前世からの愛なんて

高瀬 甚太

 「こんにちは。十七歳になったばかりの高校三年生、清宮あかりです」
 元気のいい明るい女の子だった。笑うと白い歯が光り、いかにも健康そうなその女の子の話を聞くことになったのには、ある理由があった。

 私が質問するまでもなく、清宮あかりは嬉々として話し始めた。
 ――中学三年生の三学期のことです。卒業式の前日、私、同学年の男子に体育館の裏に呼び出され、愛を告白されたんですよ。
 その男子は、「一年の時からずっと気になっていました。僕と付き合ってください」と顔を真っ赤にして私に向かって打ち明けました。クラスが別だったこともあって、その男子とは、これまで一度も話したことがありませんでした。驚きが先に立って、答えようがなくて、思わず、「ごめんなさい」と言って、私、その場を去りました。
 「がっかりしただろうね。その男の子は――」
 ――ええ、ひどくガッカリした様子で、まだ、何か言い足りなさそうにしていたけれど、私がすぐにその場を離れたこともあって、それっきりになってしまいました。
 私立の高校へ進学した私は、その頃には、告白された男の子のことなど、すっかり忘れていました。
 スポーツ高校として名高い高校でしたから、生徒は必ず何かスポーツクラブに所属しなければなりません。元々スポーツ音痴の私でしたから、どのクラブに所属していいか見当もつかず、ずいぶん悩んだ末、卓球部に所属することにしました。卓球が一番楽なスポーツに思えたからです。
 私は、小学校、中学校とクラブに所属したことがありません。他人と共同で何かをするのが苦手だったのと、スポーツをすることに対して恐怖心のようなものを感じていたからです。
 小学校、中学校と、同級生がクラブに励んでいるのを眺めながら、私はいつも一人で、ぼんやりと放課後の時間を過ごしていました。毎年開かれる、運動会や球技大会にも、仮病を使って欠席し、一度も参加したことはありません。
 とりあえず卓球ぐらいなら、と思って所属したものの、入部すると、その日から猛特訓が待ち受けていました。思わず逃げ出そうとしたのですが、クラブの先輩やコーチ、監督が許してくれません。
 体調不良などの理由を付けてクラブを休もうとしても、授業が終わると先輩やコーチが迎えに来て、有無を言わさず着替えさせられ、グラウンドを走るよう命じられるのです。少々の体調不良など、走っていたら勝手に治る、コーチや先輩はそう言いました。
 大学受験を目指していましたから、そのことを理由に監督に退部届を出したことがありましたが、監督は私が出した届けを目の前で破り捨て、『クラブ活動をしっかり出来ない者が、大学など受かるはずがない』と言って、練習に戻るように命じました。
 父や母に、泣きながら退部したいと訴えたことがあります。憤慨した父母は学校へ出向いて抗議をしましたが、逆に監督に言いくるめられ、私にクラブを頑張るようにと言い出す始末です。
 素振りの練習、足腰を鍛えるための練習、基礎練習が半年ほど続き、ようやく、他の高校との対抗試合に出場できるところまで来ました。
 この頃になるとさすがの私も退部をあきらめ、練習に励んだせいもあって、どうにかこうにか卓球選手としての恰好がつくようになっていました。
対抗試合に出場する選手を選抜するため、全員を一列に並ばせ、監督がそれぞれ対抗する選手を指定します。
 「清宮、藤井と試合をしてみろ」
 監督からそう命じられた時、私は思わず、
 「無理です」
 と叫んでいました。
 藤井和江は、一年生でありながらレギュラーとして活躍している卓球部のホープです。とても勝ち目はなかったし、コテンパンにやっつけられるのが目に見えていました。だからもっと力の接近した選手とやらせてほしい。監督にそう訴えました。でも、監督は私の気持ちなどおかまいなく、試合開始の笛を吹きました。
 観念した私は、ともかく、この半年間の成果を見せよう、そう思って、わずかでも抵抗できれば御の字だと思い、藤井選手と対戦することにしました。
呆気なく敗れるとばかり思っていたのですが、いざ戦ってみると、不思議なものです。藤井選手の強いサーブもよく切れたボールもよく見え、受け止められ、返すことが出来ました。逆に、藤井選手の強いボールを打ち返し、ポイントを入れることができたのです。
