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「平家の群像」読書感想文

「平家物語」と言っても主な登場人物って言っても数えるほどしかほとんど思い出せず、清盛は悪いやっちゃ、てな感じしかわからないのが多くで、詳しい人な ら、常磐御前という別嬪さんがおったとか、義経の鵯越の話だとか、那須与一の扇落としとか、そういった断片的な知識でつなぎ合わせ、最期は壇ノ浦で終わ り、というのが多くの人の印象だと思います(私の知識もそんなもんです)

そういう物語上の平氏の一族の群像を解体し、当時の貴族が書いた他の資料などを元に再構成し、史実としての平氏、物語に描かれた平氏の姿を浮かび上がらせるというのが本書の位置づけと思われます。

本書で主役となるのは、清盛ではなく、その次世代を背負った若い公達たち。長子重盛、三男宗盛、四男知盛と、重盛の長子維盛と言った、栄枯盛衰を両方経験 した世代にスポットをあてて解説を行います。(清盛に関しては栄華を極めて凋落寸前で病死してしまうので、ある意味、幸せな人という解釈もできなくもない)

本書では特に、清盛からみて直系の孫にあたる維盛と、五男重衝という二人の過小評価されている人物を取り上げています。

これはこういう王朝交代ものではあることですが、勝者である源氏に都合よく書かれている部分もあり、史実と実際とはかなりゆがめられた人物像というのが描かれますが、そういうところを丁寧に描いています。

「平家物語」の中では、ある意味お約束として「清盛=横暴な棟梁」「重盛=親父を諫める善人」として描かれるシーンがあります。頼朝・義経の対比と近いものがあるかも知れません。(重盛という人は心配りの出来る人であった反面陰湿な人だったというのが記録に残っております)

平家物語がまとめられたであろう後世の感覚からは「重盛という常識人のいうことを聞かない清盛」を描き、その重盛が清盛よりも先に亡くなってしまうことで「人徳者であった重盛を失ったことで平家に陰りが見えた」というストーリーを作ろうとする。

「平家物語」の編者(特に誰と決まっているわけではないのだが)が取った善悪を強調することによって「もののあはれ」を表現するその手法に、筆者は賛否両論を交えつつ評価を下しています。

まさしく判官贔屓という言葉は義経のみならず、平家の中でも比較的報われない人、夭折した人に善玉としての役割を与えたりする場面もありながら、筆者はそ れを批判するわけではなく、物語としてそういう形を取ることで、平家の「諸行無常」を表現している、そこに対しては、歴史家ではなく、一文学者としての評 価も下しているところは、ただの歴史家ではできない芸当と言えるでしょう。

まだまだこの分野ではわからないことも多く、他の平家の公達や、御家人郎党レベルになると謎だらけです。まだまだ読み解く材料はありそうです。

余談ながら、平家物語の時代というのは、それより先に生まれた「源氏物語」が描く王朝絵巻というのがかなり影響しているというのがわかります。維盛が「光源氏の再来」と言われたりするのも、源氏物語がその時代の文化人の教養として根付いていたからこそ成り立つ比喩ですから。

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