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実験室で水をきれいにしていくとさまざまなものが混入していると気づく


はじめに

 研究サポートの実験室では大量に水をつかう。準備する水はもちろん用途に応じてさまざまに精製して使いわける。この研究室に配属された4年生は用途別の水をきれいにする方法や使い分けを実践的にまなぶ。水以外の試薬もおなじ注意をはらう。

しばらくするとみずから判断してまちがいなく使い分けできるようになれる。入学して以来、専門の講義や実習のたびに学んだことを活用する。

水や試薬は、化学の実験操作においてそのあつかいはじつに繊細で苦労の多いしごと。

きょうはそんな話。

実験器具は用途ごとに

 もちろんかんたんな洗いものは水道の蛇口をひねり洗剤でゴシゴシ洗う。家庭とさほど変わりない。ところがそこからさきがまったくちがう。化学の実験室では「洗う」操作についてはじつはここから先といっていい。とくに生化学や分子生物学の分野ではそれらの操作がとてもたいせつ。

水道水ですすいだのちに間髪おかずに蒸留水で内外ともにあらう。手袋をつける。ガラス器具などではいったんここで乾燥機に入れてしっかり乾燥。一般の定性分析にはこうした操作を経た器具をつかう。

ところが

 ここまでは簡便なうち。精密な定性分析や特殊な定性分析、そして定量分析や精密定量分析となるとわけがちがう。上記のままではつかえないことが多い。

分子生物学用途や細菌の培養の器具はオートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)による滅菌操作が必要。そうでないとまったく用をなさない。

生化学でよく行なうpmolやfmolオーダーでのアミノ酸・タンパク質・ペプチドの微量分析では、専用のガラス器具をフィルターでろ過した3次蒸留水であらったのち、電気炉やガスバーナーで赤熱させてさましてからつかう。この方法は独自のもの。専門書に記された操作法を上まわる精度を得たい場合の特殊な操作法。

市販品でも

 このくらいの精密な分析では、市販の「精密分析用」と銘打ったグレード試薬ですら使えないことがあった。これはいたしかたない。世界のメーカーをさがしてもそのレベルの市販品は入手できない。製造コストが引き合わないから。

もはやじぶんでやるしかない。ある精密分析用の液体の薬品(劇物)。分析にかけるとベースラインがあがってしまい使えない。みずから特殊な蒸留装置をくみ、ドラフト中で換気を行いつつ精製する。装置の汚れを極力持ちこまないようあらかじめおなじ試薬で「洗い」の蒸留をおこなった。いわば装置内部をきれいにするための前処理。

ようやく目的にかなう装置の状態になったところで本番の蒸留。かなり念入りに操作して大幅に初留をとり、沸点が±0.5℃の範囲の本留のみを回収。得られた留分は購入した量の半分しかない。そこへ「ある処理」を経た超純水を1対1で加える。

ここで超純水に施した「ある処理」を記しておく。念入りにガラス製の蒸留装置でくりかえし蒸留した3次蒸留水を超純水装置に通す。抵抗値が18MΩを示したら0.45μmのフィルターでろ過した上で、ようやくこの目的の超純水が得られる。ここまでこの試薬の準備だけで1週間。世界にここだけしかない試薬の出来上がり。やっと目的の実験操作ができる。

ろ過すると

 一歩手前の精密分析装置にもちこむ溶媒すら流しつづけるだけで装置の流路にはさんだフィルターが目詰まりしてくる。よくしらべると微細な混入物がさまざまなところから入る。上記の容器はもちろん装置に使われたOリングなどのパッキングなどに由来するもの。そしていちばん多くは送液の溶媒から。そのためいずれもフィルターでろ過したうえで用いる。

精密分析用の装置を置く部屋には余分なものをもちこめない。前室のある室内に履物をはきかえて出入りする。基本的に室内ではこの部屋用の白衣とマスク姿で一切話さない。大型のHEPAフィルターを備えた空気清浄機を断続的に運転。部屋はひんぱんにふきとりの掃除で清浄をたもつ。出入り口にエアカーテンと与圧をかけて外からの汚染物質をある程度防ぐ。

おわりに

 もっとも汚染源となりやすいのはもちろん操作する人間。清浄な実験着と手袋、長い髪は結び、マスクをつける。室外でも装置や試薬のそばで話をしない。ひとつひとつを果たさないといずれも確実に汚染源となる。ちなみに慣れない学生はこの部屋に入れないし、講習をうけて何度も練習実験をくりかえしてひととおりの操作を熟知したうえでやっと携われる。

この部屋ではヒトが「さまざまお膳立て」をした上で、ロボットや自動装置が昼も夜もお休みなく健気にはたらく。


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