 ラケットを利き腕側の後方に小さく引き、斜め前にスイングして、体の斜め前で打球する。ごく自然にフォアハンドが出来るようになっていたのが不思議でした。また、利き腕の反対側に来るボールをバックハンドで打ち返す、そんな高度な技が自然に出て、終わってみれば、正選手の藤井選手とわずかな差で敗れるという接戦を繰り広げていました。
 「どうだ、清宮。やれば出来るだろうが――」
 監督の声が遠くで聞こえたような気がし、試合を終えた後も私は呆然と突っ立っていました。
 「清宮、すごいよ。藤井と互角に戦うなんて」
 仲間が私を称えました。
 私は嬉しかった。生まれて初めてだったのです。スポーツをやって喜びを味わえるなんて――。
 この時から私は卓球が、いえ、スポーツが大好きになりました。自信を持つことがこれほど大きく私を変えるなんて、これまで想像もしていませんでした
 卓球部の正選手として他校へ遠征試合に出ることが多くなったのは二年生になってすぐのことです。県大会が近づくと、それが度重なるようになり、近隣の高校から他県の高校まで日曜ごとに試合に出かけるようになりました。
 練習が厳しい分、監督は試験の成績にも厳しく、赤点を取るようだと試合に出場させてくれません。ですから部員はみんな必死でした。正選手のほとんどが学年でもトップクラスの成績を上げていましたし、私もそうでした。
クラブに勉強に励む私を見て、ハラハラしたのは両親でした。
 「そんなに無理しなくていいのよ」
 と、口癖のようにいいましたが、無理をせずに正選手でおれるほど私には才能がありません。テストでもそうです。適当にやっていい成績が取れるほど優秀な女の子でもありません。人の倍ほど努力しなければ――。この頃の私は、その思いが人一倍、強くなっていました。
 小学校、中学校と劇的に変わった私の生活ぶりを見て、驚いたのは両親だけではありませんでした。小、中の同級生も私の変身ぶりに驚きを隠せなかったようです。
 二年生になってすぐの月に、中学時代の旧友が集まって、恩師を囲む、同窓会のようなものが開かれました。その時、集まった数十名の同級生と恩師が私を見て、驚きの声を上げました。
 「どうしたの、清宮、その髪の毛と顔の色――」
 中学生時代の私は長くて黒い髪が自慢で、身体も細く、色も白く、いつも半病人のようでした。でも、現在の私は、その頃とはまるでイメージが違いました。
 長い髪の毛をバッサリ切ってショートにし、肌は毎日のようにグラウンドを走るせいで真黒です。
 「でも、今のほうがいいよ、清宮。とても健康そうだし、溌剌としている」
 恩師がそう言って私を褒め、旧友たちも同様のことを言いました。
 「矢倉くん、今の清宮を見たら、きっとびっくりするだろうな」
 旧友の女子の一人、佐倉真美が私に言うので、思わず聞き直しました。
 「矢倉くんて誰?」
 「あらっ、名前さえ憶えていないの。矢倉くん、かわいそう」
 真美は、冗談半分に泣くそぶりを見せました。わけがわからず、真美にもう一度聞き直しました。
 「教えてよ。矢倉くんて誰なの?」
 聞き覚えのない名前でした。クラスにもそんな名前の人はいなかった。
 「隣のクラスの男の子よ。もう忘れたの。清宮が振った男の子よ」
 それを聞いてハッとしました。そういえば中学を卒業する前日、体育館の裏に呼び出されて告白されたことがあった。名前もろくに知らない、話したこともない男の子だった。
 逃げるようにして断ったから、顔さえはっきりとは覚えていません。
 「矢倉くんが清宮に告白するって聞いた時、どれだけの女子がショックを受けたと思うの。私もその一人だったのよ」
 私は思わず「ごめんね。ごめんなさいね」と、真美に謝りました。
 「だって私、話したことのない男の子に突然、打ち明けられて、驚いてそのまま逃げだしたから何も覚えていないの」
 「いいのよ、あの頃は清宮に腹が立ったけれど、今はもう何も思っていないから」
 「その矢倉くんて今はどうしているの?』
 私が尋ねると、真美は、首を振って、
 「中学校を卒業してすぐに引っ越したわ。お父さんの転勤の関係だと聞いたけれど、以来、誰も矢倉くんの噂は聞いてないわ」
と、言います。
 ――どんな男の子だったのだろうか。何も思い出せない。
 私の困惑とは裏腹に、恩師を囲む同窓会の話題は次々に移り、みんなと別れる頃には、私はもうすっかり矢倉くんのことは忘れていました。

