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いざ、黒歴史にタイムスリップ

大前粟生さんの「きみだからさみしい」を読んだ。
買ったきっかけは正直、パケ買いだ。

自分の大好きな信頼のおける本屋に置いてあるという前提もあるが、その中でも男女が身を寄せ合う様子が淡いタッチで描かれた表紙絵と、「きみだからさびしい」というタイトルに惹かれて思わず手に取った。

表紙絵とタイトルから、そこに人との深い関わり、男女の恋愛を超えた何かが垣間見えそうな気がして興味が湧いて購入に至ったのだった。

完読後、おおよそ最初に持っていたイメージと異なる部分はなかったが、ただここまで生々しくて、現代的で、誰の記憶にも重なる物語はないと思った。

この物語は、
・愛の多様性を知りたい人
・コロナで身近な大事な人の存在に気づいた人、もしくはコロナで人と距離を取るようになってしまった人
・全力で恋をしたい人、もしくは過去全力で恋をしたことがある人
におすすめしたい。


この物語を語る上で、まず主人公の「町枝圭吾」について紹介する必要があるだろう。町枝圭吾を一言で表すと、「良くも悪くも人たらし」だ。
誰に対しても当たり障りなく接することのできる20代半ばの少年で、鬱陶しいほどの情熱もなく、だからと言って人生に絶望しているわけでもなく、皆んなに平等に常温で接することのできる人たらし。
でも一切本人に悪気はないし、ピュアで真面目なので人を惹き寄せる。

その癖がないとも言える柔軟性もあってか、BL好きな腐女子、ただの友達かと思ってたら自分のことが好きだったゲイの男子、孤独を愛するストイックな女子など、常に個性的なキャラクターに囲まれ、愛されている。

この物語のテーマの1つは「愛の多様性」だと勝手に思っているが、人たらしの町枝圭吾目線で描かれるからこそ、全てが肯定的で、自分が経験しなくても身近にあり得そうに思えてくるから不思議だ。

町枝圭吾は相手が誰であろうと、どんな性癖を持とうと、自分なりにそれを汲み取ろうとして、理解しようとして、相手に寄り添う。でも繰返しになるが、本人は至って悪気はない。大真面目に向き合っている。全くの人たらしだ。
人たらしって、相手に偏見を持たないし、性別を超えて1人の人間として向き合っている。だから、たらせるのだ。

個性的なキャラクター達はそんな圭吾についつい心を許してしまう。この人なら全てを話しても良い気がして、全てを受け止めてくれそうな気がして、まんまと心を開いてしまう。

実は自分の周りにいる人が、同じような悩みを抱えていて、アイデンティティに苦しんでいるかもしれない。自分が引き出せない他人の秘密を町枝圭吾が代わりに引き出してくれているようだ。


ここまでの内容からすると町枝圭吾が悪人のように思えてきてしまうが、町枝圭吾に悪気はない。平等で、常温なだけだ。

そんな町枝圭吾が常温を保てないほどの恋をした。その相手が「あやめさん」という魔の存在だ。
何故「魔」なのかというと、町枝圭吾以上に人たらしの天才だからだ。それに加えてあやめさんはポリアモリー(お互い合意の上、複数の人と同時に付き合う人)であることを告白してくる。厄介だ。こういうタイプは好きになったら最後、好きになった方が負けなのだ。

今まで無意識に色んな人をたらしてきた町枝圭吾も流石にあやめさんにはお手上げだ。さすがに町枝圭吾のキャパを超えている。

この物語は最初から最後まで町枝圭吾のあやめさんに対する一方的な気持ちが描かれている。自分のものにできない苦しみと、あやめさんと関われる喜びがジェットコースターのように交互にやってきて、常に心を揺さぶれている。何をしてもあやめさんのことが頭から離れない、あやめさんへの承認欲求が止まらない。

待って、恋してる時の人間ってこんなに気持ち悪かったのか。
あの常温平等が売りの町枝圭吾が乱されまくってるじゃないか。
そして、、、これいつぞやの私じゃん、、、

同族嫌悪を感じるほど、恋に夢中になる町枝圭吾が過去の自分に重なる。
今年31歳になるが、意図せず20代の黒歴史がフラッシュバックした。
私はノンケとノンケの恋愛しかしたことがないが、町枝圭吾はノンケとポリアモリーの恋愛なんだから、もっと苦しいんだろうな。

話変わるが、この物語は現代社会とリンクしていて、コロナになってから在宅が世の中的にスタンダードになる背景もしっかりと描かれている。
そしてそんな時代だからこそ町枝圭吾は改めてあやめさんがどれだけ大事なのかを痛感するのだった。

人たらしでポリアモリーって、人によっては最低に見えるかもしれないけど、町枝圭吾にとってあやめさんは天使であり、聖母なのだ。(そしてあやめさんにも悪気はない)コロナによって、どれだけあやめさんが大事な存在なのかがくっきり浮き彫りになった。現代人にとってこれだけ共感できる表現はないと思う。


ネタバレになるので最後がどうなるかまでは言いたくないが、苦しみもがきながらもあやめさんと向き合い続ける町枝圭吾はやっぱり良い奴なんだと思う。
決して相手を悪く言ったり、相手のせいにしたりしない。相手には相手の考えがあるという前提のもと、そこにどう自分が関わっていけるのか向き合い続ける。

前半は大学生の延長線上のような人物だと思っていた町枝圭吾が、後半なんだか輝いて見える。ああ、この人が好かれる理由はここにあるんだろうな、と思えてくる。ここまで人の本質を暴き出し、裸の心を成長させてくれるのが恋愛だ。良い恋愛をしていればしているほど、良い成長がついてくるものだ。

この物語にもっと早く出会えていれば良かった。町枝圭吾のような突き抜けた真っ直ぐさ、ピュアさ、考え抜く力が自分にもあったら、過去の恋愛や人生の展開も違っていたのではないか。

いや、むしろ今出会えたから良かったのかもしれない。結局恋愛も人と人との関わり合いで、繊細で、もろくて、めちゃくちゃ難しくて、めちゃくちゃ素晴らしく、尊いものだということを町枝圭吾が教えてくれる。
拗らせまくった情熱を呼び起こしたい人は、是非今から出会ってほしい一冊だ。




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