鈴木治行<映像と音楽>室内楽個展のご案内のようなもの
10月22日に杉並公会堂小ホールで「映画の上映」会を行います。
上映されるのは、ドイツ表現主義を代表する無声映画監督F.W.ムルナウ(1888-1931)の『タルチュフ』(1926)と、日本の実験映画の草分け、飯村隆彦(1937-2022)の『Film Strips II』(1966-67)です。
「映画の上映」と書いたのは、その方がイベントの中身が良く伝わると考えたから。要するに、今回のイベントはまず、映画そのものをガッツリ見せる、本来映画館で開催される種類のものである、ということです(一般的に、映画館にはグランドピアノがないので、杉並公会堂でやることになりました)。
よく無声映画の上映に、ピアニスト、――たとえば、柳下美恵とか新垣隆とか、こうした活動で名を知られる方が何人もいらっしゃいます――が音楽をつけていく、そういうスタイルのイベントがあるでしょう?ああいった感じを想像くださいますと。
ただ、一点違うことがあります。今回の上映に当たっては、鈴木治行がオリジナルの室内楽音楽/音響を作成し、これをライブで映像とシンクロさせる、ということをやるのです(『Film Strips II』に、鈴木治行がオリジナルの音楽をつけたバージョンは、2011年のサントリーサマーフェスティバルで上映/初演=生演奏され、圧倒的な存在感を示したことを記憶されている方もいらっしゃるかと)。
映画に音声がついた、いわゆるトーキー映画の嚆矢は、1927年公開の『ジャズ・シンガー』(あくまで長編の範疇で)といわれています。ただ、これは映画フィルムに連動して録音されたレコードを上映に合わせて再生するシステムで、映画フィルムに音声トラックがついたトーキー映画は、ディズニー制作の『蒸気船ウィリー』が始祖となります。
このときから、映画の上映とは、「ある映像シークエンスに対し、ある音楽/音響が、常に同じタイミングで発音される」ものとなりました。
ゆえに、今、映像作品、――それが映画かドラマかアニメかに関わらず――をみる人は、この対応関係がもたらす効果の強固さに、無自覚なまま囚われているともいえます。たとえば、家庭用ビデオカメラを購入すると、撮影した映像に後から音楽をつけることができるソフトが同胞されているでしょう?子供のお遊戯の映像に、親が自分の好きな音楽をつける、そういう用途のためのソフトなのですが、ある映像に対して音楽をつける際、音楽の出のタイミングを30分の1秒単位で細かく指定することができます。これを使って、ある映像シークエンスに音楽をつける実験をしてみると、たとえ30分の1秒という、本当に小さなタイミングの違いでも、繰り返しみていると、両者の違いが薄っすらとわかってくる。そして、ここが肝心なのですが、どのような音楽をどのようなタイミングでつけても、それなりに映像と音楽との関係として成立しているようにみえるものなのです。
要するに、今、放送やパッケージソフトで流通している映像作品は、ほぼ全てが「トーキー」なわけですから、ある映像に対してある音声トラックが、揺るぎのない厳格さと動かし難さで付随してくるもの、といえます。「この映像ついているこの音楽は本当にぴったりだ」。そういう意見は、しばしば目にします。ただそれは、その映像と音声との厳格な対応関係を繰り返し視聴することで刷り込まれた感覚でないと、誰にいえましょう?
