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「極論」でなく,「正論」。2年ぶり『極論で語る麻酔科』の刊行を前に…。


こんにちは。

いち編集部のリアルです。

香坂先生…。

もう何年の付き合いになるだろうか….だいぶ昔からやりとりが続いているような気がする.だからといって,個人的な深いお話をするわけではない.あくまでも編集上のやりとり.確か最初にお会いしたのは,慶應義塾大学病院敷地内にあるスターバックスだった.『極論で語る循環器内科』改訂版の打合せで,その席には先生の後輩の循環器内科医のS先生ともうお一方ご紹介いただいたように思う.その先生方は後に改訂版の作業に参加くださった.

先生の印象は,いつも変わらない.何度お会いしてもtenderな物腰と丁寧な言葉遣い,一見するととってもフレンドリーになれそうなのだが,笑みを浮かべた表情の中には常に寸鉄的な観察眼があって,編集者としては,まあ…

とても気が引き締まる存在なのだ.

その関係性がずっと続いている.そしていつも忙しそうだ.そんなこんなで毎年,今年の「極論」,来年の「極論」.まったく制作がストップしている「極論」.ようやくできた「極論」について、編集部からああでもない,こうでもないと申し上げては,医師・研究者・教育者として尋常でない香坂先生の濃厚な時間のほんの一瞬を「極論」の時間に拝借している.そういえば、先生はいつもすぐ返事をくださる。ありがたい。


さて,前置きが長くなったが,今年の7月ようやく2年ぶりの「極論」と相成った.その名も極論で語る麻酔科』(森田泰央著, 香坂 俊監修, 龍華朱音イラスト)

極論で語る麻酔科   書影

そう,麻酔科なのだ.森田先生については別の機会で触れさせていただくとして,今日は2年ぶりの「極論」のリリースを祝して,「極論」秘話をお話したいと思う.


「極論」の歴史をざっくり振り返ると,こうなる.

●2011年7月、「極論で語る循環器内科」 米国臨床帰りの循環器内科医の香坂俊医師が「臨床の正論=極論」として、ご自身のフィールドを語られる。独特の言い回しや龍華朱音医師のユニークでかわいらしいイラスト・漫画が話題に。瞬く間に4刷。

●2014年9月、「極論で語る神経内科」 シリーズ化という構想の実現に向けて、次の一手。なぜ神経内科となったかは当時の記憶は定かでないが、たぶん香坂医師の推薦だ。神経内科医の河合真医師の類まれなる斬新な「河合節」で、神経内科の領域に、いや「極論」の展開に新しいページが刻まれる。毎年のように増刷を重ねて6刷。

●2014年12月、「極論で語る循環器内科 第2版」 シリーズ化となり、再び香坂医師に改訂の指揮をいただく。初版内容を半分以上反故にし、ページは1.5倍、型破りのバージョンアップに周囲も驚いた。「極論」のフォルムはここに極まる。『ONE PIECE』ドクターヒルルクの言葉はとにかく熱い。臨床書ではめずらしい初版を凌ぐ反響、6刷。

●2015年6月、「極論で語る腎臓内科」 腎臓内科医の今井直彦医師の登場だ。本シリーズにしては珍しく腎臓生理学メーンの解説。医師が苦手とする電解質などあえて真正面から…。監修の香坂医師と今井医師との内容をめぐる何百通のメール往復はすでにレジェンド。初校、再校、三校、四校…のたびに、議論は深まった。6刷。

●2016年1月、「極論で語る感染症内科」 感染症内科医の岩田健太郎医師が本シリーズに参入だ。というか、乱入された。「原稿はもうできた(たった1週間)、極論でどうか…」が最初の打診。ケアネットからオンライン配信とDVDの姉妹版も誕生した(『イワケンの「極論で語る感染症講義」』)。3刷(刷数は控えめだが、この頃から1回の刷り部数がどーんと増えた)。

●2016年6月、「極論で語る総合診療」 外科の経験もある内科医の桑間雄一郎医師が、総診の広大なフィールドを「極論」された(不可能が現実に)。米国で活躍する日本人医師で桑間医師の名前を知らない人はいない。懐の深く広い極論は、極論のもう1つの精華だ。「総合診療科」ではなく、あえて「総合診療」。4刷。

