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顧問先の中小企業オーナーから親族外承継(M&A)の相談を受ける際の指針

 株式会社経営承継支援は、中堅・中小企業同士の事業承継やM&A支援を行う企業です。大手や公的機関では対応できない役割を担い、中小企業の事業承継をサポートしています。その一貫として、中小企業オーナーやその顧問を担う専門家(会計事務所、士業、コンサルタントなど)向けにセミナーや勉強会を開催しています。

 今回ご紹介する公認会計士・岸田康雄先生によるセミナー「顧問先のM&Aを適切に進めるためのチェック・ポイント」も、そうしたM&Aの正しい知識や実務のポイントをお伝えされるという取り組みの一環として講師をご依頼されています。

 セミナーでは、会計事務所や士業、コンサルタント向けに「11項目のチェック・ポイント」を解説されました。中小企業のオーナー経営者がM&Aを考えはじめる際、最初に相談をするのは、日頃から税務や財務、経営面をサポートしている会計事務所や士業、あるいはコンサルタントでしょう。こうした相談を受ける立場にある方は、仲介会社や金融機関から質問されても「分からない」とは言いにくい一方で安易に助言するのも躊躇されます。

 本セミナーは、そのようなジレンマを解消するために、大局的な視点と具体的な手順・論点を示してくれる内容となっていました。


1. 事業承継における「事業」とは何か

(1).経営資源のパッケージ

 岸田先生の最初に問いかけたのは「事業とは何か」というものでした。M&Aの文脈では、「ヒト・モノ・カネ・無形資産など複数の経営資源の組み合わせ」と捉えると理解しやすくなります。

 有形資産は、工場・店舗などの不動産、機械設備を指しますが、無形資産は、ブランド、ノウハウ、人脈、顧客リストなど差し、中小企業では後者の無形資産が中核を担っているケースが多いです。M&Aの際は、これらをどのように評価し、どこまでを承継対象にするかが大きなポイントになります。

(2) 有機的に結びつきと価値

 企業価値は、単に資源が存在するだけでなく、有機的に結びついてこそ発揮されるいるものです。買い手が評価するのは、その組み合わせをどう引き継ぎ、どう活かせるかです。それは、将来どれだけキャッシュフローが生み出されるかという観点に繋がります。

 人材、顧客関係、商品・サービス、プロセスは連動して利益を生み出しているため、バラバラに切り出すと魅力が薄れることがあります。逆に言えば、買い手企業の資源との組み合わせ次第で大きく価値が増すケースもあり、ここにM&Aが持つダイナミズムが現れます。


2. 売り手経営者の心理~引退の願望

(1) 「引退」が最大のモチベーション

 中小企業オーナーがM&Aを検討する主な切っ掛けは「引退したい」という思いです。セミナーのなかでも、オーナー経営者にとって事業を手放すことは、ほぼ人生の一区切りに相当すると岸田先生は指摘します。加えて、「やめたいけど、実際にやめたら何をして過ごすのか分からない」、「借入金返済のめどが立たず、このまま続けるのがつらい」こうした感情面の悩みを整理できないまま、手続き論だけ進めようとしたところで、前に進まない現実があるとも指摘します。

(2)感情→行動→価値創造

 経営者が「やめたい」と強く思うようになり、そうなると「M&Aをして会社を何処かに託そう」という行動に移ります。M&Aが成就されれば、従業員や取引先の価値が買い手企業に移管されて、新しい価値が創造されます。このプロセスをスムーズにするには、顧問の立場の支援者が経営者の感情をきちんと受け止め、譲渡後の人生設計をサポートすることが不可欠となります。「そんな所まで!?」と思うかもしれませんが、その位の深い付き合いがある顧問にこそ胸の内が打ち明けられるのです。

3.買い手の視点、将来キャッシュフロー

(1)企業価値創出としてのM&A

 買い手企業から視点では「将来のキャッシュフローを獲得する」ことに尽きます。そのためのシナジー効果の有無が投資判断の鍵を握ります。

(2)シナジーの例

 シナジー効果には大きく、売上向上の面とコスト削減の面のシナジーがあり、経営資源の相互活用策として以下が挙げられます。

・売上向上策:クロスセルや販売チャネルの拡大
・コスト削減策(売上原価削減):生産現場の改善、サプラヤーの見直し、
 在庫管理方法の見直し
・コスト削減策(販管費削減):広告宣伝費や販促活動費の見直し、間接業
 務の効率化

