローバルにスケール可能な事業モデル
海外市場にも展開可能
典型例:ディープテック
より大きなアップサイドポテンシャルを秘める
グローバルな競争環境で戦える差別化要素が必要
L型スタートアップとは
日本市場に閉じた課題解決を図る
国内固有の規制や商習慣に最適化
典型例:バーティカルSaaS
日本特有の課題に対する高い解決力
地場の課題や制約に対する深い理解と、実態に即した解決策が必要
ここで確認したいのは、この異なる2タイプのスタートアップ群に優劣はないということです。それぞれのカテゴリーにおいて、固有の価値創造の機会が存在するはずです。
バーティカルSaaSに見るL型の強み
L型スタートアップの典型例として、バーティカルSaaSの存在が挙げられます。日本のSaaSスタートアップが国内市場で成功を収められているのは、日本特有の商習慣や規制環境に最適化されたソリューションを提供できているからです。
グローバル企業は、わざわざ日本市場に特化した細かな規制対応や商習慣へのチューニングを行うインセンティブが乏しい。むしろ、より大きな市場に経営資源を集中させるのが彼らにとっての合理的な判断です。
この「グローバル企業が対応しづらい領域」において、日本のバーティカルSaaSは独自の強みを発揮することができます。L型スタートアップとしてのバーティカルSaaSの存在意義は、まさにこの点にあると言えるでしょう。
反面、この特性は諸刃の剣でもあります。日本の商慣習や規制に合わせて緻密にチューニングされたプロダクトは、そのままでは海外市場では通用しにくい。各国・地域によって業界構造や規制環境は大きく異なるため、日本市場向けに最適化されたソリューションは、むしろ過剰な機能や不要な制約を抱えることになってしまいます。この点で、国内に特化したSaaSスタートアップがG型スタートアップとしてスケールするのは極めて難しいと言わざるを得ません。
アニマルスピリッツの投資アプローチ
私たちアニマルスピリッツは「未来世代のための社会変革」という理念のもと、以下3つの投資テーマを掲げています:
国を守る(典型的なL型)
超高齢社会における課題解決
日本固有の社会課題へのアプローチ
地球を保つ(主にG型)
気候変動問題への取り組み
グローバルな環境課題への対応
フロンティアを拓く(G型・L型両方)
新市場の創造
イノベーションの推進
これらのテーマに基づく投資において、G型・L型双方の重要性を認識しています。投資リターンの観点からは、G型の方がよりアップサイドを期待できる場合が多いでしょう。しかし、日本人として、日本固有の課題を解決する責務もまた私たち自身が担っているはずです。
G型スタートアップ・L型スタートアップに対するVCとしてのスタンス
問題は、本来L型として価値を発揮できるスタートアップが、安易なグローバル展開を志向するケースです。「同じような課題は海外にもあるはず」という安直な発想で海外展開を目指すのは極めて危険です。なぜなら、G型のスタートアップは本当の意味でグローバルプレイヤーと戦わなければならないからです。これは国内市場で事業を行うのとは異なるダイナミズムに揉まれることであり、全く異なるゲームであることを意味します。
VCファームを運営する立場としては、G型でスケールする企業の創出に寄与したいという思いを強く持っています。しかし、それのみを追求するだけでは日本固有の課題解決という重要な使命を見失うことになります。また、L型スタートアップでも十分に大きくスケールし得る事業テーマは存在します。
G型・L型それぞれの特性を理解し、適切なバランスで投資を行っていく。ポートフォリオとしてのパフォーマンスを追求しながら、「未来世代のための社会変革」に基づき的確に社会課題の解決を図っていく。このバランスの追求こそが、自分たちに求められる役割だと考えています。
今後もこのようなスタートアップに関連する内容をアニマルスピリッツのNewsLetterで配信していこうと思います。
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