AV業界で事件について振り返る者は、誰もいない…桃井望変死事件(後編)【中村淳彦『ハタチになったら死のうと思ってた』】
2002年、業界を揺るがす大事件が起きていた。当時トップアイドルとして超人気を誇っていたAV女優・桃井望の突然の死。「殺ったのはAV関係者」そんな声も聞こえてくるが……。中村淳彦著『ハタチになったら死のうと思ってた AV女優19人の告白』より一部抜粋してお届けします。(前編はこちら)
「犯人はAV関係者だと思う」
2人は同じ高校の先輩後輩だった。
2001年5月頃、桃井の同級生の紹介で知り合う。酒井氏は一学年下の彼女のことは知らなかった。事件当時、桃井望は東京でプロダクション経営者と同棲中で、酒井氏には別の恋人がいた。そんな中で2人は惹かれ合って恋愛関係になった。2002年になってから桃井望は頻繁に塩尻に帰郷し、酒井氏の一人暮らしの部屋に泊まっている。
「酒井氏側の遺族、友人、誰に訊いても自殺する理由がなかった。遺族が刑事告訴をしても、結局なにもしなかった。事態が動いたのは事件から4年3カ月後、死亡保険金を支払われなかった遺族が生命保険会社を訴えた民事訴訟の判決で、長野地裁が他殺と認定しました」
他殺は司法も認める公然の事実となった。では、誰が殺ったのか。
桃井望の遺族、彼女をよく知るAV関係者は、事件のことを一切口にしなかった。筆者は事件発覚直後、所属プロダクション関係者が「事件のことは一切書くな」と出版社まわりをしているところを目撃している。先月まで桃井望の裸を掲載しまくっていた複数のAV専門誌は事件のこと、不慮の死を遂げたことを1行も触れなかった。
「犯人はわからない。けど、僕はAV関係者だと思う」
警察が一切動かない、AV業界は完全黙秘という厳しい状況の中で、長期間事件に密着したA記者はそう推測する。
「長野県警は報道後、東京に行っている。そこでAV関係者を事情聴取したようだが、内容は『我々はAV関係者を追及しない。だから君たちも事件について語るな』という司法取引だったようです」
2人が事件直前まで一緒にいた自宅には争った形跡はなかった。犯人はどちらかの顔見知りの可能性が高い。
「酒井氏側で怪しまれたのは、彼の自宅の隣の住人の男性。酒井氏にマルチビジネスを勧誘していた。トラブルもあったようだが、とても殺すまでの動機があるとは思えませんでした。桃井さんの同棲相手のAV関係者、同じプロダクションのAV女優で親友だった某さんは、絶対になにか知っている。ですが、なにも喋りません。それと事件直後、自殺はありえないと熱心に情報収集に動いた酒井さんの会社の上司が、地元暴力団関係者に『事件に首を突っ込むな』と脅されています」
様々な証言、調査、報道からある程度の事実が明らかになった。
事件のあった2002年10月12日20時10分〜20分頃、複数の犯人が酒井氏の自宅を訪ねる。自宅には酒井氏と桃井望がいた。犯人はどちらかの顔見知りで、2人は犯人に促されて裸足のまま車に乗った。そのまま暗闇の奈良井川沿いへと向かう。
20時40分頃に現場に到着。桃井望だけが外に出される。酒井氏は車内で鈍器で殴られて頭を割られ、腹部を包丁で刺される。犯人は息が途絶えた酒井氏の左手に包丁を握らせて、ガソリンをかけて燃やした。そしてドアロックをする。
惨状を目の当たりにした桃井望は、裸足のまま逃げた。犯人は逃げる桃井を数メートル追いかけて刺し、桃井はうつ伏せになって倒れた。そして、まだ息のある桃井の首から下にガソリンをかけて火を点けた。河川敷で轟々と燃える車と桃井望、犯人は車に乗って逃げた。想像を絶する酷すぎる最期である。
桃井望はAV業界が最も活気があった時代に、最も売れた女優だ。毎日、時間単位のセックススケジュールの中で、故郷の先輩と恋愛をした。そして、生きたまま焼き殺されてしまった。あまりにも悲惨だ。
「今、テレビ観ましたか! 桃井事件が放送されているけど、犯人の似顔絵が〇〇さんソックリですよ。もう、そのままじゃないですか」
筆者の携帯電話に、あるAV関係者から連絡があった。〇〇さんとは有名なAV関係者で、彼は興奮気味にしゃべっていた。
2003年3月21日、犯罪公開捜査番組「TVのチカラ」(テレビ朝日)が放送された。米CIA特殊部隊OBエド・デービス氏の遠隔透視をもとに主犯の似顔絵が公開されたが、その人物が桃井望に近いAV関係者にあまりに似ていた。
しかし、もう過去のことだ。AV業界で事件について振り返る者は、誰もいない。あれだけ熱狂したファンも死んだ女優には用はない。誰もが忘れ去っていた。
エロスとタナトスの狭間で生きるAV業界は、超人気だった桃井望がいなくなった大きな穴を、なにも知らずに誘導された新しい女の子で埋めるだけだった。
ここから先は
定期購読《アーカイブ》
「実話ナックルズ」本誌と同じ価格の月額690円で、noteの限定有料記事、過去20年分の雑誌アーカイブの中から評価の高い記事など、オトクに…