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なぜビートたけしはハリセンを持たなくなったのか?

芸能ネタに造詣が深く、あやまんJAPANを「現代の無形文化遺産」と激賞し、あやまん監督との深い親交でも知られるサブカル産業医・大室正志と、小学生時代はお笑い番組を見せてもらえず、土曜の昼に親の目を盗んでこっそり『吉本新喜劇』を見て育った男・朝倉祐介による、内角高めギリギリストライクゾーンを狙った放談企画。
第6回は前回の「まっちゃん騒動」に関連した芸人を取り巻く構造変化について、ああだこうだ言っています。
ディスクレーマー:毎度のことながら、最後まで読んでも特に得るものはありません。
本稿は「論語と算盤と私とVoicy」の放送に加筆修正した内容です。

(編集:代 麻理子)

権威化した大御所芸人の苦悩

大室:前回、地位が低いということを前提に機能していたはずの芸人が、いつの間にか権威化していたという話をしたけれど、そうなってくると、やってることは昔と同じ茶化しでも、見てる側にはいじめに見えちゃうっていう状態が起きるわけです。ポリティカル・コレクトネスをどちらに取っていいのか分からなくなってくる。これが今の芸人さんの苦悩。

朝倉:問題になったまっちゃんなんか、大御所感あるもんね。

大室:昔、明石家さんまさんが梓みちよさんという方に、ちょっと失礼な質問したら、シャンパンをバシャーッとかけられたことが有名なんだけど、さんまさんもかけられたシャンパンで笑いを取ったんだよね。っていうような、大御所にも果敢に失礼なことを言うことに面白さがあった。

朝倉:はい。

大室:でも、今明石家さんがそういうようなことを言ったらシャレにならない。やっぱり偉い人に言われたら、単なるいじめになっちゃう。

朝倉:まぁ、そうだよね。

大室:でも、笑いの幅から言ったら、松本さんも、昔から和田アキ子さんとかにかなり失礼なセクハラ的なことを言ってたんですよね。
裏番組の『サンジャポ』では太田さんが、性犯罪の報道なんかのVTRの後、いつも最後に「田中も昔はこんなことしてたんだすけど」、って言って、田中さんが「してねーよ!」っていうような流れがあるんですけど、あれは同格だからできるんですよね。

朝倉:たしかにゲストの若手アイドルなんかに同じことを言ったら、ただの誹謗中傷になってしまうね。

大室:で、多分松本さんって、指原さんのことは後輩をいじめるようなつもりじゃなくて、「してねーよ!」って言い返してこられる、同格な人だと認識してたんじゃないかと思って。番組上のパートナーとして見てるというか。だから、あの時食い気味で指原さんがポーンとツッコんでくるかと思ったら、今回はシリアスな話題だったので、言えなかった。しかも内容的に間が悪いことに、今、最もセンシティブであるべき、セクハラ的なボケだった。

朝倉:センシティブな話題だからね。

大室:そう。セクハラはどんなアングルで話しても今は笑いに持っていくのが難しい。ただ、その視点に加えて芸人さんの立ち位置の難しさっていうのをすごく感じましたね、今回の件に関しては。

相似形としての若手気分が抜けない中間管理職の苦悩

朝倉:この構図って、会社でも同じことが起こりがちだよね。
僕が一番最初の会社にいた頃、「鬼軍曹」と呼ばれる恐い先輩がいて、同じプロジェクトで仕事してたんですね。
その会社は定期的に短いサイクルでフィードバックセッションというのをやっていて、「あなたのこういうところがよかった」、「こういうところは成長上のニーズがある」といったことを、上司から言われるわけですよ。

大室:はい。

朝倉:ある時、その鬼軍曹とのフィードバックセッションが終わった後に、「逆に俺に向かって何か言いたいことあるか?」と聞かれたんですよ。だから僕は「ぶっちゃけ当たりがきついっす。一緒にやってくのが辛いっす」と伝えたわけ。
そしたらその先輩がそう思われていたことが心底意外だったみたいなんだよね。「えっ、そうなの?俺ってそういう風に見られてんの?」と。
当時、僕は新卒1年目か2年目くらいで、その先輩は30代前半くらいだったのかなぁ。今の僕よりも若かったと思うんだけど、そのくらいの年齢ってそこまでオッサン化もしてないし、なんなら自分が若いと思ってるわけですよ。当人は若手社員ともあんまり上下差はないと思っているんだけど、新卒社員から見たら30も過ぎたいい年した怖い先輩からきつく当たられると、それがプレッシャーになるわけですよ。

