週末旅をお勧め(番外編):三泊四日で長崎から佐賀を経由して福岡まで
今回は年末年始休暇を利用しての長い旅なので番外編です。佐賀県はJALグループが就航していないので足を踏み入れたことがなく、近くの長崎空港から佐賀県を旅して福岡空港に抜けるルートを旅しました。
【1】今回の旅の目的
佐賀県は未踏の地なのと長崎県は長崎市しか旅行していないので車で回れる所を観光するのが目的です。そのルートとして長崎空港と福岡空港の利用を考え、そこをつなぐルートで観光の旅です
【2】長崎・佐賀・福岡への旅の計画(移動・宿)
今回の旅では往復の飛行機と三泊の宿泊はダイナミックパッケージで予約
移動:羽田⇒長崎、福岡⇒羽田はJALダイナミックパッケージで予約
移動:レンタカーをダイナミックパッケージで予約
宿泊:佐世保・平戸・唐津のホテルをダイナミックパッケージで予約
【3】おおよそのルート
1日目:羽田空港(07:25)→JAL605→(09:30)長崎空港→雲仙→島原→
→祐徳稲荷→佐世保(泊)
2日目:佐世保→平戸→生月島→平戸(泊)
3日目:平戸→唐津(泊)
4日目:唐津→吉野ヶ里遺跡→宗像神社→福岡市内→福岡空港(19:55)→
→JAL330→(21:30)羽田空港
【4】長崎・佐賀・福岡旅行の写真レポート
(1)1日目の行程
朝の比較的早い便なので羽田空港までは自家用車で移動。年末に入り意外と混んでいて到着が遅れた。すぐにセキュリティを通過すると出てきた座席は02K席。座席指定では富士山が見える02A席にしていたが「申し訳ございませんがお座席が変更になっています」との文字が。せっかく富士山ビューを予約したのに。今回は時間も少ないので搭乗口に直行し写真を撮影
いつもの様に離陸動画をスポットから撮影する予定だったが録画ボタンを押したつもりが録画されてなく、D滑走路への連絡橋からの撮影
離陸してからは富士山が楽しみだったが見られない。少し飛行すると湖と滑走路が見えてきた。湖は人造湖の狭山湖で左の滑走路は米軍の横田基地で右側は滑走路ではなく日産村山工場の跡地だった
この後は雲が多くなり地上風景もあまり見られなくなり九州に入るとやっと雲がなくなり、長崎空港に近づいたときに着陸動画をスタートさせ、いつもの様に撮影
長崎空港は海上空港でレンタカー会社で手続きをする送迎で営業所に向かう時に対岸を撮影
レンタカーの手続きをして最初は普賢岳を目指します。その雲仙普賢岳に向かう途中の峠道から橘湾が見える場所があったので撮影しました
そこからの仁田峠への道は一方通行の周回路になっていて、その途中からの写真です
活火山の雲仙普賢岳は登山は出来ませんが雲仙ロープウェイの上や仁田峠の展望台などから見る事ができます
雲仙の仁田峠から普賢岳登山などにも使えるロープウェイで、駐車場から少しケーブルが確認できます。春先はこの一帯はツツジの名所でピンクの花が咲き誇るという事です。冬は霧氷が有名ですがここからだと期待できないようです
ロープウェイは最新型ではないようですが、冬の時期はすいているようです。今日は霧氷が微妙なのか人がいませんでした
九州は南で雪が降らないような印象がありますが標高が高いので少し積もっているようです
湿った空気が標高の高いところで零下の温度となって木の枝に氷を着けるもので11月頃から始まり条件が良いときでなければ見られず、この日は気温が高く下の方は溶け始めていたので見られてラッキーでした
霧氷のトンネルの先に鳥居があり、その向こうに妙見神社の本殿が見えています
妙味神社の本殿で妙見岳はその奥の小高くなっているところが山頂です
雲仙ロープウェイで上がった所には雲仙普賢神社の鳥居があります。本来はこの奥のずっと先にあるのですが、火山活動の影響で手前に拝殿が造られています。この写真は手前の拝殿と一緒に撮影したもので、本来なら鳥居があってその奥に拝殿となりますが、拝殿は手前に作られたのでこの様な配置になっています