 恋や愛を現実のものとして捉えるには、中学三年生の私にはまだ幼すぎたのだと思います。高校へ入っても恋愛とは無縁でした。スポーツに勉強に必死になっていましたし、そんなことを考える余裕もなければ、そんな相手にも出会いませんでしたから。
 でも、私の周囲には、早熟の女子がたくさんいて、彼氏がいる女子も多かったし、平気で男性との性体験をみんなの前で語る人もいました。
 練習を終えて卓球部の女子全員が集まると、男の子の噂が飛び交います。卓球部の男子にも素敵な人はたくさんいましたから、クラブの中で恋愛が生まれたとしても決して不思議ではありません。現に私の友だちの伊東敦美は、三年生の先輩、御手洗一志と交際していました。
 「清宮は誰が好きなの?」
 敦美に聞かれた時、一瞬、戸惑いました。誰のことも特に意識していませんでしたから。
 「佐藤くんなんかいいんじゃない。彼もあなたに気があるらしいよ」
 彼氏の御手洗が言っていたと私に言いますが、佐藤くんと聞いても私は、あまりピンときませんでした。
 佐藤陽介くんは卓球部のエース的な存在で、私より一学年上の三年生でした。練習熱心で真面目で、キャプテンを務めるほど人望のある人でしたから佐藤くんを好きな人はたくさんいました。でも、なぜか私の胸はときめきませんでした。
 子供の頃、祖母に聞かされたことがあります。
 ――男と女の縁は生まれた時から決まっているのじゃ。よく赤い糸で結ばれていると言うじゃろう。あれはあながち嘘ではない。前世からの因縁で、その人と会った瞬間に胸がときめく、私もそうじゃった。おじいさんに会った時、「この人しかない」。そう思った。
 前世からの愛の縁、と祖母は言いましたが、その時は何のことかまるでわかりませんでしたが、今は何となくわかる気がします。その人に会った途端、ときめく何かがある。それがその人との前世の縁で、私の生涯の人かも知れない。そうかもしれないと思うことがありました。
 「敦美は御手洗くんと出会って、胸がときめいた?」
 と、敦美に尋ねると、敦美はキョトンとした顔をして、
 「どういう意味?」
 と、聞きます。
 「ドキドキしなかった? と聞いているのよ」
 「うーん、どうだったかな……。御手洗くんから申し込まれた時、ドキッとしたかも知れないけど、その時だけよ。でも、あれはときめいたドキッじゃなく、驚いたドキッといった方が正しいかも知れないわね」
 敦美はそう言って笑いました。
 ――前世からの愛の縁なんて古臭いのかしら。
 そう思いましたが、それでも私は信じていました。きっといつか、私の前にそんな相手が現れるって……。

