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3.かにクリームコロッケは火傷するほど熱かった

さて、2020年1月企画は通過したが、社内からいろいろな意見をいただいた。一番のハードルは学術専門出版社から児童書のカテゴリーの本を出すという制作上の心配であった。子どもたちにとっても医療というテーマは難しく、さらにそこにファンタジーの要素をもって見せることができるのか。対象読者は小学生の低学年か、高学年か、あるいは中学生も含むのか、仮に「小学校高学年から中学生」とした場合、常用漢字のどこまでルビ入れ(ふりがな)をするのか。医療や病気の話を展開する場合、見せ方の工夫を重ねないと、そもそも子どもたちが読んでくれないのではないか、といった懸念であった。どれももっともな指摘である。

そんな状況で企画通過後の執筆依頼資料を抱えて、ドクターオオツカのいる京都の大学病院に向かった。2月中旬。うすぐもり、古都の風は底冷えがする感じ。油沼さんにも京都にお越しいただき、大学病院そばの珈琲店で三者がはじめて会した。すでに目次の詳細はできており、油沼さんと編集部で目を通し、コンテンツごとにフィードバック。それをドクターオオツカがさらに練る、という作業までは済んでいた。

このフィードバックにおいても油沼さんの指摘は鋭く、新選組でいえば、近藤勇がドクターオオツカで、副長の土方歳三が油沼さん、担当編集は(思いつきません)といった役回りだった。そのフィードバックの一例を紹介させていただくと、

➡ 目次には子どもが興味をもつ「ワクワク感」がほしい(子ども向けを究極まで意識したい)
➡ クイズとか,出さなくていい?
➡ キャラ設定には(謎)もほしい。子どもは大人以上に死(タナトス)を怖れている。がんの死のイメージは強い。ゆえに、それをやわらげる要素(ファンタジー)がほしい
➡ 目次の文言も具体的な問いでないと、子どもには伝わらない(「どのくらい痛いの?」「お医者さんは血がこわくないの?」とか)
➡ 目次や文章構成には「タメ」と「トメ」があったほうがいい

恥ずかしながら編集人生において「タメ」と「トメ」という言葉に接するのは初めてであった。復習もかねて「タメ」と「トメ」がどういうものか、油沼さん伝授の一例を紹介しよう。

●「注射って怖い?」「怖いよね(読者の感情に同意する)」
● 「あの針の先をみるだけで”ヒーッ”ってなっちゃうよね(読者の感情を読者に代わって文章で肯定する)」
●「大人でも嫌いな人が多いんだし、小学生なら怖くても仕方ないからね(ダメ押しで読者の感情を肯定する)」
●「あ、先生も凄く嫌いです。ちなみに医者もやっています(ボケやギャグで親しみを持ってもらう。つまり読者に愛される方向へ舵取りする)」

どうですか、こんな目線で目次や文章を考えることはないし、たぶん関西のお笑い文化の感覚に近いのかもしれないが、こうした工夫が

「マジカルドクター」の中には随所にあるよ!
(マジカルドクターの言い回しをマネしました)

その目次はこちら。文章の構成はぜひ本書をご覧ください。

目次1

目次2

さて、3回目の打ち合わせは合意すべき案件が着々と進み、詳細は羅列しないが、要するに著者と漫画家が顔を合わせ、直接話す機会を設けるということは、クリエイトという観点ではかなり大事な要素らしい。互いの意見を相手の考えをさぐりながら小出しにしては、感触をさぐり、客観的な作業面については担当編集に都度確認し、「できる・できない要素」「それいいね・それいまひとつだね」を1つひとつつぶしていくプロセスというのは、やっぱり対面の打ち合わせが効果的のようだ。

その日に決まったことを少しだけ明かすと、この本の中ではドクターオオツカがエビデンスベースで医療や病気の解説をし、子どもたちキャラがナラティブベースの役割を果たし、それを油沼さんが画的に表現する。そして一番大切なことは、

基本「嘘がない、事実に基づく、正しい」内容

を執筆のスタンスとすることだった。そのことが大人の責務として子どもたちにお届けでできる最良のギフトという点についても三者で確認した。あとはドクターオオツカにドラフト原稿を書いてもらい、意見を出し合って編集の方向性を定め、それに基づいて編集部でドラフト原稿の文章にカンナ当てをさせていただく。そのリライト原稿を見た油沼さんが画を描く。

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打ち合わせ時に用意してくれた不思議の扉と扉の向こうにいる不思議な医師のイメージ(油沼さん作)


打ち合わせも済み、大学病院そばの河原を歩いた。川の風は冷たく、関東にはない山の冷気を帯びた重く湿った盆地の風が頬をなぞるように過ぎてゆく。やれやれ、これでスタートラインであった。

京都駅に戻り、新幹線の発車時刻まで1時間半くらいあったので、駅ビルにある老舗のとんかつ屋さんで盛り合わせ定食を頼んだ。最初に口にしたのがかにクリームコロッケだったと思う。口にした瞬間、揚げたての衣が妙な感じで崩れ、中からあつあつのクリームが流れ出た。ここまではよくある光景で、いきなりこぼしてしまったぐらいに思っていたのだが、流れ出たクリームが想像以上に高温で、唇の表面にべたっとくっついた。と思った瞬間、痛いという感覚が皮膚に走り、急いで手元のおしぼりを探り、ぬぐいとろうとしたが焦ってうまくぬぐえない。としているうちに明らかにやばい疼きがはしり、お冷を唇にあてたが疼痛が収まらない。皮がめくれた唇を抑えながらお店の人に「火傷の薬はありませんか」と尋ねたが、ない(そうだ)。見かねた配膳スタッフがビニール袋に氷を入れて持ってきてくれた。とてもではないがものを食べられる状況でなく、唇もどんどん腫れてくるので、もう一度「すみません、近くに皮膚科はありますか」と尋ね、親切にも駅近くの皮膚科の場所と電話番号を調べてくれて、お店からエレベータまで案内してくれた。「はりがとうごはいます」、唇が腫れてうまく発音ができない。

駅からクリニックまでがまた難儀だった。もう夜だし、京都駅前の地理にくわしくないし、クリニックに電話をし、誘導してもらいやっとたどりついたのが新幹線発車の40分くらい前。事情を説明したら、夕方の患者さんで待合は混んでいるのに、急ぎ診療をしてくれた。綿棒で薬を塗ってくれて、帰りの痛み止めも処方してくれた。やっばり医療の恩恵って偉大だ。

新幹線にはなんとか間に合ったものの、東京までの2時間ちょっとは腹ごしらえもできずミネラルウォーターで喉を湿らす程度。うがいもできず、口の中はまだ揚げ油が残る感じ。皮膚科医の先生のもとへ打ち合わせに行き、帰りも皮膚科医の先生にお世話になり、なんともまぁ、

この本は、こんなダメダメ編集者も含め、子どもたちへのギフトを届けたいという一念で本づくりが始まりました。

教えて!マジカルドクター、病気のこと、お医者さんのこと

書影_マジカルドクター

次回に続く。



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