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絵を描くということ

絵を、描き始めた。

小学校も中学校の頃も、図工や美術の成績は普通かそれ以下くらいで、
母親も「この子は絵の才能は無さそうだ」と早々に見切っていたらしい。

私も母の評価にたがわず、自分は芸術センスが乏しいと思っていたので、
何かを創作しようとしたことがなかった。

ただ、何がきっかけかは覚えていないけれど
美術館へ行くことはここ数年で好きになっていたし、
コーチングを始めたことで、
アートというものに親和性を感じ始めてもいた。

詳しくはこちらの記事参照。

そんなこんなで、アートというものが「創作」という形で
私の中に入ってきたのは、9月のある日だった。

その日は中秋の名月だった。

迷信かどうかはわからないが、
私はこの数ヶ月、満月が近づくと分かりやすく
気持ちがダウナーに入っていた。
だから、満月の夜を越えるということは
自分にとっては
一種の浄化であり、再生の行為だった。

そんな満月付近はできるだけ人とのプライベートな予定を避けていたので、
仕事が終わってから家のベランダに椅子とスツールを出して、
ジャスミン茶を淹れてアロマキャンドルを焚いて、
好きな音楽を聴きながら満月を観ていた。

こんなにまじまじと長い時間満月を見たことがなくて、
月そのものや、月が周りの何を照らしているのか、
そんなことを考えながらぼーっと見ていた。

そして、猛烈に、「これ、描きたい」となった。

まだ使い慣れていなかったが、インストールしていた
iPadのお絵描きアプリで、見様見真似で描き始めた。

そうして出来たのが、これ。

自分に期待していたお絵描き能力と、ダウナーな心理状態からは
想像できないほどに気に入る絵が描けてしまったのだ。

流石に嬉しくて、Instagramに上げた。
上げてみたら、意外と反響があり、
ぽつぽつとハートをくれたり、コメントをくれる人がいた。

そうして、良い感じに調子に乗ることができ、
私のお絵描き生活がスタートした。

描いて、描いて、描いた。
たくさん、描いた。

描き続けて、気づいたこと。

それは、今の私にとって
絵を描くということは、"自分自身に歸れる行為"だということ。

もっと掘り下げると、"大人の歓び"的なことではなく、
インナーチャイルドが身体の中を駆けずり回って喜んでいるのを感じた。

それを考えながら思い出したのは、小学生の頃の自分だった。

小学生の頃。
やりたいことだけをやり、何の評価も気にせず、
毎日ふわふわと遊んでいた。
自分がなんの制約もなく「自分らしくいていい」期間だった。

それから中学に上がり、
社会性を身に付け、利他的な思想や人の期待に応えることを学び、
親や先生に喜んでもらいたいという気持ちから勉強を頑張り、
その結果、なんとなくいい感じ〜な進路を歩んできた。

どの自分にも後悔はないが、
中学に上がった12~13歳から今年に入るまでの約10年間、
まっさらな自分らしさは、多分無かった。

感受性や感性よりも、論理や理性、スマートさを使ってきた。
その方が具体的で、周りから認められやすくて、
人生が前に、上に進みやすいから。

でも本当は、そんなスマートな自分は自分じゃないことを
私が一番分かっていた。
でももう、後戻りができなかった。
失望される、落ちこぼれだと思われる。
それを受け入れることはできなかった。

でも、ここにきて、絵を描いていて、
人に評価されるかどうかの前に、
描いている時間が何より楽しかった。

そして、湧いてきたのは、
「やっと感性で生きることを許された」
という感覚だった。

ずっと解放したかったのだと思う。
でも感性の箱の上にどんどん違う箱が積まれて、
開けることはおろか、引っ張り出すこともできていなかった。

小学生の"リトル弥生"を心に飼えた私は、
空いた時間は何も考えずにお絵描きに溶かして、
自分のご機嫌を取っている。

人生にはいろんなフェーズがあるから、
この状態がずっと続くことがピースなことかどうかは
分からないけれど、

そうやって日々の生活に起こる
自分の機微な変化を、見逃さずに受け取れる
その余白だけは絶やさず持っていたいな、
と思う。




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