運動が苦手な子どもたちを輝かせる「3つのコミュニケーション・アプローチ要素」 ~子ども運動チャレンジ教室を視察して③〜
運動が苦手な子どもたちを、運動で輝かせてあげるには何が必要なのか。
Pert②では、運動が苦手な子どもたちが笑顔を輝かせて運動に取り組むようになるための秘訣を、質の高い「4つのプログラム・コンテンツ要素」の切り口で考えました。
【プログラム・コンテンツ要素】
1 「遊び」を基本としたプログラム構成
2 「できるようになる」ことを保障する、科学的知見に基づいた支援
3 夢中になれるアイデア教具の活用
4 敢えて「勝ち負け」を競うタスクゲームや運動会の設定
Pert③では、「3つのコミュニケーション・アプローチ要素」の視点で私見を述べていきます。
【コミュニケーション・アプローチ要素】
1 子どもたちに安心感を与える、先生方の温かさ
2 臆することなくチャレンジでき、自己肯定感を育む先生方の指導
3 憧れの元プロ選手による明るく元気な、ハツラツ全力プレー
1 子どもたちに安心感を与える、先生方の温かさ
会場に続々と子どもたちが集まってきたチャレンジ教室開始前。初めて顔を合わせる先生方に、少し遠慮がちな様子であいさつを交わす子どもたちがいました。そんな不安と緊張感が漂う中、チャレンジ教室は始まりました。子どもたちは、なかなか素直に楽しさや喜びをオープンに表現することができません。
そんな雰囲気を打破させたのは、アイスブレイク活動でのおもしろおかしく変装した先生による準備運動でした。そして緊張が見え隠れする子どもたちに代わるかのように、周りの先生方が率先して大げさなくらいに声を上げ、喜びを表現し、誰よりも楽しんでおられる姿を見せておられました。子どもたちは、「笑ってもいいんだ」「声を出してもいいんだ」と心をほぐし、安心したことと思います。
その後の活動においても、常に、明るく、元気にふるまってくれる先生方につられるように、子どもたちも次第に笑顔を見せるようになりました。運動課題をクリアするたびに子どもたちと一緒に大喜びしてくれる先生方とハイタッチや肘タッチをするなど、どんどん交流が深まっていきました。
子どもたち一人一人の目線に合わせて寄り添い、笑顔で何でも受けとめてくれるような温かい雰囲気で接してくれる先生方、少しのことも大きく認めてくれる先生方、チャレンジのたびに心から応援してくれる先生方と接するなかで、みるみるうちに子どもたちとの信頼関係が育まれていきました。
・ 先生自身が率先して明るく、元気に、楽しむ姿を見せること
・ 子どもたちと一緒に喜びを表現すること
・ 一人一人の目線に合わせ、寄り添いながら接すること
・ 笑顔で何でも受けとめる温かい雰囲気を大切にすること
・ 少しのことも大きく認めること
・ 子どものチャレンジに心から応援すること
2 臆することなくチャレンジでき、
自己肯定感を育む先生方の指導
ここまでに何度も述べてきましたが、先生方は、子どもたちのチャレンジに対して心から応援をしてくれます。課題解決に向けて子どもに寄り添い、真剣に手立てを考え、支援をしてくれます。さらに、少しでも前進が見られたなら、大げさなくらいに誉めてくれます。このことが、失敗することへの恐さを乗り越え、チャレンジ精神に火をつけていたと感じました。
また、運動課題にチャレンジする場面では、他の子と比較することもしません。あくまでも自分自身と向き合って解決を図り、それを先生方が支援するスタイルを取ってみえました。比べられることがありませんから、劣等感に苛まれることもありません。
学校体育の授業では、全体のカリキュラム進行が優先され、時として自分のペースでチャレンジすることができないこともあります。ここでは、先生方が丁寧に寄り添い、個の習熟度に合わせた支援をしてくれるので、子どもたちは焦らされることなく、じっくりと自分のペースで課題と向き合うことができていました。
ある場面での先生の言葉です。
「できないことはあって当たり前。できないことができるようになるのが楽しいし嬉しいことなんだよ」
「できないこと」への寛容さ、優しさを感じる一言でした。
運動が苦手な子どもたちに対して、運動場面で自己肯定感を育むのは簡単ではありません。しかし、運動への苦手意識の解消には、成功体験、課題の解決体験、他者からの承認体験、達成感、満足感・・・、などのことで得られる自己肯定感を、「運動を通じて育む」ことが重要です。これらを踏まえた先生方のコミュニケーションの取り方、アプローチのしかた、運動支援への考え方がとても参考になりました。
・ 課題の解決に向けて真剣に手立てを考える
・ 少しの前進も見逃さず、大げさに誉める
・ 他の子と比較せず、自分自身と向き合うことを促す
・ 個の習熟度に合わせて丁寧に寄り添う
・ 決して焦らせることなく、じっくりと課題と向き合えるよう見守る
・ 「できない」ことへの寛容さ、優しさをもつ
3 憧れの元プロ選手による
明るく元気な、ハツラツ全力プレー
サッカーの元Jリーガーの先生が、ゲストティーチャーとしておみえになっていました。地元に根付いたJリーグのチームで、長く地元のみなさんから愛されてきたチームで活躍した選手であったこともあり、そこに本物の元プロ選手がいるというだけで、子どもたちや保護者の方の表情は輝いていました。
