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書店員でもないのに、店頭で「おもしろい本はありますか?」と聞かれた日

 その日私は28歳の娘とふたり、取り寄せしておいた本を受け取りに行ったデパートの書店の文庫売場で、本についてああでもない、こうでもないと話しながら棚を物色していました。

 その時娘の1歳の子どもはパパとお留守番ですが、自宅でお昼を済ませたら娘と合流し、家族3人で出かけるため、私と娘はこの日

「10時開店と同時に書店、11時に飲食店がオープンしたらすぐに早めのランチ、12時過ぎには駅で解散」

 ということになっていました。案外タイトです。ただ、本好きの私たち母娘が、取り寄せの本をレジで会計するだけで書店を出る、なんてことはあり得ません。私は今、図書館で借りている瀬戸内寂聴さんの講談社の豪華な『源氏物語』の文庫も見てみたいなぁ、と思い、棚前をウロウロしていたのです。

 しかし、番狂わせは唐突に起きました。

 文庫の棚前で、
 私:「ねぇ、これおもしろそうだよね~」(辻村深月さんの『傲慢と善良』を手に取りながら)
 娘:「それ~! 私もずっと気になってるの」
 などと言い合っていると、まったく視界に入っていなかった私の母くらいの年代の女性が、娘のかたわらから私たちをのぞき込むようなかたちで、

「なにか、おもしろい本はありますか?」

 と、聞いてきたのでした。

 あれ?

 このシチュエーションは、前にも何度かどこかで……
「この人、元書店員なんで(なんでも聞いてみてください)」

 私の既視感は、すぐさま娘のひとことで打ち砕かれました。そうだよ。書店員だった頃は、棚前で作業していると何度も聞かれたセリフだったじゃないか。

 もちろん全くの初対面、今この瞬間に出会ったお客様に聞かれるわけです。

「なにか、おもしろい本はない?」

 と。

 例えば娘と私であったり、家族や友人でどんな読書傾向なのかをよく知っている相手にそう聞かれたら、誰だって比較的気軽に答えたり提案できるとは思うのです。

 ただ、見ず知らずの他人、今初めて口をきいた人に「なにかおもしろい本、おすすめの本はありますか?」と聞かれる。書店員とは、そういう職業なのですよ。

「ふだんは東野圭吾さんが好きで何冊も読んでいるの。怖いもの見たさっていうか。ただ単行本は重いから、文庫本がいいのね。上下巻になっていたり、文庫でもあまりにも分厚い作品はちょっとね。今も、どれがいいのかわからなくて、ついついおふたりのお話が耳に入ってきて声をかけちゃったのよ」

 書店員だった時は、ふだんは他にどんな本を読んでいるか、などある程度のリサーチをしつつ選んでさしあげていたけれど、今回は純粋に私が最近読んでおもしろかった、原田マハさんの『本日は、お日柄もよく』をおすすめしました。徳間文庫の棚へ行ってみると、きちんと平積みされていました。

 新潮文庫の棚を見ていた娘が不意に振り向き、
「これ! めっちゃおもしろいですよ! 東野圭吾さんが好きだったらハマるかもしれません」
 と言って棚挿しから抜き出した1冊は芦沢 央あしざわ ようさんの『許されようとは思いません』でした。

 なんと、その方は素直に私たち母娘がおすすめした2冊をお買い上げくださいました。この書店はかつて私が15年の書店員生活の内の、6年間お世話になったチェーンのひとつ(私がいた店舗よりあとにできた)で、そこの店長はかつての課長ですから……。

 さてその後、娘とのランチがちょっとタイトにはなりましたが、オムライスをつつきながら娘が言いました。

「貴志祐介の『悪の教典』も内容的にはいいなと思ったんだけど、段組みなんだよね。段組みは読みづらいと仰ってたから、言わなかったんだ」

 つくづく娘と私の読書傾向は違っていて、今日のあの方の場合は娘との方が話が合うなぁ、と。そして母としては「この子も書店員になったら私などよりよほど優秀だったんじゃないか?」と親バカなことを考えもしました。

 とはいえ考えても仕方のないことはすぐに忘れて、このエピソードは来週、お手伝いしているまちライブラリーでの大人の限定イベント『夜に会いましょう』で披露しよう、と思いました。本や書店好きな人たちが集まるので、皆さんおもしろがって聞いてくれるでしょうか。

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