 その他の効果もありますが、上記のような効果が現実的に見込めるほど、買い手は高い買収代金を提示しやすくなり、結果的に売り手の納得度も高まります。

4. 中小企業庁がM&Aを推進する背景

 岸田先生は、国が中小企業のM&Aを支援する理由として、生産性向上の観点を挙げました。規模が小さいままだと生産性が伸び悩むことが多く、後継者不在での廃業が急増すると地域経済や雇用にも深刻な影響を与えます。一方で企業が集約されてスケールメリットが働いていくと、賃上げや競争力強化にもつながる可能性が高まります。

5. 年買法で考える売却価格のわかりやすさ

 M&Aの場面ではDCF法による企業価値算定が定着していますが、中小企業のM&Aを巡るやりとりでは、「時価純資産+営業権(利益の3~5年分)」という年買法によるやり取りが多くあります。経営者の受け入れやすさも要因であると岸田先生は述べられます。

・「廃業したら今後3~5年かけて得るはずの利益を、一度に手に入れられ
 る」
・「自分が築いてきたものを買い手が評価してくれている」

 ただし、買い手側がその価格を支払ってでも得られるメリットを感じない限り、交渉は進みません。事項でお伝えする交渉価格とシナジー効果の具体化が必要です。

6. 価格交渉とシナジーの具体化

(1) いくらで売るのか、いくらで買うのか

 M&Aでは最終的な譲渡価格の交渉が山場となります。買い手は「それだけ払っても勝算があるか」を試算するわけですが、ここでのポイントはシナジーの試算です。

(2)シナジー試算のためのシナリオづくり

 クロスセルやコスト削減策などを、「どのくらいの期間で、どれだけ利益を増やせるか」が可視化できれば、買い手はより高い譲渡価格を許容しやすくなりなります。一方、漠然と「シナジーが出るはず」というだけでは、提示価格は伸びません。中小企業オーナーからしたら、日頃から売り手企業を見ている支援者(顧問)にこそ、シナジーに関するシナリオづくりを担ってもらいたいと思っています。


7. 仲介会社・FAとの契約上のポイント

(1) 利益相反管理に対する考え方

 仲介会社やFAは、売り手・買い手双方から手数料を受け取る場合「利益相反ではないか」と批判されることがあります。この点について、岸田先生は「中小企業のM&Aのシーンではゼロサムではなく、シナジーが生まれるWin-Winが期待できるケースもあり、それが実現できるのであれば、合理的な面もあると説明されました。一概に両手仲介が悪いわけではないとしています。ただし、実際の場面では、契約内容の細部を確認しなければならないと注意を促されました。

(2)チェックする条項の例

 顧問先が仲介会社・FAと契約をする際、以下のような点を抑え、想定外の事象やトラブルが起きないようにすることも顧問としての大切な役割です。

・手数料形態(レーマン方式など)
・専任条項の有無・期間
・テール条項(契約終了後の報酬請求)の範囲
・利益相反管理(両サイドを同時に担当する場合)


8. 顧問の役割:経営者の「心の整理」を支援する

 セミナー全体を通じて岸田先生がお伝えしたかったのは、「中小企業M&Aは経営者の人生そのものに関わる大イベントである」という点でしょう。

・「引退後の生活を具体的にイメージできているか」
・「従業員や取引先を安心して託せる相手なのか」
・「オーナー家族はどう考えているか」

 こうした内面的なものを一緒に考え、背中を押してあげられるのは、日頃から近い距離で付き合っている顧問の存在が大きいです。財務・税務等の専門知識だけでなく、経営者の人生に寄り添う姿勢こそが、円滑なM&Aに不可欠なものとなります。


9.おわりに、中小企業の顧問的立場に求められる視点

 本セミナーでは、岸田先生が「11項目のチェック・ポイント」としてM&Aの基本事項や実務上のポイントを網羅的に解説くださいました。個々の論点は勿論大事ですが、俯瞰すれば、以下の3つの視点を持ちながら現場に臨む姿勢が求められます。

・経営者の感情面・人生設計に寄り添う
・シナジー効果を整理・可視化する支援
・仲介会社・FAとの契約条件をしっかりチェックする

 繰り返しになりますが、中小企業M&Aは単なる事業の売買ではなく、オーナー経営者の生き方や、従業員や地域社会の今後に影響を与えるような決断になります。

 今後、M&Aは日常化されるものとなります。今回のまとめをご覧いただき、興味や疑問がありましたら、財務・税務の専門家でありがらも経営者に
内面のサポートもされる岸田先生にご相談されてみられることをお勧めいたします。


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