駐車場からロープウェイ乗り場の間に仁田峠の看板がありました
仁田峠で霧氷を見た後は雲仙の地獄めぐりも考えたのですが雲仙は宿泊してゆっくりしたい場所なので島原に向かいます。島原の目的は島原城で17世紀に作られた城ですが明治になって解体されお堀と城壁だけだったのを昭和になって復元し資料館となっています。青空と白い雲に白い壁のお城がマッチしてとても綺麗でした。年末なのでお正月を控えて門松がありますがお城にふさわしくとても立派なものでした
昼もだいぶ過ぎていたけど車での移動ばかりなので軽くお城の前の茶屋のような所でうどんの昼食
次は堤防道路を通り祐徳稲荷神社に向かいます。諫早湾の干拓は反対運動などがありニュースでも多く報道されています。その干拓の区切りとなる堤防は完成していて諫早湾を横切る道路となっています。この潮受堤防で海と干拓地を仕切るのですが、最後は写真の水門を締める事になります
道路の半分くらいの所に駐車場があり、道路を横切る歩道橋があります。この写真はその歩道橋から雲仙岳方向を撮影したもので、右側が干拓する陸地側、左が外海になりますが色がかなり違っています
道路を走っていると「メロン」に「みかん」に「スイカ」に「りんご」などフルーツのバス待合室が多くありました
「海道しるべ」は多良岳オレンジ海道という道を進んでいるときに見つけた施設で展望が良いようなので立ち寄って有明海を撮影しました
日本三大稲荷の一つの祐徳稲荷神社は駐車場から神社への入り口はコンクリート造りの鳥居から始まります。日本三大稲荷と言っても正式なものではなく色々な団体が決めているので3っつではなく、伏見稲荷はどの場合でも入っていますが残りの2つは、祐徳稲荷・笠間稲荷・豊川稲荷・最上稲荷などが候補になっているようです
鳥居を入ったすぐ先には楼門があります。鳥居はシンプルでしたが楼門は神社の顔のような位置づけで左右に見えている随神は佐賀県の有田焼で作られていました
本殿は後ほどの写真でわかりますが、階段を登った所にありとてもきらびやかです。お正月前なので初詣の準備が着々と進んでいました
祐徳稲荷神社には奥の院があります。本殿の右側から鳥居が並ぶ階段を登っていきます
お山の一番上に奥の院があります。祀られているのは命婦大神で「命婦(みょうぶ)」はお稲荷さんの狐で朝廷に出入りが許されたことを示すもので、山の上で登ってくるのは大変ですがここまでお参りすることをお勧めします。景色も良いですし
その景色を撮影しました。奥の院は山の上にあり振り返れば鹿島市内と有明海が眺められます
参拝する前に撮影を忘れたので最後に撮影したのがこの写真で、本殿は上に見えるようにかなり高いところにあります。前が舞台のようになっていて清水寺で有名な清水の舞台のようです
1日目の予定を終えて宿泊地の佐世保に到着です。ホテルにチェックインし夕食を食べるために街中を散策しました。駅はとても大きくて立派です
駅構内には巨大な佐世保独楽が飾られていました。「息長勝問勝競べ」という掛け声でどれだけ長く回せるかを競う競技に使われるそうです
夕食を食べるために街中を散策していて年末のイルミネーションで飾り付けがされている公園がありました
公園自体はそんなに大きくないのですがイルミネーションはかなり凝っているようです
夕食は佐世保の名物で佐世保バーガーかレモンステーキを考えていました。JALのダイナミックパッケージのオプションでレモンステーキが500円というのがあり申し込んでいたのでレモンステーキの夕食です
(2)2日目の行程
2日目は潜伏キリシタンの歴史がある地域を巡ります。その途中にある石岳展望台に立ち寄ります。駐車場から展望台には少し登る必要がありますが傾斜は緩く整備されているので問題ありません