大室:「いつまで若いつもりでいるんだ」問題ね。

朝倉:で、それをそっくりそのまま伝えたら、「それは分かってなかったわ~、すまんね」という感じのリアクション。本当に分かってなかったんだろうね。
以来、僕も自分より年下の人と会う時は、なるべくそういったプレッシャーを与えないように気をつけているんだけど。ずっと敬語だと、それも妙によそよそしいし、気を遣っていても、恐いと感じるもんは感じるんだろうから、そこはもう、ごめんなさいって感じなんだけどさ。

大室:朝倉さん、よく恐そうって言われるもんね(笑)

朝倉:自分はそんなつもりはなくても、他人からはそう感じられるってことをせめて自覚しておかなきゃねぇ。
芸人さんの権威問題もこれに近いんだろうね。芸人の人達は自分達のことをそんなに格の高い人間だなんて思っていないのかもしれないけれども、世の中的には実はそういったポジションになってしまっているというところに大きなギャップがあるのかなと。

熱湯コマーシャルもできないこんな世の中に

朝倉:それでいうと、僕はあんまり芸人さんの世界については詳しくないけど、オリラジの中田さんとか、キングコングの西野さんとかは、従来型の芸人さんの枠から抜け出そうとしていることを明言している人たちなわけじゃない?
それはこうした芸人の立ち位置の変化、構造の変化が見えているからなのかもしれないね。

大室:やっぱり今のバラエティ番組っていう種目においては、芸人さんって権威だし権力だから、あの構図の中で新しいものが、ビジネスのモデルとしても、後進が出ていくことが難しいんですよね。よく西野さんも「さんま御殿に若手芸人が出て面白いことを言うと、さんまさん(の番組)の寿命を延ばす」って言っていて、その通りだなと思うし、その仕組みを作ったことは、上の世代の人達の功績でもあるんだけど。
ただ本来は一番世間のコードから自由であるべき芸人が多く出演するバラエティが、今最も「お約束」を重視する変な種目になってしまっている。だから今こういう問題が起きた時に昔ながらの自由闊達な、本来であればトリックスターであるべき芸人が苦しんでいる。そこに出てきたのが、結局男性よりも女性は言いたいこと言えるとか、マイノリティ側であるほど、ことTVという場では発言に制約が少なくなった。そうするとセクシャルマイノリティであって、その中でもさらにマイノリティである女装、尚且つ巨漢であるマツコ・デラックスさんは最強なんですよ。それくらい、マイノリティ要素が3つか4つ重なって、ポリティカル・コレクトネスコードからかなり自由になれる。

朝倉:なるほど。気がついたら、チャレンジャーであったはずの芸人というものが、エスタブリッシュメントになってしまったということか。スタートアップがいつの間にか大企業側になってしまっていた、みたいな感じね。

大室:そう。新興企業のつもりで今まで通りのことを軽く言ったら周りから見ると……。

朝倉:自分自身は何も変わっていないつもりでいても、周りから「それはコンプライアンス上問題だ!」っていう話になるわけだよねぇ……。

大室:もちろん今回の松本さんの発言はちょっと間も悪いし、もう少し心情に配慮すべきだったとは思いました。

朝倉:そこであくまでチャレンジャー的なノリのままで突き進むのか、横綱としての相撲の取り方を覚えるのか、キャリアの分かれ目なんだろうね。
それでいうと、土曜日の晩に北野武さんがやっている『情報7days』なんて、何ひとつ面白くはないけれど、大御所の相撲の取り方なんだろうね。

大室:たけしさんって、昔だったらすぐ「お姉ちゃん、ヤラしてくんねーか?」しか言ってなかったけど(笑)、途中からもう自分が権威になってしまったことは認めて、明らかにそういうようなやり方はしなくなったよね。昔はピコピコハンマーとかハリセン持ってたけど、今は持たなくなったでしょ?
なぜなら、今持ったらいじめと見られるから。

朝倉:そうだね。今だと熱湯コマーシャルはできないだろうね。自身を冷静に客観視なさっているのだろうね。

大室:ビートたけしさんは、喋りのレベルは昔から比べると落ちてるかもしれないけど、時代の嗅覚的には最高に勘がいいんだなと思います。

朝倉:時代は変わる!


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