【第七回】関本郁夫・茶の間の闇 緊急インタビュー 自伝「映画監督放浪記」に寄せて
取材・文/やまだおうむ
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知られざる宮津出身の名キャメラマン――「吸血!女の館」
──第19話「吸血!女の館」は、「瞳の中の殺人者」と同じく坂根省三のキャメラですが、坂根さんの画面には、牧浦地志にも通じるテイストを感じます。一ショットで空間が立ち上がるといいますか・・・・・・。
関本 坂根省三は丹後の宮津(高等学校)の出身でね。東映の社員では俺の一年先輩に当たる人で、省ちゃん、省ちゃんって言ってたな。「極妻」(1999~2001)の水巻(祐介)も「京都女優シリーズ」(1999~2004)で組んだ井口(勇)も丹後の出身だった。水巻と井口は俺の同期で。
──みんな同じ高校の出身なんですね。
関本 京都には、そこしか工業高校がないんだよ。市内には、俺の母校でもある伏見高校と、洛陽高校があるんだけど。 [注]
──京都生まれの友人から、丹後は京都市内とは文化圏が全く違う、雪深い土地だと聞いたことがあります。当時だと市内からも簡単に行けないような・・・・・・。
関本 そういう土地柄もあるかもしれないけれど、同じく「影の軍団」シリーズで組むアカちゃん(赤塚滋)とは対照的に、なんにも言わないで黙々と撮ってくれる人だった。
──しかし、あれだけ見事な画を撮られる方なのに、ホンペン(劇場公開映画)の方では名前を見ないのは何故でしょうか。
関本 東映では、監督、助監督、プロデューサーだけじゃなくてキャメラマンも大卒か縁故でないとホンペンは撮らせて貰えなかったからです。アカちゃんは早稲田で、徹ちゃん(中島徹)も大学出てましたから。中島(貞夫)さんと一緒にホンペンやってたマッツァン(増田敏雄)も大卒や。
──この回では、江戸城に潜入した西郷輝彦が、阿片中毒の中で見る幻覚的イメージが、鏡の反射を用いて描かれるなど、独特なキャメラ・ワークが光ります。
関本 省ちゃん(坂根省三)が凝ってくれました。巧い人だったよ。
焦熱地獄だった「女の館」
──「吸血!女の館」では、江戸城の中枢に巣食う怪僧を「悶絶!!どんでん返し」(1977 ・神代辰巳)でのヤクザ役が強烈だった遠藤征慈が演じていますが、この回でも役への入り込み方が凄まじいですね。
関本 うん、凄かった。
──あの役は、実話を元にした黙阿弥の歌舞伎から想を得て、工藤栄一が撮った「女犯破戒」(1966)を原型にしているのではないかと思ったのですが。
関本 工藤さんのシャシンから持ってきたというのは、俺も聞いてた。観てはいないけどね。
──遠藤征慈のエロ坊主には、「女犯破戒」の田村高廣にはない、いかがわしさが漲っていました。
関本 神代辰巳の日活ロマンポルノは好きだったし、プロデューサーの奈村(協)さんと雑談の中でよく話題にしていたから、奈村さんも遠藤のことが頭にあったんだと思う。そういえば、東映京都の翁長さんが特異な映画を作りたいということで、神代辰巳が呼ばれて、怪獣映画 (1979年公開の「地獄」を指す)を撮ったことがあったんだけど、その時神代さん、俺の家に来たんだ。
──え、そうなんですか?