展望台から半島の奥の方を撮影したもので、この半島は奥行きがながく街も多いですね
佐世保市街地の海の向こうの半島にある展望台で西海国立公園九十九島を眺められる展望台です
次は展海峰です。展海峰は佐世保市街地の向かいの半島にある展望台で九十九島の展望が楽しめます
九十九島と言われていますがこの眺めがまさにそれを感じられる風景です
石岳展望台でも見えていた綺麗な形の山も見えます
神崎鼻は日本の大きな島である、北海道・本州・四国・九州の4島の最西端の岬という神崎鼻公園です。鼻は岬の意味もあります
公園の中には日本本土最西端の碑がありました
岬の先端付近の岩場で溶岩が噴出して固まった後に波に洗われて丸まったのではないかと思うような岩場です
カトリック神崎教会は日本本土最西端の神崎の近くにあるカトリック教会
カトリック褥崎教会は海を望む高台にある教会で「しとねざき」と読みます
平戸市のある平戸島と九州本土をつなぐ橋で、この橋で陸続きになっています。海峡は狭いですがこの橋のもたらす効果は大きいですね
平戸島の入り口にある峠ですが一帯が高原になっていて川内峠というより川内高原という方があってそうです
平戸島の入口で標高が高いので、ここからは両側の海が見られます
峠というよりなだらかな高原のような地形です
塩上げ石という説明版があり、昔商人がこの川内峠を通って行商に行く時にこの石に塩を乗せて祈った所、後に大成したと伝えられています
カトリック山野教会は平戸市街地から生月島に向かう道から少し山に入った所にある教会で、この地区の十人は全てカトリック信者だそうです。通常は閉まっていて外から写真だけ撮影しました
平戸と生月島をつなぐ生月大橋の手前の山間にある春日集落は急な山にある棚田が有名です。冬なので棚田も収穫が終わり水も張られていないのでわかりにくいですが、かなりの枚数の棚田が見えます
棚田近くには丸尾山という小高い山があり農地として利用されてなく上に登ることができます。この写真はそこからの写真で、この山の一っ部にはキリシタン墓地の遺構が残されています
生月島と平戸島をつなぐ橋で、この橋の開通により九州本土と繋がり便利になった橋です
「だんじく様」は潜伏キリシタンの悲しい歴史のある場所で、駐車場から林の中の道を行き、海岸線に降りた所なのであるいて行きます
海岸線に降りてみました。ここからすぐの場所にありますが海から来ることは禁止でこの写真でわかるようにかなりの高さのある場所から歩いて降りてくるのが参詣のルールです
捕吏に追われてここに隠れていましたが、海から発見されとらわれて処刑されたという悲しい歴史があり海岸線(ポールのすぐ左に砂利の浜辺が見える)にいながら海から来るのは禁じられかなり厳しい山道を降りてきた意味がわかりました
長瀬鼻は生月島の西にある岬で岬はかなり急な崖の上にある事がわかります。この写真は展望台からで生月島の西海岸はこの長崎鼻や塩俵の断崖など急峻な地形が多いです
生月島の西海岸の道路にある鷹ノ巣トンネルで海岸線までは大きな岩になっているのでトンネルが掘られていました。トンネルの上にあった名前ですが、その下には「農免農道」という表示もあり、これが農道?という事を思いましたが帰って調べてみると農業用のガソリンなどの税金相当の財源で作られた道路という事だそうです
塩俵の断崖は生月島にある有名な断崖で見るためには海上から見るか手前の展望場所から見るのかのどちらかになります
溶岩が噴出し冷える時に体積が小さくなり割れ目が入った柱状節理の地形で、海岸線の方は倒れてしまい柱の根元だけが残っています。後ろの方はまた柱になっていますが、風雪や波などでどんどん崩れてしまう可能性があります
大バエ崎の先端はこのような風景でかなりの断崖ですが下の方に平らな岩場があり、釣りをするのに最適でここに降りる道があるようです
