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受益者負担型地域部活動のモデル開発 ~公立中学校の陸上競技部を民間スポーツ指導者に委託する取組を通して~

【背景】

 2020年9月に示された「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革(スポーツ庁)」を受け、自治体や学校、教育関係諸機関や地域スポーツクラブなどを中心として「休日における学校部活動の地域移行」に関する部活動改革の議論が活発に行われている。関連して、同年10月、経済産業省は「持続可能なスポーツ環境の構築」を目的として「地域×スポーツクラブ産業研究会」を発足させた。これまでも、文部科学省(スポーツ庁)により「学校と地域が協働・融合した部活動」が示され、学校部活動の地域展開や地域人材の活用についての提言がなされてきたが、経済産業省が「地域経済の活性化を見据えた持続可能なスポーツ環境の構築」に向けて動き出したことは、部活動改革がダイナミックに進展する可能性を含んでいるといえる。
 地域×スポーツクラブ産業研究会第1回研究会(2020年10月)は、ジュニア世代(小・中・高校生)のスポーツ環境の中心を担っている「教員や地域住民によるボランティアを主体とした学校部活動や地域スポーツクラブ」による運営にはいくつかの課題があることを指摘している。①少子化によるクラブ存続難、②教員の働き方改革の必要性の高まり、③ボランティア主体による指導の質のバラツキであり、これらの課題を踏まえ「対価を取って質の高い指導、プレー環境、コミュニティを提供する新しいスポーツクラブ産業を成長させることが、生涯を通じた多様なスポーツに取り組む環境の整備に繋がる」と述べている。また、第2回研究会(2020年11月)における委員の発言のなかで「地域スポーツの振興は以前から取り組まれているものの、全体としての盛り上がりに欠けている背景には、ボランタリーベースで行われていることが要因として考えられる」とし、「持続可能な形での地域スポーツの推進には、ビジネス化により生計が成り立つような形までもっていく必要がある」との意見が出された。
 たしかに学校部活動は「教育の一環として学習指導要領に位置付けられた活動」であり、その指導や運営は教師のボランタリーベースによるものとして長きに渡って存在してきた。このようなバックグラウンドに起因し、スポーツや文化的活動への参画に対し、対価としての受益者負担を強いられることへのネガティブな捉えが、広く社会概念として現存していることも事実である。これまでの学校部活動で行われてきた「無償による指導やコンテンツの提供」を有料化に転換する過程において、スポーツや文化的な活動に参画することを正当に価値付け、適切にマネタイズすることが受益者負担の原則を地域に根付かせることに繋がると考えられる。そのためには、家庭、地域、学校、行政が連携し、ボランティア依存から脱却するための仕組みづくりや意識改革等のマネジメントが必要不可欠であるといえる。

【目的】

 以上のような背景を踏まえ、公立中学校の陸上競技部(対象を長距離ブロックに焦点化)における休日の学校部活動を、一般ランナー向けのランニング事業を展開する民間スポーツ指導者(以下、民間指導者)に委託し、指導への対価としての費用に関して、保護者に負担を求める「受益者負担型地域部活動」の取組を展開し、実践を経て、以下の研究課題を明らかにする。

【研究課題1】
民間指導者による指導や運営に関して、生徒の立場における満足度の実態を明らかにする。
【研究課題2】
民間指導者による指導やICTの活用(個別育成ツールAruga)が及ぼす生徒の目標達成力への影響に関して、生徒自身による評価と民間指導者による評価の実態を明らかにする。
【研究課題3】
休日の地域部活動に関して、民間指導者自身による生徒への指導や運営に対する自己評価の実態を明らかにする。
【研究課題4】
民間指導者による指導や運営に関して、保護者の立場における受益者負担の受容性の実態を明らかにする。
【研究課題5】
休日の地域部活動への移行が教師の働き方改革の促進に及ぼす影響に関して、学校部活動顧問の立場における勤務時間や負担感の実態を明らかにする。
【研究課題6】
研究課題1~5を基に、持続可能な地域スポーツの構築や教師の働き方改革を踏まえた部活動改革の推進に向けた「受益者負担型地域部活動」の一つのモデルを開発する。

【方法】

【研究課題1】生徒を対象にした質問紙調査
(1)練習の質的評価
①コンディショニング②集中・エンゲージメント③工夫・改善
④試合の想定⑤パフォーマンス⑥努力
(2)スポーツ活動満足度
①自己決定感②有能感・貢献感・成長感③チームメイトとの関係性④指導者との関係性⑤意味・意義⑥楽しさ
(3)ライフスキルの評価
①主体性②成長マインドセット③自己肯定感④思考力⑤セルフマネジメント
⑥コミュニケーション力
【研究課題2】生徒及び民間指導者を対象にした質問紙調査
(1)目標達成力
①理想の明確化②リサーチ&アイデア③目標設定④アクションプラン⑤実行(能動的実験)⑥学び(成功要因の検出)
研究課題3:民間指導者を対象にした質問紙調査
(1)練習の質的評価
①コンディショニング②集中・エンゲージメント③工夫・改善④試合の想定⑤パフォーマンス⑥努力
(2)コーチングの質的評価
①自己決定サポート②パフォーマンスサポート③関係性サポート④心理的サポート⑤コンディショニングサポート⑥人間的成長サポート
(3)ライフスキルの評価
①主体性②成長マインドセット③自己肯定感④思考力⑤セルフマネジメント⑥コミュニケーション力
※研究課題1~3の質問紙調査については、スポーツWell-Being&コンピテンシー尺度(筑波大学体育系研究員、稲垣和希氏と共同開発中)の項目を採用する。
【研究課題4】保護者を対象にした質問紙調査
(1)受益者負担の受容性
①指導・運営内容の評価②生徒・保護者と民間指導者との関係性の評価③練習の時間・場所の評価④価格設定の評価
※上記①~④などの評価を測る項目を独自に作成する。
【研究課題5】学校部活動顧問を対象にした半構造化面接
(1)勤務時間の低減程度
(2)民間指導者との連携に対する負担感
【研究課題6】上記の研究課題1~5の分析結果を考察した上でモデルを提示