鈴木治行がサイレント映画に音楽をつけること、それは映像と音/音楽との厳格な対応を相対化し、厳格な対応関係の背後で捨てられてしまった無限の可能性に思いを馳せること。そして、より風通しの良い関係性の中で遊ぶための、いわばエチュードとなるのです。
演奏者も、指揮の馬場武蔵をはじめ、岩瀬龍太、川村恵里佳、山田岳、大木雅人、甲斐史子といったおなじみの方々。音響に磯部英彬。鈴木治行本人も電子音響で参加。鈴木治行の室内楽曲『赤みがかった緑』(2001)の上演もあります。本当は2回3回と上映/上演をしたいところですが、今回は1回しかありません。この機会をお見逃し/お聴き逃しなく。
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●日時
2024年10月22日(火) 19時開演/18時30分開場 21時迄に終演予定
杉並公会堂小ホール(JR・東京メトロ荻窪駅北口より徒歩7分)
https://www.suginamikoukaidou.com/access/
●プログラム(すべて鈴木治行音楽)
赤みがかった緑(2001)
飯村隆彦「Film Strips II」(生演奏版)(2011)
F.W.ムルナウ「タルチュフ」 (2024、世界初演)
●出演者
大木雅人(オーボエ)
岩瀬龍太(クラリネット)
川村恵里佳(ピアノ)
甲斐史子(ヴァイオリン、ヴィオラ)
山田岳(ギター)
馬場武蔵(指揮)
鈴木治行(電子音)
磯部英彬(音響)
●チケット
一般前売:3500円、学生前売:2500円、当日:4000円
●チケットお取り扱い
カンフェティチケットセンター
URL http://confetti-web.com/@/eizomusic
0120-240-540(受付時間 平日10:00~18:00)
<Web予約の注意事項>
ご予約前に「GETTIIS」への会員登録(無料)が必要となります。
セブンイレブンの発券手数料がかかります。
●助成
公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京[東京芸術文化創造発信助成]
●主催
CIRCUIT
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以下、鈴木治行による紹介文。
10月22日(火)に、鈴木治行の個展を実施します。個展という形での開催は2020年12月以来ですが、今回は映像絡みの作品を中心に、というテーマで行うこととなりました。
鈴木は90年代以来、劇映画、ドキュメンタリー、実験映画問わず映像との作業を継続して行ってきました。ふだん僕のコンサートに来られても、そういった音楽とはなかなか遭遇しないと思いますが、映画、映像表現は、僕の映像なしの作品においても発想に大きな影を落としています。ただ、これはよくある、僕の映画音楽をコンサートで一堂に演奏、というようなものではありません。映像とセットで成立している音楽を、音楽だけ集めてコンサートにすることに今のところ特に興味はありません。そうではなく、映像と生演奏の音楽という形で成立している作品を取り上げるということです。
特に、2000年以来間欠的に行なってきたサイレント映画ライブの新作が今回の目玉といえましょう。ここしばらく、サイレント映画ライブの新作を発表する機会がなかなか作れなかったので、新作は久しぶりとなります。今回取り上げるのは、(作品の選定には紆余曲折あったが)戦前のドイツ映画の巨匠・ムルナウの『タルチュフ』。ムルナウは2000年に初めてサイレント映画ライブをやったのが『ノスフェラトゥ』で、24年ぶりに再会した気分に。今『タルチュフ』を何度も見返していると、ムルナウの骨太さ、大胆さ、及び話術の巧みさにあてられそう。
そしてもう一つ、一昨年亡くなられた日本の実験映画、ヴィデオアートのパイオニア、飯村隆彦さんの『Film Strips II』に生演奏をつけた『Film Strips II』(生演奏版)を13年ぶりに再演します。初演はサントリー・サマーフェス2011で、演奏後いろいろ熱い反響があったのですがその後なかなか再演が叶わなかったのを、この機会にやってしまおうということで。ちなみに僕は飯村さんとは4本コラボしているのですが、この作品、最初に映像に音楽をつけた版は生演奏ではなく、映像に音を固定したもので、DVDでも出ています。それを元に、アンサンブルも加えて新たに作ったのがこの(生演奏版)というわけです。
これは説明し出すと長くなるのでここでは少し触れるに留めますが、僕は映像を伴奏する音楽、というあり方に疑問を持っていて、理想をいえば映像と音楽/音は2声の対位法のように時に調和し、時に衝突しながらそれぞれが自立した流れを持つような関係性を作りたいとつねづね思ってきました。また、本来音楽と音響はトータルで発想したいのですが、実際の映画音楽の仕事では音楽と音響は分業になっているのでなかなかそれも難しい。・・というような問題が、サイレント映画ライブでは全部自分でやるために解決するというのも、サイレント映画ライブならでのいいところ。
こういうテーマの企画は次いつやれるかわかりません。この機会に皆様のご来場をお待ちしております。