【詩】月下独酌/母へ
夕餉に私は刻んだネギとお豆腐の味噌汁をつくりました
鰈を注意深く煮てやりました
どこかの家から煮物の匂いがする
そのどこかが私の家であればいい
誰かの浴びているシャワーの音
誰かの沸かしたお風呂の湯気
安っぽいほど、ボディーソープの匂いは生活を語る
息の詰まるような湿気の匂い
誰かが生きるから立つ匂い
帰り道、茉莉花が私の気を引く
帰り道、山梔子が私の気を引く
帰り道、夜が匂いたち私の気を引く
がたがたの階段が抜けないか
そんな妄想にさえとらわれながら
ただ優しく鼻腔に入り込む
誰かの生活が私を癒やし
家の扉まで私を導く
今日は夕餉に何も作れませんでした
今宵は眩しいほどの月、
だからブランデーを注ぎました
莫使金樽空对月、と李白が言うから。
胃まで落ちゆく液体は
私に臓器の位置を知らせる
私を酔わせるのはエタノールではない
冷たい夜に輝くあの月が
私の心を奪って酔わす
月に盃を手向けつつ
私はベランダで踊りました
ぎこちないステップでも許してくれる
月は私のおかあさん
誰かの生活は私を孤独にする
誰かの生活が私を勇気づける
そんなこともすべて知っているように
月は私をただ照らす
甘い乳のような光、
私はブランデーに溶かして飲みました
強い酒をそんなに飲みなさんなと母は言う
でも私はあなたの美を前にして
喉を灼かずにはいられない
あなたの優しさに甘えきり
少しでも私を案じてほしい
悪い子ねと彼女が言って、
次の日は土砂降りの雨だった
それでも貴方は天にあり
傘の水払う私に、雲隔てて微笑む
私を生んだ母が私に電話をかける時
彼女とあと何度会えるのだろうとふと思う
老いない母、私を置いていかない母
私が求めているのは永久の愛
母からうける永久の愛
だから、今日は夕餉を作ります
母が私を心配するから
お皿を洗ったら、ベランダに出る
晴れた夜空には永遠の母、
晴れた夜空には乳の色をした永久の母。