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サンマは目黒に限るし、出張は金沢に限る

人生において「金沢に出張せざるを得ない」仕事を持つほど、素晴らしいものはない。金沢は最高だ。いやもちろん大阪も神戸も名古屋も札幌も最高なんだが、仕事のスキをついて遊ぶには金沢くらいの規模がちょうどいい。

仕事の合間だから、駅と繁華街、そして風光明媚がほんの少しあればいい。金沢出張ならホテルのチョイスも「駅近か、香林坊」の二択だし、夜ごはんの店も「せっかく金沢に来たんだから和食で海の幸」一択だ。これが大阪なら心斎橋か天王寺か福島か町屋町かあびこか天神橋筋かで右往左往、仕事なんかしている余裕がなくなってしまう。やはり出張は金沢に限るのである。

30才前後の数年間、私はその素晴らしい環境にあった。

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名古屋から金沢の客先をサポートするのは無理があるのではないか、と本社から言われても、私は担当を手放すつもりはなかった。それはまだ小さな個人商店だった頃からの付き合いであることと、私が自力で口座を開いたこと、そして何より「どうしても金沢に出張したい」ことからであった。

別な言葉で言うと「会社のカネで金沢のうまいもんを食べたい」ということだ。金沢は美味しい。年末までは香箱蟹、年が明けたら加能蟹。タラは白子だけでなく肝もぷりっぷりだし、寒ブリやノドグロは言わずもがな。ガスエビ、ゲンゲ、越中バイに万寿貝、ナマコに白海老にかぶらずし。海の幸と日本酒を堪能したら、おでんも忘れてはいけない。車麩サイコー。

おでん

ずぶずぶの関係だった客先には季節を問わず注力してはいたが、やはり木枯らしの音が聞こえてくると本気の度合いが違ってくる。イベントを企画し、セールの目玉を用意し、絵コンテを何枚も送りつけ、できるだけ大きな仕事になるように全身全霊で打ち込む。それが私の「冬の金沢出張大作戦☆」しぐさだ。ちなみに夏はサンダルを買いたいから、履き倒れの街・神戸への出張が多くなるのだが、それはまた別のおはなし。

何度か通ううちに馴染みの店もできてくる。私が好きだった店は、日本酒の種類が多く、刺身の種類も多く、地魚や地野菜など地元の食材が多いところが魅力だった。金時草や加賀太きゅうりなど、その店で初めて知ったものも少なくない。

美味しいもの

さらに厨房にいる人は京都で修行したとのことで、ナマモノではない調理したものも非常に美味しかった。特に「だし」の美味しさは特筆モノで、刺身を食べた後はいつも「かぶら蒸し」か「ハス蒸し」を頼んだものだ。それまではちょっと気張った割烹でしか食べたことなかったものが、こんな気軽な居酒屋で頼めるのがとても嬉しく、気軽ついでにずうずうしく作り方まで教えてもらった。

一度知ってしまえば、レシピは実に簡単。ましてカブもレンコンも、これから寒くなるにつれますます美味しくなる。そんなわけで今日は、ハス蒸しの作り方を紹介しよう。

ハス蒸し

かぶら蒸しではなくハス蒸しを推す理由は3つ。

1・レンコンは素材にデンプン質が多く含まれているので、卵白のつなぎがいらないこと。卵白の量は意外に難しいので、悩まなくて済む。

2・かぶら蒸しは「雪のように白くする」ことに命をかけているため、なんかいろいろメンドクサイ。その点ハス蒸しはどうしたって灰色がかるので、具材のチョイスが気楽である。

3・かける「あん」は色をつけない銀あんがデフォだが、ハス蒸しなら醤油を勝たせた「べっこうあん」のチョイスもあり。ボーッとして醤油を入れすぎちゃってもリカバリできる。


電子レンジでも調理可能だが、持ってる人は蒸し器を出して欲しい。レンジより時間に厳しくないし、冬は加湿器にも暖房器具にもなる。今回のレシピは蒸し器でやる場合の時間配分です。

【ハス蒸し】

ハス蒸し2

・レンコン すりおろす
・具材 なんでもありだが、銀杏とか海老とか入れるとキレイ
・あん(だしを美味しいなと思える味つけにして片栗粉でとろみをつける)


