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「池袋。ここは、ひどすぎる。悪霊だらけ。生き地獄です」地獄の釜・池袋で出会った人妻風俗嬢(後編)【中村淳彦『熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実』より】

離婚した元夫に金を持ち逃げされて、「地獄の釜が開いた」という34歳の人妻デリヘル嬢。「おそろしい街」池袋で社会復帰の道を模索するがーー。(前編はこちら)
中村淳彦著『熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実』より一部抜粋して公開します。

蛇みたいな顔をした女

 育った家庭は円満、小学校時代からずっと真面目だった。
 福祉系短大に推薦で進学、福祉系の専門学校にも通って2つの国家資格を取得している。社会福祉法人に就職して結婚して、すべてがうまくいっているはずだった。旦那の裏切りと離婚、預金が突然ゼロになったことは、綾乃さんにとって初めての挫折だった。

「ショックで病気になった。介護施設で普通に働いているとき、突然意識がなくなる。悪い霊に取られちゃう。みんなそれを理解してないので、世の中がおかしくなるの。倒れて記憶を失う、それで悪い霊に入られちゃう。世の中には、悪い霊がたくさんいる。私は特養で働いているときに、悪い霊が入ってきちゃったの。
 それと、この池袋。ここは、ひどすぎる。悪霊だらけ。生き地獄です。池袋はそこら中に地獄の釜が開いている。おそろしい地域。地元にも池袋みたいな悪霊が多い地域があって、就職した特養は高齢者の邪気もあるし、地場もよくなかった。悪い霊によってパチンコ屋に導かれて、それで前の旦那に出会ってしまって、騙されて頭がおかしくなった。それから施設の中で泡をふいて何度も倒れた。上司の人に無理やり精神病院に行かされて、精神障害者って認定された。自分の記憶にはないけど、毎日、施設で奇声を叫んで手に終えなかったそうです。仕事は自主退職した」

 目の濁った綾乃さんが、奇声あげて介護施設で暴れる姿は容易に想像がついた。本当に気持ち悪い光景である。
 病状が悪化して介護施設を辞める直前、現在の旦那と知り合う。たまたま施設に来ていた、消防点検の作業員。綾乃さんから声をかけて連絡を取り合うようになった。すぐに付き合うようになった。
 自主退職して自宅療養してから、悪化の一途となった。25歳のときには、歩行ができない状態までになった。一人でトイレにも行けない車椅子生活で、母親と現在の旦那に介護される状態だったという。

「旦那と出会ったのは、前の旦那が消えてから半年後くらい。神が結びつけてくれた。ちょうどその時期に旦那も前妻の外国人女性を交通事故で亡くしていた。神が私と一緒になるように導いたってこと。私のことは神が見てくれている。神が見張ってくれる。いつも神が見えるし、今も見えます。だから、全部願いは叶っている。不動明王の神、孔雀明王も見えるし、金剛夜叉も見える。いつも神は私のところに出てきてくれる」

 綾乃さんは神様の話になると、声がツートーンくらい高鳴る。誰が見ても危ない人であり、周囲の客は視線を寄せている。おかしな話になってきたので、喫茶店を出た。西口の繁華街を歩きながら、話の続きを訊く。

「旦那は素晴らしい人です。生命線が長くて2回死んでいるけど、生き返っている。1回は12歳のときに雷に撃たれて、2回目は4年前に交通事故で死んでいるのに蘇った。お互いに神が見張ってくれているから。2年間くらい歩けなくて車椅子生活だったときも、旦那は異常に霊感が強くて、私に女郎の霊が憑いていることを見抜いてくれた。前に住んでいた埼玉県○○市って昔遊郭があって、私に憑依していたのは、その遊郭で働かされていた女郎だったの。結核みたいな病気になって、使い物にならなくなって、いらないってことで橋から川に投げ捨てられた。本当に可愛そう。非業の死を遂げて、成仏できなくて浮遊霊になって特養にいたの。たまたま私と波動が合っちゃったのかな。話を聞いて欲しくて、私に憑いたの。旦那は憑依していた女郎とちゃんと話してくれた。慰めなきゃってことで、旦那と一緒に捨てられた橋に行った。何度も何度も、橋から捨てられたって訴えていたって。何度も。場所は中川って川にある○○橋ってところ。橋に花を添えて慰めて、お祓いをした。それから、だんだんと病気は治った。1年くらいしたら、歩けるようになった」

 調べてみると、綾乃さんが話した地域には、本当に1956年の売春防止法施行まで青線地帯があった。
 霊感が強い女性に怨念とエネルギーの強い悪霊が憑依、憑かれた人間に不幸が重なるというのはあながちファンタジーではない。風俗業界周辺は波瀾万丈な人生を送り、結果的に不幸な人も多い。悪霊が関わる話はたまに聞く。
 27歳。歩行ができるようになった綾乃さんは、池袋の人妻デリヘルで働いた。デリヘルを選んだのは前の旦那が残した借金があり、精神病を抱えていたからだった。

「ゆっくり社会復帰していこうって思っていた。なにか自分でもできる仕事はないかなって探して、人妻デリヘルを選んだ。旦那には許可をもらった。元旦那が作った借金もあるし、お金返さないといけないから。風俗をやれば、すぐ稼げるし。精神病の人間でも大丈夫だろうって。何時間も働くより、2時間で1万円になる方がカラダの負担もならないから。それでデリヘル嬢になった。最初は旦那に裏切られていると思われちゃって怒っていた。だから、ちゃんと説明した。だったらいいよって。でも、ちゃんと俺のとこ戻ってきてくれって。
 今は借金も完済したし、カラダもだいぶ良くなったから出勤は減らしている。カラダが本当に健康になったら、今度は保育やる。地獄の釜があった介護は、もう懲り懲り。仕事は風俗の方が楽だけど、ちゃんと普通の仕事をして社会復帰したいのは、やっぱり旦那が好きだから。旦那を一番にしないと。風俗は申し訳ないなと思いながら、ずっとやっていたから。でも精神病だから仕方がないって、自分に言い聞かせてやっていたから」

