ストリップ劇場に迷い込んだはぐれ猫…「写真集は完売。エサ代自分で稼いでくるから、お前はエラいよなぁ」ライブ・シアター栗橋“マロン”
8月20日、47年の歴史に幕を下ろした“日本最北端のストリップ劇場”、ライブ・シアター栗橋。閉館にいたるまでのルポは現在発売中「実話ナックルズ」に掲載中だが、ここでは2022年夏、当劇場とその看板猫“マロン”に密着し「実話ナックルズウルトラ」に掲載した記事を再度紹介したい。ストリップ劇場で愛された猫と、そこで働く男たちのフォト・ドキュメント。
取材・文=鈴木ユーリ
写真=田附勝
劇場の軒下でみつけた“福の神”
「たまにコイツ、ひょっこりステージにも顔出したりするんだよ」
ピンクの回転台の上で、スタッフのシオさんに抱かれながら、そっぽを向く横顔に見おぼえがあった。鼻筋だけがまっすぐに栗毛の、焦茶のまだら模様の顔。廊下に貼られた踊り子たちのポラロイドやスナップ写真のなか、愛らしい顔で写っていた看板猫のマロンちゃんだ。
ちいさな体を劇場の軒下でふるわせていたのは、5年前の夏のことだったらしい。
「タヌキが出るような田舎だから別に驚きやしなかったけど、親とはぐれて腹すかせて鳴いてたんだよ。警戒心強かったから、スタッフ総出でつかまえて病院連れて行ってね。マロンって名前つけたのは、毛の色だけが理由じゃなくて、土地の名前も『栗』だからちょうどいいやって」
渋谷からつづく半蔵門線の最終駅「南栗橋」にある『ライブ・シアター栗橋』。駅から徒歩20分、近くには店もない。青々とした田畑からカエルの声がひびく僻地になぜストリップ劇場? と怪訝におもうなかれ。建物はもともと『トラック野郎』のロケでも使われた日光街道沿いのドライブ・イン・レストランだった。劇場に改装したのは昭和50年代のこと。日光への観光バスのツアー客も押しよせて連日繁盛したという。
「近くに競艇の場外発売場もあるから、ボートで勝ったお客さんも来てくれるんだよ。300万だっけか? マロンにさわって大穴当てた人が出てからは、みんな縁担ぎで拝んでくよ。写真集も3冊出したけど完売。エサ代自分で稼いでくるから、お前はエラいよなぁ」
額を撫でようとするシオさんの手をすり抜け、〝福の神〟はステージの裏にかくれてしまう。
定位置は楽屋と「テケツ」と呼ばれるチケット売り場。性格は奔放でチュールが大好物。香水がきつい子踊り子さんにも近づかない。好き嫌いがハッキリしてる彼女を、「マロンさん」と呼ぶ若い踊り子さんもいるんだとか。
「マロンは生まれた時からステージに上がらされてるからね。板の上に1日でもはやく乗ったら『姐さん』なのが、この世界のならわしなんだよ」
シオさんはこの道35年になるベテラン照明マンだ。長野県から上京し、金も職もなく浅草をブラついていた時に、「スタッフ募集」の看板を見かけてたまたま飛び込んだのが、ストリップの名門『浅草ロック座』だった。
「参っちゃったよ、本当に。田舎モンだからストリップなんか入ったこともなかったのに、楽屋じゃ姐さんたち、みんなスッポンポンで歩いてやがるんだから。暗転もヘチマもわかんねえから、はじめはずっと怒られっぱなし」
当時のロック座は〝娯楽の聖地〟浅草六区の象徴だった。目の前には『浅草キッド』の舞台になったフランス座があった。
「ロック座でも踊りの合間にコントやってたの。自分は『ビッグボーイ』ってコンビのナベさんに、ずいぶん可愛がってもらったよ。ビートたけしが住んでた部屋を間借りしてるっていうから、遊び行ったら本当に三畳一間。貧乏だったけど誰かしら酒を飲ませてくれたな。いい時代だった」
昭和の終わりとともに、ストリップ業界は衰退の一途をたどってきた。全国に400軒近くあった劇場は、令和の今はわずか18軒。芸術性の高いステージ演出で近年女性客は増えているものの、このコロナ禍で廃業をえらんだ劇場もある。浅草を辞めてからシオさんが在籍した『郡山ミュージック劇場』も閉館し、おなじ埼玉県内の『ワラビOS劇場』は火災に見舞われた。久喜市にある『ライブ・シアター栗橋』が今では日本最北端になってしまった。
「流れついてやってきた田舎の小屋だけどね、でも今俺ここの仕事が楽しいの」
角ばった指で機材をいじりながら、シオさんは言う。古い映画館の映写室をおもわせる照明室だった。
「球変えて最新LEDにしてから、こんな鮮やかな色を出せるんだよ。ロック座のぞけば栗橋の照明が全国一だよ」
いつのまに楽屋から出てきたマロンちゃんが、光を追いかけて遊んでいた。埼玉の片隅にあるピンク色のニューシネマパラダイス。シオさんが羽織ったハッピの背中には、看板猫のイラストがプリントされている。
(「実話ナックルズウルトラvol.22」2022年9月30日発売より)
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