【実践計画】

・民間指導者のユース指導者資格取得(日本ユースアスレティックス協会)
・K及びM中学校の長距離走専門生徒への質問紙調査及びクリニック①
・「個別育成ツールAruga」によるICT活用の試行
・民間指導者の部活動指導員検定3級取得(日本部活指導研究協会)
・K及びM中学校の長距離走専門生徒への質問紙調査及びクリニック②
・民間指導者への質問紙調査
・民間指導者と学校部活動顧問によるグループ協議
(3C分析、SWOT分析、事業詳細計画、コンセプト共有等)
・市教委への事業申告
・K及びM中学校と市外O中学校の長距離専門生徒への参加募集
・参加生徒への質問紙調査
・第1期プログラムの実施(2021.10~12月)
・第1期参加生徒及び保護者への質問紙調査
・民間指導者への質問紙調査
・学校部活動顧問への半構造化面接
・第2期プログラムの実施(2022.1~3月)
・第2期参加生徒及び保護者への質問紙調査
・民間指導者への質問紙調査
・学校部活動顧問への半構造化面接
・調査分析及び考察、モデル考案

【期待できる成果】

 「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革(スポーツ庁)」の具体的な方策の項目には「人材育成・マッチングまでの民間人材の活用の仕組みを構築すること」、「地理的制約を越えて生徒・指導者間のコミュニケーションが可能となるICT活用を推進すること」、「指導方針や活動内容を決定する際、平日の学校部活動との関連性を考慮すること」、「地域部活動の費用負担については、生徒の活動機会の保障の観点や受益者負担の観点から保護者が負担することが適切であると考えられること」などが示されている。
本実践では、これらの4つの方策を具現化し、生徒、保護者、指導者の立場における課題を明らかにする。実践に伴い、以下に示す4つの成果が予想される。

(1)休日の地域部活動において、専門的な資格を有する民間指導者による科学的知見に基づいたコーチングを行うことで、生徒の満足度やライフスキルが高まるであろう。
(2)ICT活用(個別育成ツールAruga)により、平日の学校部活動の振り返りを双方向通信で行い、平日の民間指導者との繋がりを確保することで、生徒の満足度やライフスキルが高まるであろう。
(3)質の高い指導とコンテンツを提供することで生徒の満足度やライフスキルが高まれば、家庭における受益者負担への抵抗感が軽減されるであろう。
(4)PDCA分析による課題の顕在化と活動のアップデートを繰り返すとともに、上記(1)~(4)の分析結果を考察することで、持続可能な地域部活動のモデルを開発することができるであろう。

 中学校学習指導要領には、学校教育の一環としての部活動について「生徒の自主的・自発的な参加により行われる」ことが示されている。上記(1)にある専門的な資格とは、ユース指導者資格、部活動指導員検定のことであるが、これらの資格取得に向けた研修において「子どもの発達段階に応じた指導の在り方」「個々の体力に応じた適切な指導の在り方」「学校教育が目指す資質・能力の育成に資する活動の在り方」「子どもの人権を考慮した指導の在り方」などを学ぶため、専門的な技術指導だけではない、より教育的価値のある「総合的な人間形成の場」となることが期待できると考えている。また、上記(2)の「個別育成ツール」は自律支援を目的に開発されたICTツールであり、双方向通信による活動の振り返りを通して、自分と向き合う力、自分を高める力、他者とつながる力を高めることができると推察され、この取組が「生徒の自主的・自発的な参加の促進」や、「生徒と指導者、保護者と指導者の信頼関係を築く」ことに繋がることも考えられる。実践を通して互いの信頼関係を構築し、受益者負担の受容やスポーツや文化活動の適切な価値付けを促すことで、活動を運営する母体や個人指導者が対価としての正当な報酬を受ける仕組みが整うことを期待したい。生徒や保護者の満足度の保障、教師の働き方改革の促進、指導者の質的担保、地域経済の活性化などの実現を図り、持続可能な地域部活動モデルの開発に寄与したい。

【参考文献】

スポーツ庁(2020)「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革」
(https://www.mext.go.jp/sports/content/20200902-spt_sseisaku01-000009706_3.pdf)
経済産業省(2020)「第1回地域×スポーツクラブ産業研究会 議事要旨」
(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chiiki_sports_club/pdf/001_gijiyoshi.pdf)
経済産業省(2020)「第2回地域×スポーツクラブ産業研究会 議事要旨」
(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chiiki_sports_club/pdf/002_gijiyoshi.pdf)
文部科学省(2017)『中学校学習指導要領(平成29年告示)』

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