【続・万博反対論考】メガイベントへの〈対抗の世界地図〉を描き出すために/神戸大学准教授・原口 剛
神戸大学准教授 原口 剛
本紙11月5日号1面で書いた万博反対論考から、さらに展開をしたい。
350億円もの資金を投じたうえ、しかも期間後は解体するという大阪・関西万博の木造リング(大屋根)建設は、このイベントの無謀さを象徴するプランとして批判を浴びている。この批判をかわすべく、吉村洋文知事は一転して「リング」を保存すると言い出す始末で、橋下徹に至っては、「雇用を生み出す経済対策なのだ」と強調しはじめた。
かれらの言葉からも分かるように、つまるところ万博とは土建プロジェクトだ。戦後日本は、必要のない道路や橋やダムを、「雇用創出」の名目で造りつづけ、豊かな自然や環境を破壊し続けてきた。維新政治のやり口は、旧来の土建国家のやり方とほとんど変わらない。あるとすれば、やり口がかつて以上に恫喝的であるぐらいだろう。
こうした建設プロジェクトの暴走は、なにも大阪に限ったことではない。デヴィッド・グレーバーはこの資本主義社会における現象を「とち狂った建設」と呼び、こう語っている。「かれら〔世界各国の首脳〕は、まさに金融緩和の乱発によって大金を注ぎ込み、この手の完全にとち狂った建設を築いているのです。そして、これを推進している人間は、ほとんど常に右翼ポピュリストです。」(『福音と世界』2022年1月号、38頁)。グレーバーが指摘する世界的傾向は、確かに維新政治に当てはまる。ならば、万博に抗議する私たちの声は、資本主義への世界的な対抗の一端といえるだろう。
「とち狂った建設」は、万博や五輪といったイベントの中身とは無関係である。万博や五輪のようなメガイベントのために開発が立ち上げられるのではなく、「はじめに開発ありき」のケースがほとんどである。大規模開発のもくろみを正当化する「目くらまし」として、メガイベントはでっち上げられる。何かといえば、経済効果が強調されることが示すように、推進者たちの眼に映っているのは、メガイベントによって焚きつけられる開発が生み出す利益である。
このような開発のやり口が世界規模で行われているとすれば、メガイベントへの抵抗も地球規模にあふれている。15年に開催されたイタリア・ミラノ万博では、スローガンを「地球に食料を、生命にエネルギーを」としながら、貧しい労働者やマイノリティが都市の「品位」を損なう存在として攻撃された。路上での売買、物乞い、グラフィティ、飲食やたむろすることさえ、品のない者として見せないために罰せられた。それらの暴力への抗いは、ウェブサイト「反ジェントリフィケーション情報センター」にて読むことができるので参照してほしい(北川眞也「大都市化するミラノに抗する」―「反万博の会」で検索)。
蓄積されてきた反開発の怒り
「バベルの塔」を解体しよう
また、万博よりも多くの国の注目を集める《五輪》というフィールドでは、対抗の世界地図もいっそう鮮やかになる。『反東京オリンピック宣言』(小笠原博毅・山本敦久編、航思社、2016)や『現代のバベルの塔 反オリンピック・反万博』(新教出版、2020)を手に取ってほしい。16年夏季五輪が開催されたブラジルのリオデジャネイロでは、「浄化」の名のもと軍事作戦が展開され、多数の死傷者を出しながら、貧民の住まい「ファベーラ」が破壊された。これに対する抗議は街全体に広がり、「民衆蜂起」と呼ぶべき状況を生み出した。
また20年(21年)の東京オリンピックで、公営住宅の立退きや野宿者の追い出しを、行政などがむき出しの敵意と暴力で強行したことは記憶に新しい。「反五輪」のたたかいは、直接行動の力でメガイベントや開発の暴力性を暴き出し、世界各地へと発信していったのだ。
いま万博を窮地に追いやっているのは、物価高などではなく、メガイベントのたびに沸きあがっては蓄積されてきた抗議の力によるのではないか。そして、今の私たちに問われているのは、メガイベントをでっちあげ、開発を推し進める無謀に、しっかりと抗うことだ。それができれば、同様に抵抗する世界の人たちと連動し、開発だけではない経済や暮らしの地平を開くことも可能だろう。
そう考える時、今ひとつ強調したいことがある。大阪という都市は、取りつかれたようにメガイベントに執着し続けた過去をもつ。忘れてはならないのは、それらのイベントは絶えず抗議の声にさらされ、そこに抵抗の伝統が積み重ねられてきたことだ。私たちが受け継ぎたいのは、断じて土建プロジェクトの遺産などではない。そのような「バベルの塔」を解体しようとした民衆の伝統をこそ、継承したいのだ。
デヴィッド・ロルフ・グレーバー(英: David Rolfe Graeber,1961~2020):人類学者で「負債論」などの著作で知られる。「とち狂った建設」とは、「Bad Shit Construction」の和訳であるが、「ブルシットジョブ」(くそくだらない仕事)という言葉を作ったことでも有名だ。
(人民新聞 2023年12月5日号掲載)
前編はこちらから:
【原口剛:世界のメガ・イベントに終止符を】万博の歴史から紐解く 釜ヶ崎労働者らの人柱化と「浄化」という名の排除
https://note.com/jinminshinbun/n/n748368d0b96a
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