南の方を振り返って撮影したもので塩俵の断崖の続きを見る事ができます
なだらかに海に向かって続くような方向もありました
大バエ崎には灯台があり写真でもわかるように展望台が併設されていて外階段を使って登ることができます
平戸の聖地と集落(中江ノ島)。生月島の東海岸にある展望が効く場所で世界遺産の説明版がありました
戦国時代に生月島南部を支配した籠手田氏の代官の西言可の洗礼名がガスパルで平戸藩主からのキリシタン弾圧の中でも島でキリシタン指導にあたり処刑されてしまい、その場所がここです
お昼を食べる所が見つけられず見つけた所でラーメンの昼食にしました。食べたのは「あごだしラーメン」で、「あご」とはトビウオの事でそれを出汁に使ったラーメンでスープがとてもさっぱりしている上に味がよく思わず「焼きあごだしの出汁粉末」をお土産に買ってしまいました。
田平天主堂は世界文化遺産の中でも一番有名かも知れません。煉瓦造りの天主堂を駐車場側から撮影しました
少し離れたところからの写真で、左側が駐車場方向で裏口で右が正面になります
この日は平戸に宿泊するのでホテルにチェックインし車を置いて歩いて平戸の町中を散策します。幸橋はお城と城下町は掘りで分断されているのが当たり前で橋はほとんどありません。不便なので木製の橋が架けられ後に石造りのアーチ橋になり現在に至ります。国指定の重要文化財に指定されています
平戸市役所の向かいから平戸城に上がる階段の写真で平戸城址には亀岡神社もあり鳥居も見えます
乾櫓を撮影したもので二ノ丸を守るための櫓で、平戸の乾の方角にあったのでこう呼ばれています
平戸城址の中にある亀岡神社で平戸城の城主であった松浦藩主を祀った神社です
平戸神楽が行われる神楽殿もあり、この写真がその神楽殿です
乾櫓の外側からの写真で小高いところに建っているので攻める側にしては難しいでしょう
平戸ザビエル教会は平戸を代表する高台の上にある教会で緑色が特徴です。年末なのでメリー・クリスマスとなっています
正面からだと小さな教会の様にみえましたが、後ろに長く大きな教会で丘の上にあるというのがわかります
平戸で一番有名な風景で、教会とお寺が両方写る風景で、日本の仏教・神道と西洋のキリスト教が同居している風景です
(3)3日目の行程
3日目は平戸の見残したところを見てからの移動です。まずはオランダ商館の周りで、オランダ商館の横の坂を登った所です。写真の中央に見えている塀はオランダ塀とも呼ばれ一般のエリアと商館のエリアの区切りとされているものです
坂の下からの写真で右側が商館で区切りのオランダ塀が良くわかります
商館の横には井戸があり、ここの井戸の水を使っていたようです。今では井戸の周りの四角い様子がわかるだけです
道路の反対はすぐに海になっていてギリギリまで下がってやっと全景が入りました。建物自体は復元されたものでしょうかとても綺麗でした。早朝だったので開館までは2時間以上あるので外観だけ眺めて終わりにしました
オランダ商館の海岸線にはオランダ埠頭があります。そのオランダ埠頭にはこの恵美須大明神がありました
ホテルの後ろの小高い丘の上から撮影した写真で、平戸の町と遠くにザビエル教会が見えます。正面の丸いこんもりした山が特徴的です
平戸市内を見終わったので車で移動です。その途中で松浦鉄道が走っていたので撮影しました。松浦鉄道は鉄道事業法による鉄道として日本の最西端を走る鉄道で「たびら平戸口」が日本で最西端の駅です。ちょうど車両が通りかかったので撮影しました。場所は松浦鉄道の名前と関連する松浦発電所前駅近くです
浜野浦の段々畑は玄海町の浜野浦地区にある棚田で立派な展望台があります。昼間はごく普通の棚田ですが4月ころからGWの間は棚田に水が張られまっすぐの水平線に太陽が沈むので絶景だそうです