 他県の高校が当校へ遠征して、試合が行われることになりました。二年生の夏のことです。夏休みも合宿や試合でスケジュールが詰まっていて遊びに出かける余裕がありません。それでも不満はありませんでした。自分でも少しずつ成長しているのがよくわかっていたし、先輩として後輩を指導する立場になっていましたから責任重大で、とても遊びなど考えられませんでした。
 その年の夏休みの終わり近くになって行われた試合は、私にとって特別な試合になりました。
 他県の高校からやって来たチームは、全国大会へたびたび出場している強豪チームです。秋に行われる全国大会の優勝候補と目されているようなチームでしたから、うちのチームなんかが太刀打ちできるかどうか疑問でしたが、監督はせめて一矢報いたいと言い、私たちに檄を飛ばし、惨敗だけは避けたいと言いました。
 先鋒を務める私は、負けられないプレッシャーでガチガチになっていました。相手は三年生で、小柄な体格をしていましたがいかにも俊敏なイメージのする女子です。
 審判の合図で試合が開始され、ボールを手に持った途端、不思議なことにそれまであったプレッシャーから急に解放されたのです。それと共に体全体の力が抜け、集中力が増しました
 試合は一進一退のままデッドヒートを続け、最終的に二対二で最終セットまで進みました。でも、力の差は隠せず、最終セットで10対5とリードされ、相手にマッチポイントを握られてしまいました。
 これまでの私なら、二対二までこぎつけたことに満足し、リードされたところで、あっさり試合を捨てたと思います。でも、この時の私は違いました。
 これまでの苦労、練習で培った技術、さまざまなことが脳裏を過り、絶対、負けたくない、そう思ったのです。
 のほほんと待っていたら何物にも出会えない。死力を尽くして頑張れば、きっと何か、幸運に出会えるはず――。
 人生はすべて自分の力で掴み取るもの、与えられるだけの人生は悔いを残す。
 一球、一球に精魂を傾け、みっともないほど必死になって勝負にしがみつきました。
 その結果、10対5から10対9までこぎつけることができました。
 大勢の観客が周囲に集まり、私の試合に注目しているのがよくわかりました。でも、なぜか、監督の声もクラブの部員の声も聞こえてきません。まったくの無音でした。
 ――ここまでやったんだ。負けてもいいんだぞ。
 閉ざされた無音の中で、なぜか、そんな声が聞こえてきました。
 でも、私はその声に耳を貸しませんでした。最後の最後まで全力を出し切らないと相手に失礼だ。そう思っていましたから――。
 右に左に相手を翻弄し、ボールが浮かび上がって戻って来たところで、私は全身全霊を込めてスマッシュを打ちました。それが決勝点になり、私は辛くも勝利したのです。
 先鋒の私が思いがけず勝利したことでチームが勢い付き、とてもかなわないと思っていた相手チームに三勝二敗で奇跡的な勝利を挙げたことは、私にとっても私のチームにとっても一つのエポックとなりました。その後、全国大会に県代表として出場を果たすことが出来たのも、この時の試合があったからだと思うからです。
 同時に私は、エポックとなった大会のこの日、自身の人生にとって、最も大きな出会いを果たしました。
 試合が終わり、勝利の余韻に浸っていた私の目の前に、突然、その人が現れたのです。
 「お久しぶりです。おめでとう」
 と言って相手チームのユニフォームを着た男子が私の前に立ちました。
 エッと思った私は戸惑いました。敵チームの選手に声をかけられたことなど、それまで一度もなかったからです。
 「見かけは変わっていたけど、すぐにきみだとわかったよ。また、出会うことができて嬉しいです」
 すぐに誰かはわかりませんでした。でも、なぜか、その人をみた時、胸がときめいて、そのときめきはしばらく止みませんでした。
 「中学で同学年だった矢倉です。中学校を卒業してすぐに父の仕事の関係で他県に転居して、きみにはもう会うことはないだろうな、とあきらめていました」
 ――矢倉くん。
 体育館の裏で私に気持ちを打ち明けてくれた矢倉くん……。あの時、ろくに顔もみていなかったけれど、あの頃より背がずいぶん伸びて、体格もがっしりしているように見えた。
 目を合わせると、ときめきはさらに激しくなりました。
 ――男と女の縁は生まれた時から決まっているのじゃ。よく赤い糸で結ばれていると言うじゃろう。あれはあながち嘘ではない。前世からの因縁で、その人と会った瞬間に胸がときめく、私もそうじゃった。おじいさんに会った時、『この人しかない』。そう思った。
 祖母の声がよみがえってきます。
 一度、失いかけた赤い糸が再び結ばれた。その時、私はそう思いました。
 ――これはきっと運命だ。おそらくこれも前世の縁なのだろうか。
 矢倉くんがそっと伸ばした手を私はたどたどしく掴みました。もうきっと放さない。そう思いながら――。

 彼とは今も遠距離交際を続けています。二人とも来年は大学入試が待っています。同じ大学へ進学するつもりで共に励まし合いながら懸命に頑張っています。いつか彼と結ばれる日を心から願っています。

 「前世の愛」、私がその少女の話を聞こうと思った動機が、その言葉にあった。古めかしいと思えるその言葉を聞き、興味を持ち、雑誌の企画でその機会を得た。若い娘の口から出たその言葉は、決して古めかしいものではなかった。私もまた、彼女と同様に、前世の愛、それを感じて、現在の妻と結ばれたのだから――。
 彼女の話を聞けてよかったと思った。「前世の愛」は、私だけでない、彼女にも、そして今を生きる多くの男女に等しくある。その確証を今日、得ることができた。
<了>

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