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最先端はなにも追いつこうとするものでなく、長年つづけているうちにいつのまにか最先端になっているもの
はじめに
まわりをみわたすと学問の道をつきすすむ方々がいらっしゃる。その多くはけわしい道をかけのぼるがごとくに見える。ふりかえるとわれ自身。ごくごくせまい範囲の生命科学の研究をほぼおなじ「平原」とその周辺をつつくようにほぞぼそとつづけるにすぎない。
あらたにその先っちょにほんのすこしあたらしい「エリア」を足す。とはいえ長年つづけると情報はいつのまにやら蓄積。最低限のレビュー、つまり「地図」を書ける程度にはなっていた。
きょうはそんな話。
消えてなくならない
研究者が世に出す論文や成果。これらは果たして何年先まで引用されるものだろう。その多くは新たな研究が上書きされて消えゆくものだろうか。なかにはテキストに書き記されたり、一節が記述されたりで生き残るものがある。
これらのほとんどは一朝一夕にできあがるものでなく長年の研究の基盤の上に積み重ねられていくもの。突如としてあらたな分野ができるなんてことはまずない。こうしたノーベル賞級のブレークスルーに出会う機会はそんなにない。
ブレークスルー
ましてや技術革新の影響がわが研究の身近に起こるなんて…といったら起きてしまった。最先端の技術革新のほうがわたしの研究のほうにも手を伸ばしてきたといったほうがいいのかも。あまりに自分本位なものの見かたにすぎないと思われそうだが、わたしとしてはそう見える。具体例のひとつをあげれば昨年のノーベル賞。AlphaFoldの出現はおどろきだった。
生命科学においてタンパク質の立体構造を、アミノ酸配列の一次構造からほぼ推定できてしまう。すでに受賞前から何年かつかっているが、その予測精度が半端なくいい。それまではタンパク質を精製し、結晶化し、X線解析を行い⋯とほぼ何十年もお決まりの手順がそこにはあった。そのどれもが乗り越えるには困難な道のり。
さらなるブレークスルー
一方でヒトゲノムの解析例のように遺伝子解析の技術の進歩は目をみはるものがあった。そのおかげでDNAの遺伝暗号の解析は比較的容易となり、その情報からみちびかれるタンパク質のアミノ酸配列情報を得やすくなった。ここまでくるとAlphaFoldが使える。まずは立体構造を予測してみようと、AlphaFoldなど(すでに扱いやすい派生版があまたある)にお願いする。
数十分のちにはもっともらしいタンパク質の立体構造が予測のさまざまな数値とともに提示される。かなりの割合のタンパク質について、もはやX線解析から解かれた構造と寸分たがわぬすがたを見られる。まさかこんな世のなかがこんなにもはやくおとずれるなんて…。
ただし例外もある。予測のむずかしい「天然変性タンパク質」とよばれる一連のタンパク質がじつは生体内でかなりの割合でそんざいすらあきらかになっている。このあたりが生命の神秘だし、興味のつきないところ。あらたな地平が存在して、そこを旅する研究者を手招きしている。
おわりに
いくら技術革新があろうとも研究のスタンスはそれほど変えないつもり。むしろいままで以上に従来からの技術やノウハウを活かせる時期がやってきたといっていい。ひとむかしまえだったらこれはまだ現段階ではできないねと棚においたままにしておいたもののいくつかが日の目を見るようになった。
いまやそんなひとつひとつをあたらしい技術の水準にもっていく作業が日々つづく。こうした棚においたままのもの(つまりシーズ)をどれほど抱えているかがけっこうたいせつとわかった。それは最先端のはやりのテーマばかり追っていたのではなかなか貯まっていくものでないと思う。いつか花ひらくときを期待して。
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