現在は地元大学のサッカー部顧問を担当しておられ、今回のチャレンジ教室では、「操作系動作エリア」を主に担当してみえました。テレビでしか観たことがないようなスポーツ選手に「運動を教えてもらえる」「活動をともにする」ということ自体に、子どもたちはワクワク感を抱いているようでした。そしてタスクゲームや運動会では、「憧れの選手とサッカー対決をする」という特別な場面も設定されており、子どもたちはチャレンジ精神を掻き立てられていました。
サッカー対決の場面で驚いたことがありました。
小さな子どもたちと大人が運動ゲームで対戦するような場面を設定することがありますが、体も大きく力も強い大人は、小さな子どもの体力に合わせて手加減をしてあげたり、時にはわざと負けることを演出してあげたり、ということがあると思います。それは先にも述べたような、子どもの自己肯定感につながることを期待して、わざと勝たせてあげるのです。近所の公園でも、お父さんが子どもを相手に「あ~負けた~」と演出してあげている場面を何度か見かけたことがあります。
「苦手な子が輝く運動会」で行われたミニサッカー対決でのこと。
私は、きっと元プロ選手は、子どもたちを喜ばせるために、ボールを奪われるふりをするなど、子どもに合わせて手加減をしながら交流するのかなと想像していました。しかし驚くことに元プロ選手の取った行動は、
一切「遠慮なし」「手加減なし」の全力プレーだったのです。
ゲーム開始から、あっという間にドリブルで子どもたち全員を抜き去り、ものすごい勢いのシュートでゴールを決めます。Jリーガーですから、そのプレーは驚きの一言です。
これは「大人げない」ということでは一切ないと感じました。
なぜなら元プロ選手のプレーを見る子どもたちの目の輝きは、その日一番といってもよいくらいキラキラと輝いていたからです。子どもたちのみならず、保護者も含めた周囲の大人たちも同じです。
弾丸シュートをゴールに突き刺した元プロ選手は、TVでも見たことがあるようなゴール後の喜びのパフォーマンスを披露します。みんな大喜びです。期待に応えるプレーで、周囲を魅了してくれたのです。
手加減なしの全力プレーで臨むことで、子どもたちは怖じ気づくどころかチャレンジ精神に火がつきます。また、敢えて元プロ選手が敵役となることで、周囲のみんなは子どもたちを全力で応援するようになります。5人6人の子どもたちが一斉に元プロ選手のボールを奪いにいきます。子どもたちを応援する「頑張れー!」の声援がさらに大きくなります。みんなからの声援を受けた子どもたちは、より一層の全力プレーで元プロ選手に挑んでいきます。
そんな正のスパイラルで、ゲームはどんどん盛り上がりを見せていきました。ゲーム終了後、元プロ選手は子どもたち以上に疲れた表情で全力を出し切った姿を見せ、それを見た子どもたちは、「元プロ選手をここまで追い込んだ」という誇らしげな笑顔を輝かせながら、みんなで記念撮影をしていました。
「子どもを輝かせる」というのは、子ども主体の「できた」とか「認めてもらえた」だけではなく、「本物を目の当たりにする」「素晴らしいプレーを見る」ことでも輝かすことができるのだということに気づかされました。
視察を終えて
昨今、学校体育が運動嫌いを誘発しているという論評を耳にすることがあります。現実、子どもたちが「できる」「できない」を相対的に評価されたり、「負ける」ことの価値を見出せずに自己肯定感を傷つけられ続けたり、ということが学校体育のあらゆる場面に存在しています。幼少期は体を動かすことが好きだったのに、学校体育の授業をきっかけに自信を失い、嫌いになってしまった児童・生徒も多くいることが想像できます。学校体育の目標の一つでもある「生涯スポーツ」につなげる、導くためには、運動が苦手な児童・生徒を決して置き去りにしてはならないのです。
保健体育科教員のほとんどが、幼少期から運動が得意で、学校体育において人より優れたパフォーマンスで認められ、運動会や体育大会でもひと際目立つ存在として称賛されてきたような方が多いと思います。そんな保健体育科教員は、ついつい「みんなこれくらいはできるだろう」と見立てを誤ってしまったり、「上手にできる子」とか「できる子がどんどん伸びていく」ことに注目し過ぎたり、ということが往々にしてあります。
保健体育科教員として「運動に苦手意識をもつ児童・生徒へのアプローチ」は大きなテーマとして常に意識しておく必要があると考えています。全ての児童・生徒に対して、生涯スポーツにつなげられる授業や指導を提供するためには、適切なアプローチを学校体育の中で実現していく必要があると感じています。今回の「Be a HERO project 子ども運動チャレンジ教室」では、そのヒントがたくさん盛り込まれていました。私の私見ではありますが、その秘訣として「4つのプログラム・コンテンツ要素」と「3つのコミュニケーション・アプローチ要素」の7つのポイントを見出すことができました。今回の視察を活かし、学校体育の現場でも、子どもたちの輝く笑顔のために、今後も研鑽と実践を重ねながら、運動の楽しさを伝え続けたいと思います。ありがとうございました。