貝塚おとぎ草紙 第2話「権九郎ぎつねとお地蔵さん」後編

貝塚寺内町の歴史や説話等をモチーフにした、創作おとぎ話シリーズ。第2話、イタズラ子ぎつねの権九郎のお話の後編です。まちの人々を困らせていた権九郎は、とうとうお地蔵さんに懲らしめられますが…。貝塚市南町在住、和田春雄さんの原作、挿絵は油谷雅次さんです。

 しばらくすると、お堂の周りには人の気配もなくなり、聞こえてくるのは葦の葉を吹き抜ける風の音だけになっていました。その時ゴソゴソと、お堂に吊られた提灯が揺れ動きだしたではありませんか。「ああ、やれやれ。一時はどうなることかと、冷や汗びっしょりかいてもた。しめしめ、やっと追っ手をごまかせたな。さあ、腹も減ったし、家へ帰ろか、えいっ。」権九郎の声がします。ゴトゴト…「あれっ、変やな?」ゴトゴト…「えらいこっちゃ、元の姿に戻れへん…。どないしょう。」よく見ると提灯の紫の房だけが、子ギツネの尻尾に変わっています。大提灯に化けて隠れていた権九郎ですが、その提灯から元の子ギツネの姿に戻れなくなってしまいました。何度やっても、提灯の房の尻尾が風に揺れるだけで…。

 「アッハッハッ。このイタズラギツネめ、悪さばっかししてるよってに、バチが当たってしもたんや。かわいそうになぁ、アッハッハッ。」それまで黙って立っていたお地蔵さんが、大笑いしながら言いました。その声に、権九郎は「ああ、びっくりしてもうた。お地蔵さん、笑ろてんとオレをここから降ろしてぇな。頼むさかい、このとおりや。」と、提灯の姿のままお地蔵さんに言い寄ります。「さあ、どないしょう。悪さする子には、お仕置きせんならんさかいなぁ。」お地蔵さんは動じません。「フン、イケズ、ケチ、もう頼まんわ。」権九郎はプイっと横を向いて、やせがまん。でも本当は、ぶら下がっているうちに4本の足が痺れ、痛くてたまらなくなってきました。それに、お腹もグーグー鳴ってきて、目からは涙があふれだしました。
 そのまま一夜が過ぎ、やがて東の空が明るくなりかけます。コケコッコーと一番鶏が起きだすと、ヨネばあちゃんがお参りにやって来ました。「ナンマイダブツ、今日も一日、町のみんなをお守りください。大けがをした孫兵衛さんとおキヨさんが、早う治りますように。早う悪ギツネが捕まりますように。ナンマイダブツ、ナンマイダブツ。」ヨネばあちゃんが長々とお地蔵さんにお参りして帰ろうとした時、頭にフワーと権九郎の尻尾が当たりました。「これなんやいな、こんなん、きのうあったかいな。」ブツブツ言いながら、ヨネばあちゃんは帰っていきました。

 ばあちゃんの唱え事を聞いていた権九郎は、ドキッとしました。今日まで、さんざんイタズラしたけど、お人に怪我をさせたことはなかったからです。「えらいことしてしもた。そんなつもりなかったのに。どないしょ…。お母ちゃんがいつも言うてたなぁ、『親の言うこと聞かんと悪さばっかりしてたら、そのうちバチあたるで』どないしょう、えらいことしてしもた。町の人に捕まったら、きっと殺される。家にいんでも、きっとごっつい怒られる…」そう思うと、権九郎の目から大粒の涙がポタポタと流れ出し、ついには大声で泣き出してしまいました。
 それを見ていたお地蔵さんは「おまえのお母ちゃんはなぁ、毎日ここへ来てなぁ、お前が心の優しい世の中のためになる子になるように祈っとったぞ。権九郎が心の優しい子になると、この私に誓うんなら、助けてやっても良いが、さぁどうする」と言いました。「ええっ、こんな悪さをしたのに助けてくれるんですか」権九郎は泣くのをやめて、真剣な顔でお地蔵さんに聞き返しました。「ああ、約束を守るんなら助けてやろう。それと、これからは私がおまえのお父さんになって、いろんなことを教えてやる。必ず、心の優しい素直な子になるんやで。」「はい、約束は必ず守りますから、どうかお助けください。」お地蔵さんが笑ってコックリうなづくと、権九郎の姿はもとの子ギツネに戻っていました。

 権九郎は、お堂のまわりをピョンピョン飛び跳ねて喜びました。そして早速、お地蔵さんといっしょに、孫兵衛じいさんとおキヨばあさんに謝りに行きました。町の人たちにも二人で謝って回り、やっと許してもらえたのでした。それからというもの、権九郎ギツネは、困っている人の手助けをしたり、お地蔵さんに字を習ったりしました。一生懸命に勉強して、難しいお経の本も読めるようになったのです。権九郎は、ずっとお地蔵さんとの約束を忘れることはなかったのでした。

 おしまい

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