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3 お布施にも明朗会計を!?/イオンとアマゾンをめぐるお布施論争②
ところが、葬儀社が葬儀費用をいくら明朗会計にしても、葬儀社にとってはアンタッチャブルとも言える、葬儀社が口を出せない領域がある。それは僧侶に渡すお布施である。
日本では、ほとんどの人が仏教で葬儀を行う。近年は、直葬といって、宗教者を呼ばない葬儀が増えているといわれているが、それでも宗教者を呼ぶ場合、約九割が僧侶を呼び、仏教で葬儀を行っている。
僧侶を呼んだ場合、当然、お布施を包まなくてはならない。
そしてこのお布施が、我々にとってとてもわかりにくいものなのだ。
わかりにくい最大の理由は、お布施は金額が決まっていないということである。
じゃあ、葬儀をお願いする人たちは、どうやってお布施の金額を決めているのかということになる。ある程度年配の人で、お寺との付き合いが深い人は、長年の付き合いの中で、だいたいどのくらい包めばいいかをわかっている。あるいは、親類や近所の人たちに聞いて、どのくらい包めばいいのかを聞いて、金額を決めている。
ただ現代のような時代になると、ほとんどの人はふだんお寺との付き合いが無い。その上、親類が近くにいない、近所付き合いがあまりない、という人も多い。相談する人すらいないということだ。そうなると、いったいどのくらいの金額を包めばいいのか、途方に暮れてしまうのだ。
そこで思いあまってお寺に「どのくらいお包みすればよろしいのですか?」と聞いても、「お気持ちでけっこうです」という答えが返ってきたりする。こちらはわからないから聞いているのである。「お気持ちで」と言われても、困ってしまう。それでわかるくらいなら、そもそも聞いたりしないのである。
さらに問題を複雑にするのは、このお布施の標準的な金額が、地域よっても、宗派によっても異なっていて、さらには同じ宗派の隣のお寺でも、異なっているのが当たり前ということである。
葬儀のお布施をいくらにすればいいのか、というのは、葬儀における最大の不安材料なのである。
そこでイオンは、この「わかりにくい」お布施にも、「わかりやすさ」を導入しようとする。
ただしお布施は、お寺にわたすものであって、葬儀社とは関係の無いものである。基本的に、葬儀社が口出しすべきものではない。
ところが近年は、都市部を中心に、菩提寺(檀家になっているお寺)を持たない人が多い。普段、お寺とつきあいの無い人は、家族の誰かが亡くなっても、お願いするお寺は無いし、お寺を探す方法もわからない。こうした人たちのため、都市部の葬儀社では、お寺を紹介するのが当たり前の業務になっている。
紹介する時、葬儀社は、「あそこのお寺さんは、だいたいこのくらいのお布施を包めば大丈夫ですよ」などと、アドバイスをしてくれる。場合によっては、「○○万円、お包みしてください」とはっきり金額を伝えてくれる(あくまでも葬儀社が紹介したお寺だけで、遺族がもともとおつきあいしている菩提寺の場合はそれぞれの関係性があるのでアドバイスは難しい)。葬儀社が、お寺との調整役をしているということだ。
ただ、こうしたアドバイスは、ほとんどの場合、個別になされていて、その情報が公開されているわけではない。
その理由は、前述の通り、現実のお布施の標準額は、地域、宗派によって異なるし、お寺によっても異なるため、相場のようなものが出しにくいからである。こっちのお寺の標準が、あっちのお寺の標準とは限らないのだ。
ところが、イオンは明朗会計の葬儀というコンセプトを、お布施にも導入しようとする。
まずは、イオンが紹介するお寺に関しては、お布施の金額を全国一律にしたのである。もちろん、そうしたお寺とは、「うちからの紹介の場合は、この金額でお願いします」と事前にすりあわせをしてある。そして、その金額と同じ金額を、「お布施の目安」として、ホームページで公開したのである。
ちなみにその費用というのは、通夜・葬儀・火葬場炉・初七日(当日)での読経に加え、戒名に一般的な「信士」「信女」をつけて、二十五万円というものだった。
これによって、イオンに葬儀の依頼をして、僧侶も紹介してもらう人は、葬儀費用(葬儀社に支払う費用)だけでなく、お布施に関しても、どのくらいかかるかについての不安が無くなった。
これだけ見ると、いいことづくしのように見える。
ところが、このイオンの「明朗会計」に、物言いをつけた存在がある。それが前述の全日本仏教会である。(続く)