●2016年9月、「極論で語る睡眠医学」 河合真医師、再び。研修医の必修科目をテーマとする本シリーズで、睡眠医学を扱うかは揉めた。しかし河合医師の熱意にうたれた。こんな極論のあり方もあったのか、という引き出しが。『シティハンター』の冴羽獠にも登場いただいた。一般の方にも愛読されている。5刷。

●2018年10月、「極論で語る消化器内科」 消化器内科医の小林健二医師があえて、花形の内視鏡手技を除外した「極論」を丁寧に仕立て上げた。その実直な論調は鍛冶師のような技がある。研修医の定番必修の「循環器」「消化器」「呼吸器」、いずれはやらねばの命題が、ようやく2つまで達成された。程なく2刷。

●2020年7月、「極論で語る麻酔科」 米国の麻酔臨床の現場から森田泰央医師による「極論」。まさか次は「麻酔科…」と思われる方もいるかもしれない。そう「麻酔科なのだ」。森田医師、香坂医師との打合わせが終わる際、森田医師と交わした熱い握手が忘れらない。患者管理と全科に通ずる麻酔科医の知識は膨大だ。

極論ちゃん

ということで,循環器内科編のエピソードでもう種明かしをしてしまったが,じつは「極論で語る」の「極論」は「正論」なのだ.「極論」を『大辞林 第4版』でひも解くと

(1)極端な議論.また,そのような議論をすること.極言.
(2)つきつめたところまで論ずること

とある.これは、皆さんもおなじみ「極論」冒頭のフレーズだが、本シリーズの「極論」の意味は,米国の臨床で培った医療の「正論」が、日本の臨床に戻ったとき,シンプルに医療上の「正論」として扱わられず,日本独特の臨床風土に濾過されて「隔靴掻痒の正論」となり,診たての仕方や検査の捉え方,治療や患者へのスタンスなど,すべてにわたり日本ブレンドを加味されてしまうというご作法に、当時の香坂先生が抱いたフラストレーションがまずあって、「いや,循環器診療の大本はこうだよね」とあえて,ロック調でストレートに正論したことが「極論」となったのだ.

例えば、同じ『ハリソン内科学』で学んでも,米国のpragmatismな臨床スタイルと日本のそれとは,疾患1つをめぐっても治療の過程で余剰なアウトプットが生じてしまう.こんな話を医療の専門外である編集者が論じるのはおこがましいが,臨床のプリンシプルに立ち返れば「結局,やるべきことは、こういうことでしょ?」というわが国の臨床に対するアンチテーゼ(全然アンチではないのだが…)としての「極論」,すわなち,

『正論で語りたい循環器内科』

が「極論」シリーズの発端だったように推測する。

じつはこのことを以前ズバッと指摘した医師がいた.イワケンこと,岩田健太郎先生だ.イワケン先生が極論5冊目の「感染症内科編」に参加されたのは上述のとおり。その際、イラスト担当の龍華先生のホームタウンの名古屋で,イワケン先生と龍華先生とランチミーティングをしたときのこと,「香坂先生がいわれている「極論」というのは,じつは「正論」でして,本来は「極論」ではなく,臨床の当たり前の考え方をあえて「極論」としていわれているのです」と.そのときは何を示唆されているのか呑み込めなかったが,後日「ああ、そういうことだったのか」と頷いた次第だ。余談だが,NYに臨床留学されていたとき、香坂先生,岩田先生,河合先生は同じアパートメントにお住まいで,ほぼ同世代なので『少年ジャンプ』とか回し読みをされていたそうだ.

(「すごすぎる!」メンバー)

そのイワケン先生曰く,「香坂先生は入院する患者さんのカルテを書くとき,退院時サマリも同時に記入してしまうんです! あんな医者は見たことがない」.つまり最初の診たてで患者の入院期間や転帰をほぼ確実に予測し,退院に至る臨床経過を即座に記載してしまうのだそうだ.

(「すごすぎる!」2回目)

「すごすぎる」ついでに、編集者目線で言及させていただくと,香坂先生の校正テクニックも「すごすぎ(!)」なのだ.「極論」のレイアウトを一度でも目にされた方は,医学書離れした構成に驚かれると思うが,目次に「bread-and-butter」とか「zebra」とか入れてしまうし,

ゼブラ

2ゼブラ

いきなり,章冒頭で「極論」をたたみかけてしまうし,

極論

大事なポイントは上下一行アキ・左右センター配置でドーンと視覚的にアピールしてしまうし,

極論強調

臨床書なのに龍華先生の4コマ漫画とかイラストとか入れて,読者の理解の増幅を揺さぶるし,(そもそもイラストレーターが医師というのも、圧倒的にすごすぎ),今でこそ医学書に漫画の要素を取り入れるのは常套手段であるが、たぶん「極論」はそのはしりだろうし,

極論イラスト

かと思うといきなり見開き2ページで『ONE PIECE』のドクターヒルルクのコマを挿入してしまうし(尾田栄一郎先生,ありがとうございました!),これらすべては編集部でなく,

極論 人はいつ死ぬと思う?