レンコンは太いもの、重いものを選ぶと良い。

まず具材を用意する。お店ではタイなどの白身魚や、アナゴのつけ焼き、ゆり根、銀杏、海老などがよく使われるが、家庭ではなんでもアリ。ブリや鮭でもいいし、肉もあう。豚の角煮の余ったのなんかがあれば最高だ。青魚より白身の方が無難。魚をふたくち大に切り、身に少し塩をしてしばらく置くといいけど、しなくてもいい。

器のそこに魚の切り身(もしくは肉)を入れ、先に10分くらい蒸す。その間にレンコンの準備をする。

レンコンはよくアク抜きのため酢水につける下ごしらえをするかと思うが、この料理の場合はそれだとデンプン質が流れてしまうので、酢水には入れない。皮をむいたら「ただの水」につけること。もしくは省略w

レンコンをすりおろしたら、巻きす(海苔巻き作るアレ)かザルに乗せて軽く水気を切る。レンコンは時期や品種によってもっちり度がかなり違うため、水気をよく切りさらに片栗粉など入れる場合もあるし、水気を切らずにそのまま使ってもいい場合もある。金沢のお店の人は「加賀レンコンはデンプン質が多いから、おろしてそのまますぐ使う」と自慢していた。

好き好きだが、私はあまりもっちりしているより、ふんわりしてる方が好きなので、よっぽど水っぽい以外はそのまますぐ使ってしまう。皆さんもお好みで。しっかりした味が好きなら、ここでごく軽く塩を混ぜる。

魚が蒸し上がったら、レンコンのすりおろしをふんわり乗せ、さらに10分くらい蒸す。その間に、あんを作る。

だし(昆布と鰹節のオーソドックスなやつ)を沸かし、塩とみりん、醤油で味つけをする。白く上品な「銀あん」なら醤油は香りづけ程度。茶色く旨味の濃いタイプなら、醤油とみりん多めで。めんつゆを使う場合、銀あんなら白だし、べっこうあんなら普通のものを使うといいだろう。どちらも水溶き片栗粉で、しっかりとろみをつける。

蒸しあがりに「あん」をたっぷりかける。そのままでも、ワサビを添えても。私は柚子胡椒も好き。

細かいことを言えばキリがないが、要は

何かの具材を器に入れ、すり下ろしたレンコンを乗せ、適当に蒸して火が通ったらあんをかけて出来上がり。

なので、いい加減に、気軽に作ってOK。ハムしか入れるもんがなくても、ちゃんとそれなりに美味しい。大丈夫、レンコンとじろまるを信じて欲しい。

たらこ

あれほど通った金沢だったが、なんやかやで全然行けない日々が流れ、久しぶりに行けたのは北陸新幹線が通ったあと。つまりあれから10年以上が経過していた。

久しぶりにあの店へ行こう。

そう思って電話をした私は、手痛い洗礼を浴びた。電話が繋がるなり「今、忙しいから後にして!」と怒鳴られ、電話を切られてしまったのだ。

店主ひとりでやってる小体な店ならわかる。だがここは宴会もバンバン受け付ける、けっこう大きな店だ。当時は女将さんがビシッと采配していて、店の隅々まで目を配り、どんなに混んでいても「料理が遅い」と思うこともなかった。かかってきた電話には必ず女将さん自らが出ていたものだ。

30分くらいしてまた電話をした。今度は怒鳴られはしなかったが、なんとも要領を得ない。何月何日の何時ごろに空いてますか?と尋ねても、しばらく待たされたあげく「えっと、何日だったっけ?」と聞き直される。再度日時を告げて、また保留になって、またしばらく待たされ「で、時間は何時?」と聞き直される。ずっとタメ口なのも、そろそろイライラしてくる。

たくさんの保留を乗り越え、たくさんのイライラを我慢し、そしてようやく予約できそう、という時になり恐ろしいことがおきた。

電話を切られてしまったのである。

ああもう、いいや。もういい。
そうして私たちは他の店ですごく美味しいものを食べることにした。実によかった。いい魚、いい酒、いい接客。これだよ、これこそ私が愛した金沢だよ。そう熱く語りながらホテルへ戻ろうとすると、偶然あの店の前を通ることになった。

入り口のガラス戸から中が透けて見える。

店内はガラガラだった。店員Aが店員Bを怒鳴っていた。女将さんの姿はなく、かつて女将さんがいけていた玄関の立派な花もなく、入り口の電灯がパチパチとまばたいていた。

いろいろあったんだろうな。知らんけど。


めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。