とにかく「栗饅頭」で「おやつ問題」解決!そして、母の「想う」こと~
今年5月から始まった、母の「介護施設ライフ」は、「食事の味付け」以外は、殆ど快適に過ごしている。
口が超えている母にとって、食事だけでなく、「おやつ」も不服で、全く手を付けない。
なので、私が、面会に行く度に、溜まった「おやつ」を回収してくる。
そして、母が好きそうな、「常温」で「日持ち」する「あんこ系おやつ」を補充してくる。
この時、外せないのが「栗饅頭」だ。
必ず、「栗饅頭」は、持っていく。
もともと、母は「栗」の和菓子が好きだ。
小布施の「栗鹿ノ子」とか、羊かんでは、千葉・成田山の「栗羊羹」を、喜ぶ。
「こんなに、食べられないわ~」と言いながら、ペロッと食べてしまう。
私が「栗饅頭」を持っていくと、いつも、懐かしそうに、母が話すむかしの「出来事」がある。
「栗饅頭は、日持ちするでしょ!
だから、それを父親が、出征した息子を心配して、
配属された「部隊」がある、中国まで、わざわざ送ったのよ~」
母の二番目の兄(以下:伯父)が、戦時中、徴兵され、最初に配属された場所が、支那(現在の中国)・天津だった。
息子を心配した父親(私のおじいちゃん)は、「和紙の巻紙」に書いた「部隊長宛」の「手紙」を添えて「栗饅頭」を送った。
それを受け取った部隊長は、伯父を部屋に読んだ。
そして、父親から送られて来た「手紙」と「栗饅頭」を伯父に見せ、部隊長は、こう言った。
「君の父親から、私宛に送られてきたものだ。
息子を心配して、丁寧な手紙もつけられている。
これを、このまま他の者に、渡すわけには行かない。
今、ここで、食べたいだけ、これを食べていきなさい。」
伯父は、その後、ベトナムに送られ、そこで「暗号解読」の任務に従事し、終戦を迎えている。
伯父は、復員してから家族に、この時のことを
「なぜか分からないのに、突然、部隊長から、部屋に来るように言われて、何か、まずい事をしたのかと思ったよ~」
と話したそうだ。
この時、おじいちゃんが送ったのは「岡埜榮泉」の「栗饅頭」だった。
※リンクを貼ったのは、「高島屋 オンラインショップ」です。
栗饅頭の写真が、一番良かったので、そうしました。
母に「おかのえいせん」って、どんな字を書くの?と尋ねると、
「岡野栄仙」だったかな~と云ったので、ネットで検索した。
母は、お店は「新橋」にあったと云ったけれど、現在、「虎ノ門」に店舗がある。
さらに、漢字も、少し違っていた。
これまで、お店は「のれん分け」などの変遷を経ているようだ。
当時、おじいちゃんが、「部隊長宛」に送った「栗饅頭」を買いに行った時、お店がどこにあったのか、今となっては分からない。
でも、「栗饅頭」をみる度、母は、この出来事と共に、自分の「父親」のことを想うのだ。
施設入所後、周りの方々から、「お元気ですね~」「しっかりしてますね~」と、毎日のように、言われ続けている母は、
「なんか、この頃、益々、冴えちゃって~!」とか言っていた。
何でもいいけど、母の「介護施設ライフ」が、少しでもご機嫌に過ごせることを、私は願っている。
次回の面会には、「話のネタ」に、「岡埜栄泉」の「栗饅頭」をもって行こうかな~
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