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本の風景「楽園のカンヴァス」原田マハ(2012)

オークション

 「名画」がとてつもない高額で競り落とされている。アンディ・ウォーホル『撃ち抜かれたマリリンたち』約1億9500万ドル(254億円)、モディリアー二『横たわる裸婦』1億7040万ドル、ムンク『叫び』1億1990万ドル、ピカソ『アルジェの女たち』1億7940万ドル。一般では想像もつかない高額な落札額であるが、その落札者は、時に美術館の場合もあるが、そのほとんどは美術商か個人コレクターである。こうしたオークションが、真贋等信頼性の高いシステムとして認知されているからである。テレビ番組「何でも鑑定団」が大人気となっている。高額鑑定から二束三文の作品まで、一攫千金を夢見る庶民のその表情が笑いを誘う。

「楽園のカンヴァス」

楽園のカンヴァス

 コンラート・バイラーという誰もその姿を見たことがない、伝説のコレクターからニューヨーク近代美術館(MOMA)のキュレイター「ティム・ブラウン」と、アンリ・ルソーの新進の研究者「オリエ・ハヤカワ」に招待状が届く。二人はバイラーの屋敷で驚愕の絵画を見せられる。それはMOMAのルソー作『夢』と同一の、しかし一部、画中の女性の差し伸べた左手の指先が握りしめられており、『夢をみた』のタイトルがつけられていた。バイラーは二人に、その真贋を問うと共に「一冊の小さな古書」の物語と作品『夢をみた』の関連を解き明かすことを条件に加える。物語にはルソーとピカソそしてモデルのヤドヴィガが登場する。ピカソは誰よりもルソーを評価していた。貧しさの中、カンヴァスも絵具も買えないルソーにピカソは自身の『青い母子像』が描かれたカンヴァスをルソーに渡しその上に描くことを促す。ルソーは『夢』と『夢をみた』の二作を描いたのか。そのどちらかにはピカソの『青い母子像』が下地にあるのか。読者は「アートミステリー」の醍醐味と恋愛小説の楽しみを味わう。

原田マハ

 原田マハ(1962年~)のキャリアはユニークだ。大学で美術史を専攻し商事会社に勤務。そこから「森ビル森美術館」設立準備室から「MOMA」に派遣されキュレーターとしてのキャリアをスタートした。2005年小説『カフーを待ちわびて』で「日本ラブストーリ大賞」を受賞し作家としてもスタートした。彼女の小説のモチーフは「アート」と「恋」、そして「ミステリー」が軸となっている。「美術史とミステリーは相性がいい」と高階秀爾(美術評論家)は語る。そのどちらにも謎が多いからである。だから、当然に、アートとラブも相性がいい。加えて登場人物は極め付きの「美人」である。そしてそれは作者「原田マハ」とダブる。原田マハはテレビや雑誌に度々、颯爽と登場する。

ルソーの謎

原田マハ

 ニューヨークのMOMAにあるアンリ・ルソーの『夢』は密林の木々と色鮮やかな果物が生い茂り、大輪の原色の花々が咲き誇っている。中央には一人の黒人が縦笛を吹き、二頭のライオンが周囲を見つめている、そして、「ヤドヴィガ」と呼ばれる裸婦が左手を前に差し出しソファに横たわっている。見る人を突然に画面の中に誘い込む。「ヤドヴィガ」は、小説では最後の恋人として描かれているが、彼の初恋の人ともいわれている。ルソーは恋多き人だった。二人の妻を病死で失ってから多くの女性に恋心を抱いた晩年には「レオニ―」という幕夫を愛したのだが詩人のアポリネールは酷評している「性悪レオニー」。友人たちの心配をよそに、彼は何千フランもの宝石をプレゼントした。そのため彼は絵具を買うお金にも不自由をしたのだった。そうした中、足傷の壊疽(えそ)は進み、病院にも行かず、遂には命を落とす。大作『夢』(204×298m)が、最後の作品だった。まさに『夢』は、ルソーの楽園であり、死への入り口だった。(大石重範)

(地域情報誌cocogane 2024年11月号掲載)


[関連リンク]
地域情報誌cocogane(毎月25日発行、NPO法人クロスメディアしまだ発行)

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