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湯浅譲二《領域 Territory》の特異な指示について

湯浅譲二の「領域」のクラリネットパートには、ソプラノサックスへの持ち替え指示がある。

この作品、初演を誰が吹いていたのか、と調べてみたら、宮島基栄(1933-2015)という名前が出てきて納得した。

日本のクラシカル・サクソフォンの歴史は、阪口新(1910-1997)という奏者によって始まる。しかし、芸大にサクソフォン専攻ができ、阪口が教官として迎えられたのは1953年。それまでは、クラリネットを専攻した奏者が、何かのきっかけでサクソフォンに転向する、という例が多かった(そもそも阪口も音楽学校でチェロを専攻し、ヴァイオリンやクラリネットの演奏もできる多楽器奏者だった)。クレージーキャッツ楽曲の作曲で知られるサクソフォン奏者/作曲家:萩原哲晶(1925-84)も芸大(東京音楽学校)はクラリネットで卒業。その音楽学校時代の伝手で、平山美智子を植木等に紹介した、という話もあるのだが、ここでは措く。

宮島もまた、クラリネット奏者からサクソフォン奏者と、二足の草鞋を履いた演奏家だった。1933年生まれの宮島ゆえ、18歳時には、まだ芸大にはサクソフォン専攻はなかった。この過渡的な時代、近代フランス系の管弦楽曲を演奏するとき、クラリネット奏者がサクソフォンに持ち替え凌ぐ、ということが、しばしばあったのだろう。クラリネット科の宮島が新設されたサクソフォン科の教室に顔を出す、それなりの必要性があったはずだ。

特異な持ち替え指示は時代の名残である。現在、クラリネットとサクソフォンの学習カリキュラムは、少なくともクラシックの世界では完全に別物となり、アルルの女でもボレロでも家庭交響曲(このリヒャルト・シュトラウスの交響曲は、フランス系以外でサクソフォンを使った最初期の例である。作曲年:1902-03。しかも4本必要)。でも、サクソフォンが必要な管弦楽曲を演奏する場合、いくらでも優秀なクラシック畑のサクソフォン吹きが見つけられる。もはやクラシックのクラリネット奏者がサクソフォンに持ち替えをする時代ではないのだ(フランスに行けば、ミシェル・ポルタルという人がいるにはいるが。。。正統的なクラリネット奏者として、ブラームスのソナタなど演奏すると同時に、ジャズ畑でも活躍。ソプラノサックスを吹き、作曲も行い、大島渚映画のサントラなども作曲した才人である)。

さて、湯浅のテリトリーであるが、今後演奏するときどうしたら良いのだろう。一部の持ち替え指示のために、伝手を辿って楽器をレンタルし、リード等の消耗品を用意し、時間をかけて吹きこなす、ということは、今後、難しくなるのではないか。正直、企画者の自分がそこまで大ごとになると予想せずに動き出したところがある。ならば、そもそも6人編成の作品だったと思って、サクソフォン奏者を一人連れてくる、という解決がかえって楽なのではないか。

ただし、今回は、楽曲の指示に従って、東紗衣さんが、ソプラノサクソフォンの演奏もします。クラリネット奏者がサクソフォンを吹くこの曲の演奏は、今回が最後になるかもしれない。ぜひ、ご来場の上、東さんの奮闘ぶりをお聞きくださいますと。

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