【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】愛知県西尾市鳥羽町で行われる『鳥羽の火祭り』
自らの命を顧みることもなく、燃え盛る巨大な松明に挑んでいく男たちがいる。彼らの使命はただひとつ。神殿に祀るための「神木」と「十二縄」を取り出すことだ。
毎年、愛知県西尾市鳥羽町にある鳥羽神明社(とばしんめいしゃ)で行われている「鳥羽の火祭り」は、見るものの想像をはるかに超えている。男たちは、大松明「すずみ」の中に納められている「神木」と「十二縄」を引き抜くために梯子を駆け上り、激しく燃えさかっている「すずみ」を激しく揺さぶる。
「すずみ」の高さは、5メートル。重さは、2トンもある。このような巨大な松明が激しく燃えさかっていたら、どんな屈強な男でも挑み続けることは困難だろう。あまりの熱さのため、松明にかけられている梯子から転げ落ちる奉仕者(通称「ネコ」)たちもいる。当然、「神木」と「十二縄」は、すんなりと取り出すことはできない。
ある中年の男性は、「腕をやられたぁ…」とつぶやくと、うつぶせになったまま動かなくなってしまった。この男性の衣服は、焼けただれており、皮膚もかなり剥けていた。顔一面は、ススだらけだ。即座にバケツの水がかけられたが、しばらく起き上がることはできなかった…。
日本では、奇祭と呼ばれているものは、全国各地で行われているが、「鳥羽の火祭り」は、その辺の奇祭とは、一線を画する。素手で殴り会う長崎の「けんか祭り」も壮絶なものだが、こちらについては相手が”炎”だ。下手をすれば死んでしまう。大松明「すずみ」の中に落ちてしまったらおしまいだ。
「鳥羽の火祭り」の正式名称は、「鳥羽大篝火」という。その起源は、約1200年前。「神木」と「十二縄」の取り出され方によって、その年の天候や豊作、不作が占うことができる。毎年、旧暦の1月7日(現在は、2月の第2日曜日)に行われる。
この祭りで最も重要な役は、「神男(しんおとこ)」だ。どんなことをしても、神前に「神木」と「十二縄」を祀らなければならない。選任されるのも大変難しく、毎年、2名が選任されているが、25歳のときに、たった一度しかチャンスがない。
地元では、鳥羽神明社の西側にある宮西川を境にして、東西の地区を2つに分けて、西を「福地(ふくじ)」、東を「乾地(かんじ)」と呼んでいる。前者から120名。後者からは、80名の男たちが参加する。「神男」は、西の「福地」、東の「乾地」から1名ずつ選任されるのが決まりだ。
真っ赤に燃え盛っている大松明「すずみ」の近くで写真を撮っていると、顔がヒリヒリしてくる。近づき過ぎるのはキケンだ。それでも男たちは、果敢に炎に挑んでいく。
大松明「すずみ」との格闘は、30分あまり続いただろうか。それでも何とか「神木」と「十二縄」を松明の中から取り出し、この2つを神前に祀り終わると、祭りは、フィナーレを迎えた。松明の炎を背にしながら、ねぎらいの言葉をかけ合っている男たちの表情には、安堵感がにじみ出ていた。
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