関本 そのちょっと前に、俺は日活ロマンポルノの生みの親でもあった黒澤満さんのセントラルアーツで、「生贄の女たち」を撮ってほしいと言われて、会社から渡された佐治乾の脚本を無視して、荒井晴彦君や高田純君と新しくホンを作って持ってったら、監督を降ろされたことがあってね(1978年に山本晋也の監督で公開)。神代さんから、その時のことを「監督というのは、もう少し穏便にことを運ばないといけないよ」と滾々と言われたよ。それではじめて俺は、佐治乾を怒らせて監督を降ろされたことを知ったわけだ。
──そうした映画人同士のぶつかり合いや、会社を超えた交流の積み重ねが、キャスティングにも厚みをもたらしている気がします。
関本 面白い時代だったよ。・・・・・・話を「吸血!女の館」に戻すと、この回は、裸を一杯出したこともあって、「服部半蔵 影の軍団」の中で一番視聴率を取った。鈴木則文さんや伊藤俊也さんのシャシンに一杯出た渡辺やよいも出ていたな。
──将軍家光の側室の一人を演じた渡辺やよいは、遠藤征慈に陥れられる役どころで、むしろ清純さが強調されておりました。
関本 そうそう、渡辺は結婚したばかりで、もう裸の役が出来なかった。それはそうと、「映画監督放浪記」にもこの回のことは書いたけど、大変な撮影だったんだよ。物凄く蒸し暑い日でね。
──遠藤征慈がダラダラ汗を流してますが、あれは本物なんですね。
関本 本物なんだ。
──祈祷するところなんか、滝のような汗で・・・・・・。
関本 セットの中で照明炊いてるから暑くてしょうがないんだ。遠藤は坊主だからいいけど、西郷なんかは汗だくだからリハーサルやるだけでヅラがずれる。だから、クスリで中毒になった後、理性を取り戻そうとする芝居は俺自身があいつの前でやって見せたんだよ。
──さらりと仰いましたが、あの場面での芝居は、頭を柱にガンガン打ち付けたりして凄まじいものです。それをご自身でも?
関本 やったよ。
──そうするとかなり痛い・・・・・・。
関本 いや、寸前で止めるけどね。キャメラを置く位置で、本当にぶつけてるように見せる。今、よくぞ聞いてくれたと思ったけど、あのシーンは、西郷がクスリ飲んでて、痛いという意識がない。そこで西郷は、“痛さを自分の中に沁み込ませないといけない”と思うんだよ。そう思って俺は頭を打ち付けた。
──現場のクレイジーさが伝わるエピソードですね。
関本 知らない人が覗いたら常軌を逸した光景だと思ったんじゃないかな(笑)。それにしても、西郷は流石だなと思ったよ。俺がやった通りに演じて見せた後、一言「監督、お気に召しましたか?」って言った。ゲストで大物俳優が出ていないにも拘わらず、最高視聴率を取ったのは、やっぱり西郷の力だな。
脚本家とは相当やり合いました
──この回の脚本家の下飯坂菊馬は、最高裁判事の子息という異色の出自で、数々の女性関係の武勇伝やズッコケ話でも知られていますが、いかがでしたか?
関本 打合せの時は、相当やり合った。全部書き直して貰ったし、さらに俺がそれを直した。
──下飯坂菊馬は「二匹の牝犬」(1964・渡邊祐介)など、女性の愛欲模様で定評があるので、関本監督とは相通じるところがあったのではないかと思ったのですが、そうじゃなかったんですね。
関本 下飯坂さんは、たぶん「女犯破戒」の実績を買われてプロデューサーの松平(乗道)さんから招ばれたんだと思う。でも、エロティシズムを描いた部分は申しぶんないんだけど、描き方が下手なんだよ。俺は、エロティシズムだけじゃなくて、きっちり描いてないと駄目なんだよなぁ。
──「吸血!女の館」は、史実からは逸脱したところもありますが、千姫伝説に、家光の側室の世継ぎを巡る抗争を絡め、さらにその裏でエロ坊主が暗躍しているという、エンターテインメント性が重層的に張り巡らされた内容で、高い視聴率を取ったのも頷けます。ちょっとドン・シーゲルの「白い肌の異常な夜」(1971)のテイストもあって。
関本 面白いシャシンになったと思う。欲を言えば、本当は裸になって貰った女の子二人(飛鳥裕子、茜ゆう子)に、もっとちゃんと芝居を付けてあげたかった。時間的にも余裕がなくて、結局裸だけ見せることになってしまったのは、ちょっと心残りだった。
Special Thanks/伊藤彰彦
(第八回に続く)
次回は7月27日の掲載予定です
《無断転載厳禁》
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