 霊感の強い綾乃さんには、霊が見える。霊は、もやっとした気体という。霊よりも人間のエネルギーの方が強く、繁華街にはたくさんの霊は存在するが、昼間は見えづらいそうだ。

「池袋はおそろしい場所です。埼玉とか渋谷とかの比じゃない。空気が重いし、所々にとんでもない邪気がある。普通の街の空気は、良いも悪いも一定なの。突然邪気を感じたりしない。けど、池袋はおかしい。普通じゃない、最悪の場所です」

 西口の繁華街を歩いている。綾乃さんは閉店したばかりのあるゲームセンター跡で立ち止まり、嫌な表情になって無人の建物を指さした。

「ここ、地獄の釜。すごく地獄の釜。気持ち悪い」

 そんなことを言いだした。私もいい加減、気持ち悪くなってきた。

「嫌な人間が群れて見える。世の中、嘘つく人が多くなっている。ここから騙された怨念の声みたいなのが聞こえる。聞こえるよ。内緒で売春する、嘘をつく、騙す。よくないこと。きちんと報告して、嘘つかないで、真面目にやる、それが人間。だから私は騙さないで嘘もつかないで、ちゃんと真面目にやった。人間のおそろしさを知らないで、このゲームセンターみたいな地獄の釜に近づくと、悪い霊が入ってくる。最悪、憑依される。最悪命まで奪われる。死にたくない、私は死にたくない、私は死にたくない」

 綾乃さんはゲームセンターの前で震えだし、左足首に巻きつけていたお守りを握りしめて離さない。埒があかなくなり、編集者に自宅近くまで車で送ってもらうことにした。
 性欲が異常な介護福祉士、異常性欲者が集う部屋、ホームレスのシングルマザー、奇声をあげてセックスを誘う女、悪霊に憑かれた人妻デリヘル嬢──いったい、池袋になにがあるのか。私はせいぜい数時間しか取材をしていないが、異常なことが起こりすぎだった。

 本書を締めくくるために後日、池袋に友人の霊媒師を呼んだ。私が介護施設を運営しているときに知り合った人物である。電話をすると「池袋は今、不動産屋に頼まれて自殺部屋の案件を抱えている。できれば、あの街には行きたくない」と言っている。「除霊もしなくていいし、ただ見てもらうだけでいい」と頼み、2016年1月末の昼間、池袋北口に来てもらった。池袋演芸場から商店街に入って、綾乃さんと通った道と同じように繁華街をうろうろ歩き、ゲームセンター跡に行った。

「嫌な街だよね。まず空気が重いし、地場が悪すぎる。理由は地縛霊と浮遊霊が多すぎるってこと。成仏できない霊がたくさんいる。ゲームセンターは中に入ってみないと、なにがいるのかわからないけど、確かに強い邪気がある。この土地に染みついている地縛霊だろうから、建物を壊しても変わらないだろうね。ちょっと触ってみなよ、動悸が激しくなっているから」

 霊媒師の胸に手を添えると、心臓が激しく脈打っている。

「不慮の死を遂げた人々が成仏できないで、土地に縛られたまま、何十年、何百年と過ごしているわけ。自分は生きているつもりだけど、肉体はないし、誰にも気づかれないって存在で、死んでいるのに生きているって悲惨な状態だよね。それが重苦しい空気の原因だよ。綺麗な澄んだ土地に戻すには、いろいろ方法はあるけど、基本的には一人ひとりの地縛霊と対話して成仏させないと終わらない。時間も労力もかかるし、一歩間違えれば霊媒師が狂ったり、最悪死んだりする。それでまたその霊が地縛霊になったりする。悪循環になる。この北口と西口周辺は、もう手に負えない状態だよね。まともな土地に戻りようがない」 

 除霊というのは簡単なことではなく、どんな能力の高い霊媒師が対峙しても、池袋のような深刻な地場を綺麗にするのは実質的に不可能なようだった。
 ここからあのマンションの部屋まで、歩いて5分もかからない。
 最後にあの部屋を霊媒師に見てもらうことにした。杉本さんに連絡してマンションに入る許可をもらって、鍵の場所を聞き、北口のマンションに向かった。

「ああ、ここでしょ。3階と5階、それと8階かな。なにか嫌な感じがする」

 霊媒師はマンション前で、不気味なことを言いだした。8階に到着すると、霊媒師は顔をさらにしかめる。傘立ての下に鍵があった。玄関の扉を開けた。部屋の中にはいると、霊媒師は靴を脱がずに玄関に立ち止まり、奥のベッドルームを見つめた。

「あー、いるよ。やっぱり、女性がいる。こっちを見ているよ、はっきり見える。蛇みたいな顔をした女性、30代前半くらい。部屋に入るのは、無理。帰ろう、帰った方がいい。危ない」

 霊媒師は早足で玄関の外にでて、私の腕を引っ張った。私はおそろしくなって、震える手で鍵を閉めた。

 蛇は「性欲の象徴」と言われている。

<著者プロフィール>
中村淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター。無名AV女優インタビュー『名前のない女たち』シリーズ、『東京貧困女子。: 彼女たちはなぜ躓いたのか』、『悪魔の傾聴』などヒット作多数。花房観音との共著『ルポ池袋 アンダーワールド』(大洋図書)が絶賛発売中。Voicy「名前のない女たちの話」ほぼ毎日放送中。ニコニコチャンネルプラス「中村淳彦の40歳からの婚活ちゃんねる」配信中。

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