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ASDと診断されてラインを下げたこと

ASDと診断される前は、「これはできなければいけない」「みんなうまくやっているから自分もできて当然」と、何事に関しても人と比べて考えていました。
しかし、今思うと、普通の人にとっては頑張れば乗り越えられても、私にとっては限界を超えた状態で常に無理矢理やっていたと思うこともたくさんありました。
そこで、ASDの診断を受けて、今まで苦戦していたことを見直し、心に余裕を持った生活を送るために工夫していることを紹介したいと思います。

・正社員にこだわらない

幼稚園から高校までクラスで孤立しながらも不登校にならずに粘り強くやってきたし、性格もまじめだし、大学も卒業しているので、待遇の良い職場で生涯正社員として雇ってもらえると思い込んで生きていました。
しかし、現実は違いました。

・新卒での就職活動で一年経っても一か所も一次選考が通らなかった
・重労働かつ待遇が低いと言われる福祉業界に卒業ギリギリで正社員で内定が決まった
・その後いくら本気で頑張って働いても月の手取り額がせいぜい15万円いけば良い方だった
・そもそも業務というより人間関係をはじめとする環境が地獄だった

そこで、今よりも待遇の良い職場で働きたいと思い、転職活動をしましたが、内定先が決まらず苦労した挙句、ようやくの思いで内定をもらった職場に妥協して就職するという繰り返しでした。
結局、正社員でも初任給は一般的に言われる新卒以下で、職場での人間関係にも生活費のやりくりにも疲弊する毎日に変わりありませんでした。
そうこうしているうちに、最終的に適応障害を発症したことをきっかけにASDの診断も受けたのですが、自分にとっては、待遇の良い職場で働かせてもらうことが難しいことや、転職活動はただのリスキーな行動であることに、そこでようやく気付いたのでした。
ASD特性やコミュニケーション能力の低さによって、自分が発しているオーラにも確かに問題はあったとは思うのですが、集団に属してまじめに行動しているのに低賃金で良くない扱いをされて疲弊するのであれば、「無理に集団に属さなくて良い」「今までの年収を考えるとアルバイトを掛け持ちしても同じ」「正規雇用じゃない働き方をしている人もたくさんいる」と、自分の仕事観について広い視野で考えられるようになりました。
その結果、気持ちに余裕ができて、未経験の業界を調べたり資格取得のための勉強に取り組む行動に繋がったことは、「ブランクなしで正社員じゃないといけない」とこだわり続けていた自分の中で、大きな変化だったと思います。

・クレジットカードをやめた

社会人になってからは、私も普段の食料品や生活用品の購入を含めてクレジットカードを使っていましたが、問題だったのが、低収入であることがわかっているのに、月の請求額が10万円を超えてしまうことが多々あったことです。
スマホで明細が見れるし、限度額の設定ができるのに、金銭管理ができないのは自分の甘えのせいという思い込みと、クレジットカードを持たないことは大人として失格という思い込みもありつつ、手元に現金が残らないカツカツな生活を送っている中で、クレジットカードを使えば、翌月払いで必要な支払いができたので、そのまま持ち続けていました。
ここで、私がクレジットカードを手放す決心をしたきっかけが、ASDの診断を受けたことでした。
普通の人なら努力でやりくりできることが、結果自分はできなかったと納得したこともありますが、「正社員にこだわらない」でお話ししたこととも関連していますが、低収入の生活から抜け出すことが難しい事実を受け止めたこともあります。
低収入の状態でクレジットカードを持つことが、シンプルに危険ということです。
そして、今思うと、現金と違って使用金額が目に見えないものだった上、現金・クレジットカード・預金口座と、複数のことを管理することが難しかったのだと思っています。

・友人や恋人がいないことに悲観的にならない

そもそも、自分と近しい人との関係性の感じ方が、学校のクラスメイトや職場の同僚くらいの感覚で、親友や恋人という自分独自の深い関係性が自然に作られるということを理解できずにいました。
それでも、自分なりに相手に愛情や敬意を持ち、コミュニケーションを深めていく努力はしてきたのですが、仲が良くなって連絡を取り合うようになった存在ができたと思ったら、同性であれば宗教勧誘が目的だったり、異性であれば遊び目的だったということもあって、なかなかうまくいきませんでした。
そういった経験から、自分の身を守るために、「他人を過剰に警戒する」という形で、自分の中で人間関係を構築することをさらに困難にしていきました。
人と関わらないことがストレスなのか、人と関わることがストレスなのか、私にとってどちらの比重が大きいか考えた時に、どう考えても後者なのですが、人間は情緒的コミュニケーションありきで生きていくべきという風潮の中で、ストレスの限界を超えても、自分の価値観を変えて適応しなければいけないと重荷に感じながら生きていました。
そんな中で、ASDと診断され、脳の人間関係の構築を司る部分に障害があったことでそれが困難だったと気付いて、急に肩の荷がおりた記憶があります。
「言われたことを真に受けてしまう」という特性で相手の都合の良いように利用されやすいリスクも大きくなるし、「白黒思考」「相手を立てられない」「愛嬌がない」という特性で人から愛されにくいということに納得したのです。
そして、今まで限界を超えて心身を酷使してきた自分をまずは大切にしようと考えるきっかけにもなり、無理をして自分の特性に逆らわずに、一人で生きる時間が多くても良いと考えられるようになりました。
人と関わることが大きなストレス→でも人と関わることこそが正義なので無理をする→空回りしてうまくいかない→人生悲観、のスパイラルから抜け出せたという感じです。

・ASDと診断されてもラインを下げなかったこと(番外編)

困難が多い特性は持っていますが、それでもラインを下げなかったことがあります。
それは、働くなりして自分の力でお金を稼いで自立したいという意志を変わらず持ち続けることです。
正直なところ、生き延びるために、家族も含めて他人に気に入られるようにふるまう(すがりつく)という方法は、人生経験上、おそらく私には継続が難しいと考えています。
しかし、それはマイナスな意味ではなく、ASD特性を持ちながらも、幼少期から普通の人たちと同じ土俵で頑張ってきた実績があるため、安定した手法を取得すれば粘り強く実践していくことに関しては、自分を信じてあげられているという意味です。
現時点では、生計の立て方が完全には決まっているわけではありませんが、アルバイトやフリーランスなどいろいろな可能性があることに、前向きな気持ちになれるようになってきています。


今までやってきたことのラインを下げるというと少しマイナスなイメージを抱きやすいですが、ASDと診断された上で、自分のキャパを超えて無理をしない方法を考えることは、できるのにやらないこととは違います。
加えて、ASDの人の困りごとは外からはわかりづらく、今の時代はまだ、理解や支援を受けることも現実的に難しいと実感している中で、日常生活の中で自分を守ることができるのは、まずは自分自身であることは確信しています。
そこで、私がASDの診断を受けて見直した考え方を紹介しましたが、そもそも、こんな風に物事に関して固く考えずに、もっとゆるく考えられるようになることが、自分の今後の課題だと思っています。
今悩んでいる皆さんの生活も、より良いものとなるよう、願っています。

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