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シュヴァルツヴァルト
私は静寂に包まれたかった。
昔行った南ドイツ、シュヴァルツヴァルト。
湖面には霧が立ち込める黒い森。
バーデンバーデンで温泉に入り屋外でクラシックコンサートを楽しむ。約半年に及ぶヨーロッパ周遊の全計画は綿密に練られている。全て高級ホテルで何不自由ない。
バーデンバーデンの東にはヘルマン・ヘッセの出身地がある。
意を決して行きたい場所を伝えてみるが叶ったことはない。別行動は以ての外。果たして何不自由なかったのだろうか。
「また来れるよ」と促され従うしかない。
またなんて来ないのに。
ある年の始まりに私は言った。
ハッキリと言った。
「シュヴァルツヴァルトに行きたいです。暗くて深い森と湖に身を置き静寂に包まれたいのです。」
女性の担当医はしっかりと受け止めてくれた。
短髪でオシャレなモデル体型の彼女は絡まったネックレスを解くように、丁寧に、根気強く私の心情を扱ってくれた。
その年の終わり、私は静けさの中にいた。
自分と共に自由を味わっていた。