次は波戸岬に来ました。波戸岬は海中展望台がある岬で有名な波戸岬です。浜辺につながる道の両側に変な石碑が立っていました
波戸=はと=ハートにかけてハートのモニュメントがありました
岬といえば襟裳岬や地球岬など断崖絶壁の岬が多いですが、この波戸岬はなだらかなビーチを有する岬です
岬に近い場所には有料駐車場がありますがすぐ横に無料の駐車場もあり、そこにはこの写真のように海鮮(牡蠣やサザエ)などを注文するとすぐに焼いてくれます
潜伏キリシタンに少し関連のある豊臣秀吉が豊臣秀吉が朝鮮出兵のために築いた名護屋城で、付近には国内の大名の陣跡がたくさんあります。有名な武将の陣としては徳川・加藤・真田・上杉・島津・黒田・伊達・鍋島・前田など日本国内の主な武将がそろっています
駐車場から城内に向かう途中の左側には大きな溜め池があります。その向こうには日本庭園が設けられ茶屋もありますが、当時からあったのかはよくわかりません
戦国武将同士の戦いの防御用の城ではないのか石垣もなんとなく勾配が緩い感じがします。朝鮮出兵のためのもので防御するとすれば朝鮮から船で攻めてきてさらに上陸してからなのでそうなったのでしょうか?
ここの石垣は何のためなのかが良くわかっていません。あちこちにこういう感じなのがありました
上から見ると石垣のようで土塁のような造りだと思いました
一番高いところには建物があった痕跡が残っています。ここからは玄界灘の海岸線を見る事が出来ます
潜伏キリシタン関係を回って来ましたが次は別の興味の地質関連の七ツ釜です。海が荒れる季節でもないのであまり心配していませんでしたが、観光客の少なくなる期間は運休のようで、歩いての観光です。切れ込んだ入り江上の場所に波の浸食で穴が七つ空いているのがその名前の由来です
元々は溶岩が冷えて固まった柱状節理の岩がある場所のようで、柱状節理は崩れやすいのでこのような景観になったみたいですね
お釜(穴)が沢山見える場所がありました。しかし、地上からでは5個までしか見えませんのでちゃんと七つ見るためにはやはり船で来るしかないようです。穴の上まで行けそうですが崩れそうでちょっと怖そうですね
先ほどお釜を見た時のお釜の上にまで来てみました。先ほどまでいた場所も柱状節理の岬で展望台が見えます
唐津に向かう途中に立神岩というのがあり立ち寄ってみました
3日目の宿泊地の唐津に到着しました。唐津の市内の散策の前に船で「高島」に渡ります。その高島の港の風景です
島の散策をしているときにあったお稲荷さんです
あちこち歩いてみると神社がいくつもありましたが宝当神社だけが賑わっていて他の場所にはほとんど人がいません
高島にはお参りすると宝くじが当ると言われる神社があり、お参りしました
高島に行ったのはこの宝当神社に行くためで前に同じような神社(津和野)でお参りして高額当選(70万円)当ったので再びを狙いしました駄目でした。
高島から唐津に戻り市内を散策です。唐津城は松浦川の河口にあり、少し小高いところに城は作られていますが唐津湾に面した海城です
石垣の積み方は初期の野面積みではなく整えられた面を表面にした積み方ですが、隙間は多いようです
天守は解体されているのでこの写真のは復元されたものです
時間が遅かったのか年末だったのかはわかりませんが天守には入れませんでした。年末なのでしめ縄がかかり門松も出ていました
唐津城の所から唐津の市街地をが、見える所がありました
宿泊したホテルの部屋から唐津城が見えました。夜に見てみるとライトアップされていましたので撮影しました。手前に見える橋は松浦橋です
(4)4日目の行程
