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研究室を脱出せよ!【28】ポスドク、みなぎる。

驚く僕の声を愉快そうに聞きながら、清水さんは自らのキャリアを説明してくれた。

僕と同じようにライフサイエンス系の研究で学位を取得後、2年ほどアメリカでポスドクとして研究をおこなっていたという。ラボのグラントが切れてしまったため日本に帰国して求職活動をしたが、思うような待遇のポストが見つからず、企業を視野に入れた転職活動にシフトすることにしたそうだ。

「最初は、当たり前の様に研究職を志していたんですよ。それも、誰もが聞いたこともあるような大手企業ばかり。」

軽やかに話す清水さんの様子からは転職活動で苦労したそぶりは見えないが、今の自分の境遇を考えると厳しい環境であったのは間違いないであろう。

「それで、どうなったんですか?」

僕は立場を忘れて清水さんの話に聞き入った。

「書類の段階で全部落とされました。一社を除いて。残った一社は本命の企業だったので、気合を入れて面接に臨んだんですよ。自分の研究を分かってもらいたくて、山の様なスライドを準備して。自分ではうまく発表できたつもりでいたんです。だけど、わたしの発表を黙って聞いていた面接官は、最後にひとこと、そんなに研究が好きならどうして企業の研究者になる必要があるんですか?って。それで頭の中が真っ白になってしまって、結局何も答えられませんでした。結果はもちろん不採用。そこで初めて、自分のキャリア、人生について考えることになったんです。」

そこから先は、僕がたどってきた道と良く似ていた。やりたいことは研究であることに間違いはなかったが、競争の厳しいアカデミアの世界で自分しかできないことは限られているように思われた。自分にできることは何だろうか。そんなとき、たまたま利用していた転職エージェントから、うちの採用試験を受けてみないかという話しをもらったのだという。

「最初はびっくりしましたよ。だって、転職中の自分が転職を支援する側にまわるなんて。でもね、良く考えてみれば、こんなに自分にマッチしている職業はないんじゃないかなって思ったんです。私は小さいときから人の面倒を見るのが好きで、研究室でも後輩の指導なんかを率先してやってきたんです。そうやって人が喜ぶ顔を見るのが一番充実している瞬間なんだなって。それに、ライフサイエンスの事業でどんな人材が必要とされているかは、研究者として実際の作業に携わってきた人間でしか分からないですよね。」

こうして、やりたいこととできることの交差点を見つけた清水さんは、研究者という道から転職支援という世界へ足を踏み出すことになったのだ。

「普段はもちろんポスドク以外の方の転職支援をさせていただくことの方が圧倒的に多いんですよ。それでも、ポスドクから企業に転進したという経験は私の強みでもあるんです。博士という素晴らしい人材を、より多くの組織、企業のために活かしたい。そうして、日本という国が豊かになるお手伝いをしたい。それが、私の夢なんです。」

そう熱く語る清水さんの声を聞きながら、僕の胸にもこみ上げて来るものがあるのが分かった。

「先ほど、兼道さんの今回の転職は非常に厳しいものであると申し上げました。ですが、なんとしてでも成功させましょう。そのためにできるお手伝いは何でもさせていただきます。」

清水さんの力強い言葉を聞きながら、僕は一度波折れかけた自分の気持ちが、やる気でみなぎっていることに気がついた。

自分の力、いや、博士の力で世の中をより良くしたい。その日、清水さんの言葉が頭から離れることはなかった。

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