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書籍紹介 成田悠輔『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』

 成田悠輔さんの『22世紀の民主主義』SB新書(2022)は、現代の民主主義の根本的な問題に切り込み、未来に向けた大胆な変革を提案しています。具体的には、SNSの普及や情報環境の変化に伴い、著者は現行の民主主義システムが限界に来ていると指摘します。「革命か?ラテか?究極の選択を助けるマニュアルがこの本である」と冒頭で著者が述べる通り、現状のシステムを打破する「ちょっとした革命」としての視座が本書で提示されています。以下にまとめます。

 何がもっと大事なのか?選挙や政治、そして民主主義というゲームのルール自体をどう作り変えるか考えることだ。ルールを変えること、つまりちょっとした革命である。
 革命を100とすれば、選挙に行くとか国会議員になるというのは、1とか5とかの焼石に水程度。何も変えないことが約束されている。中途半端なガス抜きで問題をぼやけさせるくらいなら、部屋でカフェラテでも飲みながらゲームでもやっている方が楽しいし、コスパもいいんじゃないかと思う。
 革命か?ラテか?究極の選択を助けるマニュアルがこの本である。

出所:本書(P8)

1.現代民主主義の「劣化」とその限界

 本書は、民主主義がSNSやネットの普及によってポピュリズムや分断を助長し、「経済成長の足かせになっている」現実を冷静に分析しています。

 ただの印象論ではない。今世紀に入ってからの20年強の経済を見ると、民主主義的な国ほど、経済成長が低迷しつづけている。

出所:本書(P11 )

 著者によれば、「インターネットやSNSの浸透により、民主主義が閉鎖的で近視眼的になり、未来志向の資本投資が停滞している」ことが問題の本質だといいます。

 インターネットやSNSの浸透に伴って民主主義の「劣化」が起きた。閉鎖的で近視眼的になった民主国家では資本投資や輸出入などの未来と他者に開かれた経済の主電源が弱ったという構造だ。

出所:本書(P61)

 現代の選挙制度も、民意を反映する手段としては時代遅れであり、選挙に行くことは「革命の100に対して1か5の焼け石に水程度」(P8 からの引用をご参照)でしかなく、実際には何も変わらないと厳しく指摘します。

2. 民主主義からの「逃走」と資本主義の加速

 著者は、資本主義が民主主義の手綱を失い、制御不能な状態に陥っていると述べます。「民主主義の劣化」により、民主国家は次第に閉鎖的かつ自国第一主義的な経済政策に傾倒しつつあり、未来への展望を失っているのです。

 なぜ民主国家は失敗するのか?ヒントはネットやSNSの浸透とともに進んだ民主主義の「劣化」である。劣化を象徴するヘイトスピーチやポピュリズム的政治言動、政治的イデオロギーの分断(二極化)などを見てみよう。すると、そうした民主主義の劣化が今世紀に入ってから世界的に進んでいること、そしてその劣化の加速度が特に速いのが民主国家であることがわかった。
 加速する劣化と連動して、民主国家の経済も閉鎖的で近視眼的になってきた。民主国家ほど未来に向けた資本投資が鈍り、自国第一主義的貿易政策が強まって輸出も輸入も滞っている。

出所:本書(P12)

 一方、NFTや暗号通貨などの新しい資本主義の波が広がり、資本主義はますます加速しています。「資産家たちは海上や宇宙などに新しい国家を築き、そこでは民主主義が不要になるかもしれない」という未来図も著者は提示しています。このような状況下、従来の民主主義が「貧者の国の非効率と非合理のシンボル」に成り下がるリスクがあるといいます。

 21世紀後半、億万長者たちは宇宙か海上・海底・上空・メタバースなどに消え、民主主義という失敗装置から解き放たれた「成功者の成功者による成功者のための国家」を作り上げてしまうかもしれない。選挙や民主主義は、情弱な貧者の国のみに残る、懐かしく微笑ましい非効率と非合理のシンボルでしかなくなるかもしれない。

出所:本書(P149)

3. 民主主義と資本主義の「逃走と闘争」~新たな社会システムへの移行~

 著者は、「21世紀には資本主義による新たな革命が起こる可能性がある」と 述べ、資本主義が民主主義を超えていく未来を見据えています。しかし、著者は同時に、民主主義が自己革新を遂げることで、「エリート国家との闘争に対抗できる可能性がある」と考えています。この「逃走と闘争」は、民主主義が持つ新しい価値観を再構築し、次世代のデモクラシーの枠組みとして無意識データ民主主義が果たす役割を強調しています。

