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君に会う日は〜儚い詩

雨が降っていた。

忘れられない。

「ごめんなさい。もう行くわ」

彼女はそう言うと僕にキスをした。

僕は恍惚と。別れのキスなのに、恍惚とした。それ以上何も言えなくなった。

桟橋に船が一艘留まっている。

おそらくあれに乗るのだ。

僕はイスタンブールに来ていた。海峡がアジアとヨーロッパを隔てているイスラムの街。幻想的だった。しかし、僕は何故かここで君を思い出す。

イスタンブールは僕が滞在している間天気が悪かった。しかし、僕にとっては気持ちがよかった。

街の喧騒は雨の音にかき消され。人々の声も密やかになる。ぼんやりとブルーモスクの尖塔が見える。

商人の喚く声は立ち消え、石畳みは雨に光り輝く。コーランの祈りがキリスト教の賛美歌のようにさえ聴こえてくる。

その船に乗り僕はボスポラス海峡の反対側に行くのだ。

そこでトルコの役人が待っている。

船に乗ると、僕は持っていた鞄を落としそうになった。

君がいた。

「あら、久しぶりね」

「あ、あぁ」

彼女は僕に近づいた。

僕は身構えた。

あの時、僕は何を言うべきだったのか。それを考えていた。この七年間ずっと。

何も思い浮かばなかった。そして今も。

「こんなところで何をしているの?」

「君こそ」

「そうね。政府の仕事…って言ったら信じるかしら」

「政府として来ているんだ僕も」

「あら、奇遇ね。同じ目的地かしら」

そう言うと同時に彼女は僕にキスをする。

僕はここにいる理由を忘れ、恍惚とする。雨で周りの景色がけぶる。

二人を乗せた船は動き出す。

客はいない。

君に伝えたかったこと。

「愛してた」

ただそれだけだった。

「あら、私もよ」

君は笑った。

海峡は柔らかな雨に濡れていた。



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