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徒歩圏内で日常の買いものがふつうになるとしたら…以前のくらしはなんだったのか


はじめに

 ひっこして11日目。つくづくべんりな場所だなと思う。知っているようで知らなかったことばかり。たとえばほんの数日まえには家からあるいて2分ほどの場所にスーパーができていた。おとなりにはおしゃれなカフェや菓子店がならぶターミナル駅の目のまえ。

気づくのがおそかっただけですでに何か月もまえにオープンしたらしい。この街はいったいどれだけひらけていくのか。ひっこすまえの郊外の家では同系列の店まで行こうとすると3駅さき。ようやく来た列車に乗り降りし、そこからさらにあるいて20分。往復に午前か午後がつぶれるほど時間がかかることを思い出し、べんりさの格差を思い知る。

きょうはそんな話。

未知のせかい

 この街のひろがりは数回のさんぽぐらいではつかめない。そうわかったのは2日まえ。なるべく歩いたほうがいいと思い、いつもは通勤帰りにくるまでたちよるスーパーや生協まであるいた。家からどのくらいの距離か、時間はどのくらいかかるのか感覚を修正するこころみ。

その結果、予想以上にちかく。かえって混雑ですすまないくるまにたよるものだから、距離感覚をつかめないまま20年もすごしていたわけ。

いちどでもあるけばその実態がわかろうものなのに郊外住まいのころはやろうとしなかった。中山間地の以前の家からここへ、あるいは職場のある中心街からこの店へくるまでむかうと、店にたちよるだけでほかにはいかない。点の情報だけでそれらのあいだのむずびつきやそのあいだの情報は欠落したまま。やっぱりあるいて実地でたしかめてようやく知れる。

郊外での鉄道の料金も障壁に。地方交通線なのでこの街やさらに中心市街地に出るには往復するだけで1000円ほどかかっていた。

さまがわり

 そして今回住みはじめた街。中心市街地から電車で数駅、くるまで15分ほどの最近ひらけたエリア。ほんの十数年前まではひなびた駅のまわりの旧街道ぞいにシャッターをおろした店のあとがならぶばかり。家々がとぎれると広大な田畑。駅に列車が停まるとしずけさのなか、レンゲが咲きひばりが高く鳴くのどかな風景。

ところが一転して田畑は住宅へ、さらに駅まわりの区画整理がすすむ。駅とその周囲の一画をすべてとりこわしはじめた。それをきっかけにつぎつぎとその周辺はもじどおりの将棋だおし。あれよあれよというまに見違えるほどの街にうまれかわった。

こんな変わりかたはいまからさきこのクニで、しかも地方都市ではたしてどれほどできるだろう。ここもおそらくすいぶんまえから交渉してようやく着手できたはず。そのまえのはなしあいがはじまったのはさらにまえ、うっかりすると50年単位かもしれない。

そうなると

 これからさきこうした街を社会資本として蘇らせるのはなかなかむずかしいと思う。中心街を核にちんまりくらす「コンパクトに住む」構想はできても、いざそれを実現しようとなるとべつ。

そこに住んできた個々人がそれぞれ人生のさきざきまで見すえて落ち着ける居場所を確定していかなければならない。それには納得ずくでしかもそこそこのべんりさとそれまでのさまざまな交流をなるべく温存するかたちがのぞましい。

たとえばいちばんちいさな字(あざ)とか集落とか長年つづいたご近所づきあいの多くが受け継がれれば…。きりがないし、しがらみやあつれきが…。

おわりに

 このたび住みかえて思ったのはいちどこのべんりさにどっぷりと首まで浸かってしまうと、もうもとへはもどれないとかんじたこと。とくに齢を重ねてからはそう。病院やたべものは手にはいる。さまざまな日用品をあきなう店も目のまえにある。

でも、そこに住まうにはそれなりのコストがかかる。それをなんとかしないと。まだまだくふうの余地がありそう。


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