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決算期末・乾杯騒動記

決算期末になると思い出す。

銀行はどこも昔はそうだったと思うのだが、決算期末の営業日には業務終了後に皆で労をねぎらうために「期末乾杯」というイベントを行う。

部署の長が当該決算期を振り返り、総括し、また、翌営業日から始まる新しい決算期に向けた兵士たちの戦意高揚を図る恒例行事だ。

私の在籍していた拠点では、その期の業績が絶不調であり、業績を競う他の拠点から圧倒的な差をつけられていた。
3月に入ってからというもの、毎朝の朝礼で支店長から我々に対して、怒号にも似た物凄い剣幕で檄が飛ぶ。

「数字が全く足りていない」「悔しくないのか」「この給料泥棒どもめ!」ととにかく激しい。

朝礼における恒例行事で、前日に拠点内で成約した実績を発表し、担当者を称える儀式があった。
だが、称えると言っても形だけで、誰も本当は祝っていない。
皆自分の数字にしか興味はない。
皆とろんとした目で宙空を見つめ、若干の速度を持って両掌を数回合わせるだけの「拍手」の進化前のような行為を伴って。

3月も下旬になろうかという時期、ある日の朝礼において昨日までと同じように前日の実績が発表された。
「祈りとは心の所作」と言ったネテロ会長が見たら、瞬間的にしばき倒されそうなくらい心のこもらない打音が支店内に響いた直後、支店長の怒声が響いた。

「手を叩いてはしゃいでる場合か?!」

「お前ら何を喜んでいる?これまでいくつの案件をポシャらせたんだ?!運良く出来た案件を喜ぶな!逸した案件を思って反省しろ!」
全員が下を向く。
それからというもの、おれがマジシャンのふじいあきらだったら、口からトランプの代わりに案件を出してあげたいくらい支店の空気が重くなった。
古い。

支店長という名の魔導士により、一気に我が支店は地球の重力の10倍、惑星ズンになり、ヤコンに光を吸われた暗黒星となった(こんなドラゴンボールネタ、若い子には絶対通じない)。

もはや、その辺の通夜がレイブに、読経する坊主がスティーブ・アオキに思えるほど、支店の雰囲気が暗くなった。

翌日の朝礼から、実績発表はあれど、誰ももう手を叩かない。
ある先輩は、彼氏のキスを待つウブな少女の如く、目を閉じ斜め上方向に首を傾けている。
もしかするとあれは、心のメタバースに自らを逃避させる2006年当時の世界最先端VR。
「VR自分」が爆誕していた瞬間だったのかもしれない。
んなわけない。

重く苦しい雰囲気のまま、課された数字を達成できず、我が支店は決算期末の最終日を迎えた。
いつもであれば、我々若手連中は午後から飲み物を買いに走り、支店近くの寿司屋から寿司桶を手配し、夕方17時〜の乾杯に備えるのだが、その日は違った。

支店内No.2の副支店長から事前に忠告があったのだ。

「先週支店長に打ち上げの相談をしてん。支店で乾杯したあとどないします?って。そしたら、数字も出来てへんのに、何が打ち上げや!打ち上げるものなんかあれへんやろ!って言うてはってん。支店長が怒らはるから、今回は寿司とかいらんで。飲み物もお茶でええくらいや。質素にいこう。質素に。」、、と。

副支店長にそう言われた我々は、支店の食堂のテーブルのうえに、
「え?ここ誰かの墓なんすか?」というくらい申し訳程度の、
そんな言葉があるのか知らないが「墓前然」とした、
小指くらいちっさい缶ビールと、
ショッボいおつまみを、
やっすい紙皿の上にお供えして、支店長や先輩の到着を待った。

17時を少し過ぎた頃、ツカツカと足音を鳴らして、支店長が先輩行員たちを引き連れて食堂にやってくる。
いよいよ期末の打ち上げが始まった。支店長は潔かった。
将として敗戦の弁を述べ、また、来期こそは雪辱を晴らそうと部下たちに滔々と語った。
この後は乾杯の発声をして万事終わり。のはずだった。

「それでは来期の目標達成を祈念して乾杯!」と支店長が発声し、
皆で手に持った小さいビールを周囲の人たち同士でぶつけ合っていた次の瞬間、支店長が言った。

「おい、寿司はねえのか?」

一瞬の静寂の間。
私の脳内ではなぜか志村けんが老人に扮して言う「メシはまだかい?」が自動再生された。

食材調達担当の私は焦る。

まかり間違っても、「おじいちゃん、さっき食べたでしょ?」なんてギャグでは返せない雰囲気だ。

何しろ、発言の主はちょっぴり反社の様相を呈している支店長だ。
迫力が違う。
そこに糸井重里がいたら「ほぼ反」なんて言葉をブチあげたかもしれないくらい怖い(怒られんぞ)。

慌てて副支店長が弁解する。
「し、支店長にご相談しましたととととところ、打ち上げるものがないからとおっしゃったのでででで・・・」 。

本部の審査畑出身で、根っからの草食男子の副支店長は恐怖のあまり言葉が出ていない。

彼はドモりすぎて、ドモホルンテンパルンのフリーダイアルが混戦状態になっていた。

数字ができなかったので打ち上げるものは何もないと思われていたのだが、しかし、そこにはちゃんと打ち上げるものがあった。
寿司がないことによる支店長の怒りだ。

「お前らああ、メリハリもつけられないから数字もできないんだろうがあ!!」
食堂内に支店長の怒号が響き渡る。

女性行員のなかには怯えて泣きそうになっている人もいた。

そりゃそうだ。
ほぼ反が寿司がないことでキレちらかしている。
怒りチラシ寿司。

ここに寿司さえあれば!
心の底からおれは願った。

顔がお寿司で体が人間のスーパーヒーロー!
おねがい、中トロマン!助けて!
いえ、この際そんな高望みはしない。
赤身・・いや、かんぴょうマン!

だが、当然ながらそんな助けはこない。
支店内には足を踏み入れられないんだ。・・銀行はSECOMのセキュリティが堅牢だから。

副支店長は平謝りしている。
なんならこのあとの飲み会のお店すら予約できていないのだ。
東京のまん真ん中に30人〜40人で入れる店なんて決算期末にあるわけないのだ。

その後どうなったかって?

私たちは支店長の怒りを鎮めるべく、彼の好きな麻雀に付き合ったさ。

その時麻雀に参加した3人は銅像を作ってもらってもいいくらい英雄だった。
ただ、その時の麻雀のレートは、短プラを遥かに上回り、グレーゾーンを通り越して闇金並みだった。

何を賭けたかって?

私たちのサラリーマンとしての誇りさ。

おしまい


Produced By じこったねこばす
Twitter: https://twitter.com/funniest_catbus

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