日々是暴食★トラウマめし【第3食】ヒマラヤの神様とフライドライス
標高2千メートルの村へ
ナガルコットというヒマラヤ山脈を一望できる村がある。カトマンズから東へ35キロ、1番気軽に行ける景勝地である。十数年前にも一度行ったことがあるが、夏だったので雲がかかってまったく山が見えなかった。ベストシーズンは冬の朝。今回はリベンジで、年末にナガルコットのホテルに一泊してご来光を拝むことにした。
ローカルバスを乗り継いで山道を揺られること約2時間半。小さな停留所にだどりついた。目指すのは「ピースフルコテージ」という宿だ。安価ながら屋上のバルコニーからの眺めがいいとBooking.comの口コミで確認済み。バックパックを背負いえっちらおっちらホテルを目指し坂を登っていくが、標高2千メートルのためか息が切れる。ただ俺が太りすぎているだけかもしれないが。
山岳民族の足腰はハンパじゃない
行き交う学生や農民たちが、みんな涼しい顔をしてほいほい急坂を登っていく。ネパール人は総じて健脚だ。たぶん高地で暮らしているから足腰と心肺機能が高いのだろう。その昔イギリスとネパールが戦争したとき、最終的には圧倒的火力の前に屈したものの、山岳地の白兵戦では全くネパール人部隊に英軍は敵わなかった。その屈強さを買われた山岳民族たちがスカウトされ、世界最強の傭兵軍団「グルカ兵」が誕生した。
健脚エピソードをもうひとつ。ネパール人の「ちょっとそこまで」は信用してはいけない。軽い気持ちで後をついていくと2、3キロ、ひどい時は5キロも歩かせられたことがある。彼らにとってはその程度の距離を歩くのは「ちょっとそこまで」なのだ。さあ、ホテルにやっと着いた。ウエルカムチャイをいただこう。
チャイとは、インドやネパールで好まれる甘いミルクティーのこと。カルダモンやシナモンなどの香辛料が効いているチャイも多く、これまたダルスープと同様に作る人によって味の好みが分かれる。元嫁は毎朝スパイスの効いたチャイを淹れてくれた。あれは目覚ましにピッタリだが、夏は正直暑かった。ナガルコットの12月は寒い、淹れたてのチャイにさらに砂糖をぶっ込み暖を取る。チェックインを済ましてバルコニーへ出てみると、目の前に白い稜線が見えた。ヒマラヤだ。
マナスル、ガネーシュ、ランタンリルンーー7千メートル級の高峰に圧倒される。ただただ美しい。山はなぜかくも美しいんだろうか? 「ふるさとの山に向ひて言ふことなし」と詠んだのは我が郷土のパイセン石川啄木だが、あれは岩手山のことだ。岩手山もそうとうデカいが、ナガルコット村に住んでいる人は世界の屋根が「ふるさとの山」なのだからスケールがデカい。「ふるさとの山はありがたきかな」。
山を見ながらメシを食う
野口健のようにエベレストに登ることはできないが、エベレストビールを飲むことはできる。初登頂50年を記念して作られたプレミアムラガーで、ヒマラヤの清流水が使われている。正直寒いがせっかくなので外でエベレストを見ながら飲んでみる。苦味があってどっしりしたラガーだ。うまい。メシはネパールの焼き飯、フライドライスを頼んだ。ネパールのレストランには大体フライドライスとチョウミン(焼きそば)があるのでカレーに飽きたらこれを食えばいい。味は薄い塩味で、ケチャップをつけて食べるのが定番だ。このホテルの場合、具は玉子、ニンジン、カリフラワーが入っていた。高地のせいか、それとも歩き疲れたせいか、ビールを飲んだら眠くなってきた。明日の朝に向けて早めに寝るべし。
朝5時に起きて屋上へ向かうと、すでにカメラを構えた宿泊者たちがスタンバっていた。この朝のためにここへ来たんだろう、機材からして気合が違う。徐々に空が白んできた。ヒマラヤに積もった雪がグレー、青、オレンジ、赤と太陽の位置とともに刻々と姿を変えていく。ついにお天道様が顔を出した、ありがたやありがたや…。
夢枕獏の小説に『神々の山嶺』というのがある。確かにいる、あそこに神様は。ヒンドゥー教の神は神道八百万(やおよろず)超えの3億3千万人という説もあるから、そりゃそこら中にいるだろう。羽生丈二みたいにエベレストに登らなくても俺には神が見えたのだ!
朝めしはバイキング形式でフレンチトースト、パンケーキ、目玉焼き、ジャガイモと野菜のカレー炒めなどがあった。そしてチャイを頂く。たぶん気温は1度くらいなので料理は冷えっ冷えだが、そんなことはどうでもいいほど気分がいい。なにせ神々に会えたんだから。
続く