ビデオ・カウボーイとリアル・カウボーイ
『だから僕は、ググらない。』という本に、「ビデオ・カウボーイ」というキャラが紹介されている。
だがしかし、彼はホンモノのカウボーイではない。ダジャレだ。残念なことにYoutubeを探しても映像は見当たらない、さすが某局は管理がきっちりしている。
それはどうでもよい。
本物のカウボーイを知るには、前田将多氏の『カウボーイ・サマー』がオススメだ。
大企業に勤めていた著者が一念発起し、退職してカナダの牧場へひと夏のカウボーイ修行に旅立つ。あとがきで「僕の実に個人的な物語をお読みくださいまして、ありがとうございました。」と書かれているとおり、名所史跡を巡るでもなく、ひたすら現地の牧場の仕事と生活の記録が書かれている。
興味深い記述が満載で、たいへん貴重な記録である。
特に、農畜産業の関係者が書いたのではないところが、この本の素晴らしさだと思う。憧れの世界に接する言葉の新鮮さ、慣れない作業に戸惑う感情、目前に迫る生命のあり様への純粋さが胸に響く。
一カ所にスシ詰めにされる牛たちを見て「まるで人間のようだった」というのは、まさに都会に住む日本人の感覚だろう。
「カウボーイの仕事は先々を見据えて今動く、終わりのない作業の繰り返しです」という言葉は、農畜産業や林業、漁業の従事者には当たり前のことに聞こえるだろう。短いスパンで生馬の目を抜くコンクリートジャングルのビジネスマン(我ながらすごい表現w)からみるとこれほど新鮮なのかと思った。
また、北米の牧畜業のなりたちや、その中で培われたカウボーイ文化なども実際の体験を通じて語られる。当地の精神に今も息づいているものが感じられる。先住民の歴史など明るい側面だけではないその描写からは、私の住む北海道の開拓史をも想起させれた。
何より、「カウボーイ」という職業が今も存在することに驚く。端的にいえば畜産業なのだが、馬に乗っての作業がなお現役であり、投げ縄やロデオといった実用技術も地域の文化を兼ねた形で継続されているのだ。
著者のツイートから、この旅の一日目は7月15日だと知った。せっかくなので、7月15日から、記録に従い1日ずつ読み進め、昨日読み終えたところである。この読み方は大正解だった。おかげで、毎日、カナダの「今」をリアルに想像しながら、驚きや苦労を分かち合った気分で、ともにひと夏を終えたような心持ちだ。何もしていないくせに。
※奇しくも同日、職場でクールビズ終了の通知があったので、本当に夏が終わった。
個人的な感激ポイントとして、カナダの牧場主が、肉牛生産の傍ら、広大な農地の一部に小麦やナタネなどの穀物を栽培し「副収入」としているという記述に釘付けになった。
カナダで8月末まで収穫しているのは春まき小麦である。サスカチュワン州を含むカナダ中西部地域の春小麦は結構な量が日本に輸出されているはずである。特に、パン用強力粉原料としては世界最高級とされる。その生産現場の実態が生産者側からの視点で書かれているものは初めて見た。ちょっと、いやけっこう、すごく興奮した。
今朝の食パンがカウボーイたちの「副収入」だったのかもしれないと思うと、感慨深い。
カナダの気象は、北海道のオホーツク地方とよく似ているようだ。違いがあるとすれば、オホーツクよりも気温の低下がさらに早そうといったところか。
カナダは遠いけど、国内でそれっぽい雰囲気を感じてみたい場合は、女満別空港か中標津空港に降りたって、オホーツク海へドライブしてみるのが良いかもしれません。と、強引に北海道の観光案内を入れてミル・マスカラス、ドスカラス。
連ドラのように毎日少しずつ楽しんできたので、読み終えた翌日はちょっとした「カウボーイ・ロス」となった。いま、けっこう寂しい。
また来年読もうかな。