夜々に集まる 第四話 ハンバーグ目玉焼き載せ
城山・・・会社員。
まっちゃん・・小料理屋「夜々」のマスター。
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「お疲れ様」
「あ、どうも城山さん」
「まだやれる?お腹減っちゃってさ」
「どうぞ、えっとじゃ奥から三番目。美人二人の隣で」
「え、それは、まぁありがたいけど、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、人見てますんで。はは」
城山は西麻布の小料理屋「夜々」を訪れた。入口で店主に声をかけ、入れるかどうかを確認する。今日も大体席は埋まっていた。
店内に入ると、厨房側から案内された奥の席へとすすむ。
カウンターの背後が狭く、奥に行く場合はこのように厨房を通ることがある。
「ちょっと美人の二人、隣に一人入れてあげて」
「えー、はーい。ワンドリンクあるんですかねそれの場合」
「うん、あると思う。ね、城山さん」
店主のまっちゃんからそう言われて女性を前にそう断れる男はいない。
「え、あぁ、まぁ」
「頂きましたー。二人何にする?」
「私レモンサワー」
「私は、日本酒がいい」
「遠慮がないなぁ二人とも。でも、二人とってもいい奴なんで是非ご贔屓に」
「いや、何屋よ」
と言いながらも満更でもない城山。この店で会社以外の人間と話すことは城山の楽しみであった。しかも女性となれば尚更だ。店主のまっちゃんは一人でこの店を切り盛りしているが、配慮が行き届いていて人の捌きがうまい。
「城山さん、どうします?」
「じゃあ、僕も日本酒。冷やで」
「じゃそれをこちらの御令嬢に」
城山はそつなく日本酒を隣の女性に勧める。
「ほんとにいいんですか?まっちゃんはああ言ってますけど」
「ええ、僕人見られてますんで大丈夫ですよ」
まっちゃんに聞こえるように返す城山。
「なんか悪口言ってますね」
まっちゃんは笑いながらレモンサワーと日本酒を準備する。
「で、城山さん何から行きます?」
「今日は何ができそう?あ、前菜的なもので」
「春雨サラダと、ポテサラ、おでんもいけます」
「いいね特におでん。じゃ今の全部ちょうだい」
「あいよ。じゃレモンサワーと日本酒どうぞ」
「ありがとう」
まっちゃんが奥に座る女性にレモンサワーを渡し、城山と隣の女性に日本酒を注いだ。奥の女性は前回もいた常連客のようだが、隣の女性は初めて見る顔だった。
「じゃ、かんぱーい」
「いってらっしゃい!」
まっちゃんのいってらっしゃいが気分を高揚させる。
二人の女性は既に飲み始めて時間がたっているらしく、半ば出来上がっている。
「いい感じで飲まれてますね」
「はい、そうなんです」
「城山さんが遅いんですよ」
奥の女性からちゃちゃが入る。
まだ自己紹介はしていないが、まっちゃんが城山を呼ぶので覚えたのだろう。
「厳しいなぁ。ところでお名前は?」
「ルイです」
と奥から声が届き、
「私はユリです」
と隣の女性が自己紹介をする。
「ルイさんにユリさんですね。私は城山と言います」
城山は丁寧に返す。
「自己紹介終わりました?、じゃおでんと、春雨サラダとポテサラどうぞ」
まっちゃんが城山の前菜を出す。こう言ったタイミングが絶妙なのだ。
「うまそう。おでんか…冬だなぁ」
「それ柚子胡椒かけるとめっちゃ美味しいよ」「ルイちゃんが横から柚子胡椒を送ってくる」
ルイちゃんはヘビーな常連客で一見ツンツンしているように見えて案外優しい。城山はそれを受け取り素直に厚揚げにつける。城山は厚揚げが特に好きだった。
厚揚げを頬張るとおでんの出汁と程よい塩気、柔らかな豆腐の感触が口一杯に広がる。そこに柚子胡椒がピリリとアクセントになる。
たった一つおでんを食べただけなのに、既に幸福感で満たされる。
やはり、一日の締めはこの店に限る。
城山はひとりほくそ笑んだ。
「いや、ルイちゃん、うまいねおでん。柚子胡椒と」
「そうよ、言ったでしょ」
「うんうん。おっしゃる通りでした。お代官様」
「わかればよろしい」
なんだかわからないがルイちゃんと話すと皆こんな感じになってしまうようだ。
「城山さんは何なさってるんですか?」
隣のユリちゃんが聞いてくる。
「貿易系の仕事ですね」
「へー」
いかん、つまらない答え方をしてしまった。
「ユリちゃんはここはもう長いの?」
城山は話を変えた。
「ここ2年くらいかな」
「もう長いんですね」
「ええ」
「城山さんは?」
「初めて来たのは3年ぐらい前かな。この2年東京にいなかったから、最近だとまだ2回目」
「へー、新人じゃん」
「そうだね…まだ新人す。なので先輩もう一杯いっちゃってくださいよ」
「えー、いいんですか?」
「当たり前ですよ。私を誰だと思ってるんですか」
「いや、今日初めて会った貿易関係の人。ちょっと話がつまらないかもしれない人。ププ」
「なに!」
くそ、やはりさっきの貿易関係が尾を引いている。
「いや!汚名挽回ということで、今日は奢らせて下さい」
「えぇ、嬉しい!でも、私はこの一杯で帰ります。また是非ここで。まっちゃんお会計お願い」
ユリはぐいっと日本酒を飲むと会計をし、席を立った。その流れるような動作に帰りの挨拶すらままならない。
城山は冷や水を浴びせられたような気分になった。西麻布は手強い。気さくに話せたと思っても一人相撲になることもしばしばだ。
しかし…これでこそ西麻布だ。イケると思うとイケない。イケないと思うとすんなりイケることもある。毎回が真剣勝負だった。
やっぱり変わってないな。また一からやり直しだ。城山は思い直した。
「まっちゃん、何かメインはない?」
「うーん、あ、ハンバーグできますよ」
「お、いいねハンバーグ。俺大好き」
「じゃ作りますね」
「まっちゃん、私も帰るわ」
今度はルリちゃんが帰る番か。なんだかルリちゃんにも振られたようで寂しい。
「じゃ城山さんまた」
「うん、またね」
ルリもアッサリと帰っていった。
「いやー。城山さんのせいで二人帰っちゃいましたね」
「え、そうなのかなやっぱり。ごめんねまっちゃん」
「いや冗談すよ。あの二人いつもあんな感じなんで気にしないでください」
「そ、そうなの?よかった」
城山はホッとした。
「はいお待ち、ハンバーグ目玉焼き乗せね」
「おお、なんと言う背徳感、たまらんね」
城山はスプーンを目玉焼きに突き刺した。
目玉焼きとハンバーグを同時に口に入れる。赤ワインの甘辛いソースに、挽肉の肉汁が口の中一杯に広がっていく。そこに目玉焼きのタンパクな白身と黄身が合わさる。
「これはたまらんね」
「ありがとうございます」
城山はハンバーグを一気に食べると日本酒を飲み干した。ここに来れば一日のストレスが泡のように消えていく。幸せなひとときだ。
「まっちゃん、じゃおれも引き上げるわ」
城山は会計をすまし、出口に向かう。
「じゃまたお待ちしてます」
「うん、また近いうちに」
城山は店を出た。
西麻布にも活気が戻ってきている。千鳥足のビジネスマンが通りを歩いている。
城山はそれを懐かしそうに見つつ、目の前に通りかかったタクシーを止め、乗り込んだ。
テールランプの赤が西麻布の街怪しくを照らしていた。
「ルリちゃん、またね。
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