老いること、笑わせること
ダチョウ倶楽部の上島竜兵が亡くなった。61歳だった。
厚生労働省が連鎖自殺を防止するために、報道のガイドラインを示していることもあってどうして自殺しようと思ったのか、詳細は分からない。まあ、報道で他人に見える上島竜兵(以下、竜ちゃんと親しげに書く)とそれをとりまく環境はわかっても、竜ちゃんの心の中まではわからない。
まじめな高校生の竜ちゃん
竜ちゃんが通っていた私立神戸村野工業高校で、3年間担任だった柏木冨士男さん(78)がいろいろ取材を受けている。村野工業は持ち上がり担任制で3年間、竜ちゃんの行動をよく見ていた先生のようだ。
柏木先生は、卒業後も竜ちゃんとやりとりがあった。2008年には志村けん主宰の「志村魂」の舞台が神戸であり、その公演にも竜ちゃんに呼ばれた。
高校生の頃、おとなしくてまじめだった竜ちゃん。
卒業後は、俳優になりたかったらしい。
柏木先生は竜ちゃんが卒業する前に、母親と「三者面談」を開いて進路を決めた。竜ちゃんの進路志望は「芸能の道に進みたい」ということだった。
その後、竜ちゃんは東京に行った。
2020年11月11日の午前零時ごろ、竜ちゃんは柏木先生に電話をしている。
たまたま起きていた柏木先生が、自分から名乗らない電話の相手に「竜兵か?」と訊くと、「はい」と言った。家族を起こしてはいけないと思ってか、声を潜めていたらしい。
高校の頃、おとなしくてまじめだった竜ちゃん。進路は俳優と決めていた。それから鳴かず飛ばずで10年くらい経って、お笑いのダチョウ倶楽部で人気が出てきた。
お笑いでも主役にはなれなかった。しかし、ビートたけし、志村けんなどに認められ、一気に人気者になった。マンネリのギャグが、逆にウケた。
志村けんを失った喪失感
2020年3月には竜ちゃんが「人生の師匠」と慕っていた志村けんが、新型コロナウイルス感染による肺炎で死去した。
竜ちゃんはその死の翌日、公式ブログで「メンバー一同呆然としております。プライベートや仕事で本当にお世話になりました」「これからコント番組を作る人がいなくなりました…」と綴っている。
2020年5月には、ウェブメディアのインタビューの中で志村けんの死について「悔しくて、悲しくて、寂しくて、今でも信じられない。人間、生きてこそです!」と竜ちゃんは語っていた。
しかし、2021年1月のラジオ番組では「1人でお酒を飲んでいると、志村さんを思い出して涙ぐみます」と話した。
そして、2021年10月頃には、上島さんの落ち込みが目に見えて激しく、心配した関係者は「自殺してしまうのではないか…」と心配してケアしていたほどだったという。
先月の4月25日に竜ちゃんはダチョウ倶楽部としてテレビ出演している。
竜ちゃんは、リアクション芸人のプロフェッショナルだったんだろう。いつまでも研究を怠らない。
繊細なリアクション芸人としての上島竜兵
家族のことをネタにする芸人が多い中で、竜ちゃんはあまり家族のことを語りたがらなかったという。
周りに気を遣い、自分は脇役だと控えめに振る舞う。コロナでブランクがある熱湯風呂の研究も怠らない。
そういう竜ちゃんの心はどこにあったのだろう。
老いと喪失
案外知られていないが、日本で自殺は高齢者に多く、男性の方が女性より多い。
厚生労働省と警察庁が今年3月に公表した「令和3年中における自殺の状況」によると、昨年1年間に自殺した人は全国で2万1007人だった。
https://www.mhlw.go.jp/content/R3kakutei-f01.pdf
自殺者のうち、50代以上が1万1478人と、全体の半数以上を占める。男性の自殺者数が女性の2倍近い。
自殺の原因は、家族の不和、家族の死亡、病気の悩み、収入減少などの経済問題など多様なようだが。
精神科医の香山リカ氏も、「60代の初老期うつ病というのはけっこう起きやすいものです」と語っている。
自分が思っている「私」のイメージが誰にもある。
そのイメージと老いて衰えて行く「実際の私」の姿にギャップが生まれる。自分のイメージが若いほど、あるいは老いのスピードが加速するほど、そのイメージギャップは埋められない。
それに「喪失感」が加わるとどうなるのだろうか?
