渡辺 嘉鵲

渡辺 嘉鵲

最近の記事

好きだった友達

一年前くらいに好きだった友達から最後の手紙がきた。そこにはともに作った思い出の数々もあったし、彼のさまざまな悔悟や未来に対する希望のような、哀願のようなものもあった。そして最後に、「出逢えたことの喜びだけを見つめて、あなたに幸があれと願っている」と書いてあった。 彼と「友達」らしく会って喋って遊んだりした期間は一年にも満たなかったが、その間に様々なことをした。そもそも、実際に会ってから数ヶ月の間彼は閉鎖病棟にいたから、実際に交流を持ったのは半年やそこらかもしれない。REAL

    • 【詩】飲中八仙の一

      酒を飲む父を憎むと同じほど 酒を飲む父を愛してはや 四半世紀 年々歳々花相似たり というごとく 一升を空けずに眠るわが父に 老いのもたらす影をみて 共に盃もてるとき 一升の空くこと僅かに願いつつ わが盃を、焦りつつ、乾かす ひとのいう 迷信一つも呪いと用いて 今日も気をつけて と執拗にまた声かける われの気持ちは、それに似る 生命の終わりは神のみ識りうると 知りて久しきわが身なお 人の知識のうえでいう 寿命と呼ぶは年嵩に 訪れることを、かなしんで、 われの盃ばかりへと

      • 「馬肉の燻製」呼称のおぼえがき

        昔、福岡で「馬肉の燻製」をみて、「あ、さいぼしがある」と言ったら売り子のおばさんに睨まれたことがある。 さいぼしというのは狭義には馬肉の燻製、ときには牛の燻製も含む食べ物で、屠畜文化のある被差別部落で食べられてきたものという知識*があったので、きょうの今日まで「さいぼし=被差別部落」のイメージがあるからそのように呼ぶな、という意味での睨みだったのだろうと思っていた。 * ふらっと 人権情報ネットワーク 部落の食文化 前編 うちのムラに食べにおいで しかしながら、友人が送

        • Masjid Al-Ikhlas Kabukicho - 喧噪の中のモスク

           2020年11月12日に、私は信仰告白をしてイスラーム教徒になった。  イスラームに興味を持った一番の理由は大学で受けた科学史の授業である。『医学典範』を記したイブン・スィナーが、「イスラームで解剖は禁じられているにもかかわらず、ガレノスよりも精確な解剖図を残した」と習ったのが興味のはじまりであった。知識として、イスラームにおける「最後の審判」の存在を知っていたから、一体なぜ火葬もいやがり土葬にする人々の中から、死体を解剖しようという人間が現れたのか――なぜ、人の「死後」に

          見知らぬ他者にも祈りがあるという恐怖(2023.5.27)

          友人に連れられて天理に行った。 駅前の妙に現代的な公園を過ぎれば到達する大きすぎるアーケード商店街には、喫茶店や化粧品屋や「商店街の」服屋のほかに、神具店や装束店がある。そしてその横をひっきりなしに様々な土地の名前を背負った法被を着た人々が通る。 天理教教会本部が近づくにつれ私は己がこの空間から拒絶されていると感じる。なぜかはわからない。大きな「神殿」、砂利道、靴を脱いで神殿にあがれば、あまりにも紳士的な青年が穏やかに挨拶をくれる。 畳畳、畳に埋め尽くされたひとつめの礼

          見知らぬ他者にも祈りがあるという恐怖(2023.5.27)

          【和訳】Where the Wild Roses Grow / Nick Cave & The Bad Seeds ft. Kylie Minogue

          They call me The Wild Rose But my name was Eliza Day Why they call me it I do not know For my name was Eliza Day 私は野ばらと呼ばれている だけれど私はエライザ ・デイ なぜそう呼ばれているのか、私は知らない 私の名前はエライザ・デイだったから From the first day I saw her I knew she was the one She sta

          【和訳】Where the Wild Roses Grow / Nick Cave & The Bad Seeds ft. Kylie Minogue

          【詩】受容

          雑踏の中に溶けているさまざまな欲 人並みの中で揺らいでる悲しみ数多 私をきれいにパラフィルムに包みたい 溶け出す己を引き止めて 私とあなたは違う人だと、そんなことすら知らなかった あなたと私はこの海で、言葉もたずして分かり合えるはずだと 溶けているのは上澄みばかり 人間の生の上澄みばかり そんなものにあてられたくはない、 パラフィルムの繭に私はこもる 私はあなたと何が違う? 私はあなたを愛している、多数のあなたを愛している わかるという幻想は、すべて温い粘膜に託して忘れ

          【詩】受容

          【詩】月下独酌/母へ

          夕餉に私は刻んだネギとお豆腐の味噌汁をつくりました 鰈を注意深く煮てやりました どこかの家から煮物の匂いがする そのどこかが私の家であればいい 誰かの浴びているシャワーの音 誰かの沸かしたお風呂の湯気 安っぽいほど、ボディーソープの匂いは生活を語る 息の詰まるような湿気の匂い 誰かが生きるから立つ匂い 帰り道、茉莉花が私の気を引く 帰り道、山梔子が私の気を引く 帰り道、夜が匂いたち私の気を引く がたがたの階段が抜けないか そんな妄想にさえとらわれながら ただ優しく鼻腔

          【詩】月下独酌/母へ

          「アメリカン・ビューティー」ほほえみと安らぎ

           アメリカン・ビューティ―を最初に観たとき、共に観た友人は事前に「今日という日は残りの人生の最初の日」というメールを私に送ってきた。  ポジティヴなメッセージだなと思った。アメリカン・ビューティを見始めたのがいつだったか忘れたけれど、見終わったころにはもう空が白んでいたと思う。まずは何よりも、多動の私ですらその間微動だにせず画面に惹きつけられたことに感動せざるを得なかった。  以来、私は何度も何度もこの映画を観ている。  友人と観た。友人に貸した。実家で観た。大晦日だか

          「アメリカン・ビューティー」ほほえみと安らぎ