最終日は吉野ヶ里遺跡と宗像神社の二つが目的で、早めに福岡空港でレンタカーを返却し福岡市内で時間をつぶし飛行機に乗り遅れないようにします。その吉野ヶ里遺跡に向かう途中で見返りの滝という道路標識があり来てみたらけっこうすごい滝でした。できるだけ滝に近づいて迫力ある写真をと考えて撮影してみました。シャッター速度を遅くして水が流れるような感じの写真を狙いましたが、そのようにうまく撮影できました
吉野ヶ里遺跡は弥生時代の大規模な遺跡が発見され邪馬台国ではないかと言われている遺跡です。遺跡といえば古臭いイメージですが公園に整備された入り口は近代的なものです
木を削って差し込んで防御のようなエリアを作っていたそうです
住居が復元されているエリアがあり小高い展望場所があり茅葺の住居を上から眺められます
住居の中にも入れるようになっていて、そこには昔の様子を想像して人形をおいて復元されています。少し位が高い家のような感じです。いちばん右側の人の髪形は古代人でよく見るような形です
吉野ヶ里でいちばん重要な場所にある建物でこの巨大な祭殿は政(まつりごと)が行われていたとの事です。今でいうと国会議事堂と市役所を兼ねた建物の様です
中にも入ることができ、正面の人の両側に人々が奈良に祭事か政治か何かが行われているのを再現したようです
墓地のエリアも再現されていて、甕棺(かめかん)がこのように埋められていたのを再現しているそうです
これは高床式の倉庫のような建物です
吉野ヶ里遺跡はかなり広くずいぶん時間を使ってしまいました。高速を使い一気に宗像神社に移動します。宗像大社は日本神話にも登場する最古の神社の一つで、宗像市にあるこの辺津宮と沖合の島にある中津宮と一般の人が立ち入れない沖津宮があり、これらをまとめて宗像大社と呼ばれます
鳥居をくぐっていくと左手には手水舎があります。手水をすませ本殿にてお参りをするにはこの門をくぐって本殿に向かいます
本殿は立派です。外側の摂末社のある回廊から撮影をした写真ですが檜皮葺の屋根のそり上がりの曲線が美しいです
本殿を取り囲むように小さなお社がたくさんあります。資料によると摂末社という事で24のお社があるようです
拝殿の上には宗像の文字が見える大きな木製の額がかかっています。その奥には本殿があり神様が祭られています
福岡空港でレンタカーを返却し早いですが荷物をチェックインして身軽になって福岡市内を散策します。年末の雑然とした中をブラブラ散歩し夕方にお腹がすいて来たので早めの食事で長浜ラーメンを食べました
食事後もまた少し散歩です。市内もクリスマスから年末のイルミネーションがいっぱいありました
空港に移動して展望デッキから空港を撮影しました。福岡空港は市街地にあり周りの夜景がとても綺麗です
搭乗待合室の案内板です。年末で混んでいて全体的に遅れが最終便に来るようで到着便が遅れて出発が遅れるようですが5分の遅れでは問題ないですね
搭乗して福岡空港を離陸する時の動画を撮影。福岡空港の照明と離陸してからの都会の夜景が綺麗です☆
羽田空港までのかなりの時間は寝ていて大島上空を通過しているあたりのアナウンスで目覚めて羽田空港への着陸する動画を撮影。首都圏の夜景が綺麗です☆
到着後に預入荷物を受け取り駐車場に行くために出発階の3Fに移動。年末で新年の飾り付けがされていたので撮影
そしてその近くにはお正月のスポーツイベントで箱根駅伝の出場校の飾りがありました
自宅に戻って今回の旅で回った所のGPSログを地図に落としたものではこれです
【5】まとめ
・初日は仁田峠の霧氷が見られないかと思ったがギリギリのタイミングで
見る事が出来た。
・2日目は海岸線の岬巡りをする予定でしたが思ったより距離があり平戸島
は回り切れなかった。
・3日目は七ツ釜の船での観光が目的の一つだったが冬は欠航で陸地から
となった 。
・4日目は一番ゆったりとした日程で、予定外の滝と吉野ヶ里遺跡を堪能
できた。
・この旅で掛かった費用は次の表です。レンタカーが県をまたいでの乗り
捨てになったので、それが高かった