極論ONEぴ

香坂先生の着想なんです。

それと、毎回テーマ(科目)ごとに著者のスタンスが違うため,同じシリーズでも執筆のトーンもさまざまだ。執筆前の打合せで,「極論のスタイルはこうこうこうで,肩ひじをはらず,自由に先生のいわんとされたい臨床の真髄を語ってもらいたい.教科書じゃありませんから,〇〇科の1~10まで扱ってもらわなくていいです.網羅性は除外です.先生の中で、モノ申したい臨床のテーマをピックアップしてもらって,ものすごく偏ったテーマでもいいですし…」みたいな執筆に際してのレクチャを編集部から著者に申し上げるのだが,そうはいってもね,やはり原稿段階ではガチガチの教科書っぽい原稿をいただくこともある。しかしそういう原稿に関しては,100%信頼申し上げて,原稿段階で香坂先生に託してしまうのだ(もちろん編集部でリライトするパターンも中にはあります).すると,どうでしょう…信じがたい校正&構成力で,コンテンツをシャッフルされて,ざっくざっくと余剰なところをカットし,エッセンスだけをただひたすらにわかりやすく,エッジを聞かせて彫刻される.そのようにして出来上がったのが,あの「極論」なのである.

このことは初めて話すが、たぶん香坂先生は、編集者になられても「超」のつくレベルの仕事をされると思う。すでにされているが、ああいう発想・構想力の持ち主はまずいない。これは本音です。

さて、今回リリースの『極論で語る麻酔科』.前回の「消化器内科編」の刊行より2年の歳月を費やした理由も,著者の森田先生と監修の香坂先生の原稿のやりとりにそれだけの時間と熟成が必要だったからだ。もちろん両先生とも半端なく忙しいので,校正する時間は限られるのだが,それでも2年.もう編集部は毎日祈りをささげるような月日でして,書店様からは「まだ出ないの…」,社内的にも「いつ出るの…」とか,「いえいえ,それはもう前に進んでいるのですが,テーマも麻酔科ですし,主に内科系を扱う極論としては,なかなか大変なのですよ」とか.

最後はにっちもさっちもいかなくなり,香坂先生に月1回,丸善出版の会議室にご足労いただいて出張校閲をしてもらった.俗にいう「缶詰め」.数時間籠ってもらい,集中して頭脳を酷使してもらう。そこで毎回,香坂先生の脳のお供に,神保町すずらん通りの銭形平次最中で有名な「文銭堂」のどら焼きと粗茶を差し入れして,ようやく校閲が終了した次第だ.それが昨年の秋.それから龍華先生にイラストを考案いただいて…(龍華先生のお話はまた別の機会にと考えています).

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ちょっと駆け足で「極論」誕生秘話らしきもの,香坂先生のスペシャルな構成力(編集力)を中心に話してきたが,長い付き合いになるのに,まだごはんとかご一緒したことがなくて(ですね),編集部から拝見すると,いつまでも雲の上の存在のような気がする。なんというのか、やっぱりものごとを突き詰めて考えられる方なのでしょう。それと俯瞰するチカラ。ゆえに洒脱で、どこか哲学的な佇まいがおありだ。

なので,これまでも、そして、これからも香坂先生との仕事は,ある種の緊張があるだろうし,そのうえでアウトプットされる「極論」は,上質の珈琲豆を最高の焙煎と抽出でアロマ化した一滴のような味わいもあり,そんなこんなで,「極論」シリーズの仕事はやめられないのでしょうね.

毎年多くの研修医や医学生,専門医,他科の専門医の方に愛読され,読み継がれていく「極論」。本シリーズに携わるすべての方に感謝を申し上げて,極論で語る麻酔科デビューの寿ぎの言葉とさせていただきます.

次回は、龍華先生にご登場いただければと….

ご清聴(読)ありがとうございました。

2020.7.10

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