精神科医の片田珠美氏はこう語る。
うつ病、うつ状態から抜けられないとき
誰にも老いはやってくるし、老いれば家族が亡くなることも多い。多くの人が「喪失感」を経験する。けれど、多くは自殺なんかしない。では、死を選ぶメカニズムというのはどういうものなんだろうか?
そのひとつが、生命を維持できるほど心が健康ではなくなるということがある。
うつ病やうつ状態だと、自律神経失調症と同様に身体症状と精神症状が表れる。
うつは、頭痛、腹痛、下痢、肩凝り、不眠症、食欲・性欲の減退、めまい・立ちくらみなどで生活が正常にできなくなる。
自律神経失調症では、不安や集中力の低下、関心・意欲のダウン、考えがまとまらないなどが症状に現れる。
正常な判断ができなくなるのだ。
さらに、うつ病だと妄想が生じることがあるとストレスケア日比谷クリニック院長の酒井和夫氏は言っている。
先日66歳で亡くなった俳優の渡辺裕之は、医者にかかり、自律神経失調症と診断され治療していたらしい。妻の原日出子がそうコメントしている。
竜ちゃんのことはよくわからない。
妻の広川ひかるのコメントには何もそんなことは書かれていない。
そういうコメントが発表された。
残された者もつらいだろう。
竜ちゃんの夢
竜ちゃんが何に悩んでいたのか?
ホントのことは分からない。
竜ちゃんは最初に東京に出たときに個性派俳優に憧れていたらしい。
高校卒業後、1年間アルバイトをしてお金を貯め、上京した。
劇団青年座研究所の試験に合格した。憧れの俳優は「顔が似ているからではないけど西田敏行さん」と言っていた。だが、1年後、母親が病気になり実家に戻ることに。
そんな竜ちゃんは、日本テレビのドラマ『真犯人フラグ』で謎の男・強羅役を演じた。
今年3月13日に最終回を迎えたにその『真犯人フラグ』では、上島竜兵のイメージにはない「怪演」が話題となった。
竜ちゃんは誰も見たことのない役のイメージが自分のなかにできたのだろう。長年の夢が叶ったのかもしれない。
イデアとしての「竜ちゃん」
ケツメイシの「友よ~ この先もずっと」のPVにダチョウ倶楽部が出演している。
3人の昔の写真や熱湯風呂やアツアツおでんを顔にくっつけるネタがケツメイシの爽やかなメロディーとともに流れる。
♫いい事ばかりじゃない、これまでの僕らの毎日に
♪今だからきっと言える、ホントありがとう 友よ
♩何十年先も君を 友だちと思っている
♬辛いときは何でも話してよ
♫いい事ばかりじゃない、この先の僕らの毎日に
♪今だからきっと言える、ホントありがとう 友よ
このビデオを見ると、笑えば笑うほど泣けてくる。
「辛いときは何でも話してよ」
肥後とジモンがそう言っているようだ。
この映像はいつまでも僕らの心に残る。
永遠の竜ちゃんのイメージとして。
高校を卒業するとき俳優になりたかった竜ちゃん。
ずいぶん遠回りしたけど、ダチョウ倶楽部でお笑い芸人として認められて、ドラマでの怪演も実現した。
諦めていた夢が叶ったのかもしれない。
人生の師匠として一番慕っていた人に先立たれた。
それは心のなかにぽっかり空いた穴みたいで、時が経っても埋まらなかったんじゃないかな。
でも、熱湯風呂も出川哲朗との仲直りのチューもまだまだやるつもりだったんだろう。
♫いい事ばかりじゃない、この先の僕らの毎日に
老いるのは悪くない。
呆けるのも、惚けるのも悪くない。
♪今だからきっと言える、ホントありがとう 友よ
上島竜兵の思い切りナンセンスで、あまりにもバカバカしいネタは忘れられそうにない。
永遠のイデアとして。
ありがとう、竜ちゃん。
安らかに。
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