 無意識民主主義は大衆の民意による意思決定(選挙民主主義)、少数のエリート選民による意思決定(知的専制主義)、そして情報・データによる意思決定(客観的最適化)の融合である。周縁から繁りはじめた無意識民主主義という雑草が、既得権益、中間組織、古い習慣の肥大化で身動きが取れなくなっている今の民主主義を枯らし、22世紀の民主主義に向けた土壌を肥やす。

出所:本書(P20)

4.「無意識データ民主主義」 民主主義の新しい形態

 著者が提示する新たなデザイン、「無意識データ民主主義」は、SNSや街中の声といったデータを民意として自動的に反映させ、アルゴリズムが政策決定を行うシステムです。これは「意識的に投票する」という従来の民主主義から離れ、「民意は無意識的に表出され、自動で意思決定に組み込まれるべきだ」という考え方に基づいています。

 民主主義は人間が主導で投票所に赴いて意識的に実行するものではなく、自動で無意識的に実行されるものになっていく。

出所:本書(P20)

「選挙は民意を表す唯一の方法ではなく、数多くのデータ源の一つへと格下げされる」という言葉が示すように、選挙自体が持つ意味も再考されています。

無意識民主主義=(1)エビデンスに基づく目的発見+(2)エビデンスに基づく政策立案と言える。こうして、選挙は民意を汲み取るための唯一究極の方法ではなく、(1)エビデンスに基づく目的発見で用いられる数あるデータ源の一つに格下げされる。

出所:本書(P19)

5.データによる意思決定と公平性の再構築

 無意識データ民主主義では、エビデンスに基づいた「価値判断」と「政策立案」が融合し、選挙を超えた多様なデータをもとに意思決定がなされます。著者は、「民意データは膨大で解像度が高くなる必要がある」とし、各個人の無意識の行動までをデータとして取り込む未来を予見しています。

 まずやるべきは、民意や一般意思に関するデータをもっと解像度高く、色々な角度から取ることだ。

出所:本書(P168)

 これにより、「一人一票」の固定観念が覆され、各論点で異なる影響力を持つ柔軟な民主主義が可能になると示唆しています。

 無意データ民主主義においては、一人一票の意味も進化する。
 各イシュー・論点に対する切実さは人それぞれなので、各イシュー・論点に対してすべての人が同じ影響力を持つ必要はない。言いかえれば、各イシュー・論点については一人一票でなくてもいい。

出所:本書(P196-197)

 また、「アルゴリズムによる政策決定の過程を透明に公開することで、民主主義に公平性を担保できる」と著者は述べ、無意識データ民主主義が民主主義の新しい形態として成熟していく可能性に言及しています。

 アルゴリズムにおける公平や平等をどう担保するのかという問題は、大流行中の研究トピックである。

出所:本書(P200)

 人間を変えるよりも、アルゴリズムを変える方が簡単だからだ。アルゴリズムが無差別主義者にならないようにする手法の開発が猛烈な勢いで進んでいるので、その進展を無意識民主主義アルゴリズムにも組み込んでいけばいい。

出所:本書(P200)

6.最後に、民主主義の再発明と私たちへの問いかけ

 著者は、「そもそも選挙で何かを決める必要があるのか、固定観念を忘れることが重要だ」(P129)と述べ、従来の民主主義を越えた視座を読者に投げかけます。また、「どんな小さなものでもいいから、私たちは民主主義と選挙のグランドデザインを考え直していくことが大事だ」(P241-242)と、未来の民主主義再構築に向けた一人ひとりの関与の重要性を強調しています。

 民主主義と資本主義が衝突し、さらに新しいシステムが現れるとき、それが私たちの考える民主主義の真の価値を問う場面になるかもしれないという著者の描く未来像は、民主主義と資本主義の枠組みが再編される過程で、何を守り、何を変えるべきかを私たちに問いかけています。

 無意識データ民主主義などの「新しい民主主義」を考案する意図は、民主主義が抱える「劣化」や閉塞感に対する根本的な問いであり、22世紀に向けて、私たち一人ひとりがそのビジョンを再設計する責任があるという意識を促しているのでしょう。著者の描く未来像は、単なる制度改革を超え、民主主義の本質を問い直す視点を私たちに提示しています。


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