目の前に落ちてるゴミは迷わず拾える人間でいたい。
「職場でゴミが落ちてたら拾う」
というのは新卒時代からなるべく気を付けていることの一つにあります。
ゴミを拾うって、
別に偉そうに語るものではないと思うのですが
気を付けている理由の一つが
「結局誰かがやらなければいけないなら、自分でやろう」
というのが大きいかなと思っています。
僕がそのゴミを見過ごしたら、他の誰かが拾わない限りずっとそこにあり続けるはずで。
拾わずに風で飛ばされたとしても、また別の誰かが拾わなければならなくなるはずで。
こういうことにならないように、
今自分の目の前にあるのであれば、自分が拾おう、という気持ちがあります。
少し話が変わります。
今所属するチームの組織改善みたいなことを取り組んでいます。
現場レベルで組織改善に取り組むって、
一番の責任である担当案件をしっかり進めることの
+αの業務になってくると思っています。
余力があれば+αも進めやすいですが、
余力があまりない中での+αとして存在するものです。
そこに対して、どう向き合っていくか。
これが、最初のゴミを拾う話に通ずるなと感じました。
もちろん、無理をしてまでやってくれとは思わないし、
+αをすることで本来やらねばならぬ業務に支障をきたしたら
元も子もありません。
ですが、今自分の目の前に存在しているということは、
自分が解決すべき課題として存在しているものだと
捉えることもできるのではないかと思うのです。
そういうタイミングで、
いまそういう組織の中に自分が存在しているという事実があるなぁと。
そもそも課題って、
それを課題と認識できるレベルの人にしか存在しないもので、
認識できるのであれば考えるだけの力は持ち合わせていると思っています。
今、僕らが課題として認識していること。
+αとして取り組まなければいけないことはたぶんあって、
当然ながら大変な取り組みになると思っています。
ただ、ここで目をつぶってしまっても
結局他の誰かがやらなければいけないことは変わらないはず。
誰かが大変な取り組みとしてやらなければならないのであれば、
今目の前にある自分たちが一旦そこを背負うことは
未来の誰かに対する投資みたいなものなんじゃないかと思うんですよね。
僕が今の会社に入れたのも、
これまでその会社で働いていた人たちが
大変な思いをしながら環境を作ってくれていたからなのは絶対そうで
直接その人たちに返すわけではないけれど
僕と同じように今度会社に入ってくる人や今いる人が同じようなポジションに立った時に
少しでも大変な思いをしないようにしておきたいなと思っています。
自分の目の前にあるゴミは、
たとえそれが自分で捨てたゴミじゃないとしても
迷わず捨てられるような人間でいたい。
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