見出し画像

悪魔とドライヴ/ロック史に潜む悪魔の影

【注】本記事は「悪魔/悪魔主義」がロックに及ぼした影響をいくつかの事例で紹介する内容であり、オカルト的に考察するものではありません。悪しからず。

 エルビス・プレスリーの登場以来、ロックは一部の良識的な人々から「悪魔の音楽」と批判され続けている。そして、「ロックは悪魔の音楽」と自称した人々もいた。自らの神秘性を高めるために称した者や、無邪気に悪魔的なイメージを演じた者が大半であったが、ある者は血塗れの惨劇を引き起こしたのであった。

〇悪魔と取引
 20世紀初頭に活躍したブルースマン、トミー・ジョンソンには一つの伝説がある。彼は、ミシシッピ州ジャクソンのとある十字路で悪魔と取引をした。その取引によってギターの腕を上げた彼は、後世に名を残すブルースマンになったというのだ。 いわゆる十字路伝説と言われるものだ。「十字路」というと、持ち曲のタイトルからロバート・ジョンソンと混同されやすいが、この十字路の伝説は本来、トミー・ジョンソンのものである。アウトサイダーの音楽であるブルースと、黒人の民間信仰であるヴードゥーのミステリアスなイメージが形創った逸話である。

 トミーの十字路伝説は、ボブ・ディランからエリック・クラプトンレッド・ツェッペリンらに、自らのイメージをカリスマ的にするために引用された。ロックの持つ背徳的なムード、「音楽に選ばれた者」というイメージを強めるのに、十字路伝説の悪魔は最適だったのだ。 

〇悪魔の目覚め
 時代は下って、1960年代。世界を席巻した平和運動は、若者たちのライフスタイルを一変させた。サンフランシスコを中心に、伝統的な生活からの逸脱を目指すカウンターカルチャーが隆盛を極めた。マリファナでハイになり、インドの瞑想法を習ったり、日本の禅をかじったり。自己のうちにあるという宇宙と交信するためLSDを大量に摂取してチューンインしまくった。  そんな様々な実践のひとつに、悪魔崇拝があった。1966年、悪魔主義者(サタニスト)、アントン・ラヴェイが「悪魔教会」を創始。現在でもアメリカのサタニスト文化の中心となっている。ラヴェイの悪魔主義はかいつまんで説明すると、一般的に想起するようなキリストへの冒涜とは異なり、いわゆる実存主義、従来のキリスト教伝統文化の価値観にとらわれない、人間本位の生き方を選べ、と主張した。これが時代感覚にマッチしたのか、作家、芸術家、ハリウッドの金持ちなど、いわゆるヒップな連中が次々と教会に加入した。また、ハゲにヒゲという、どこかオリエンタルなラヴェイの風貌が神秘的なイメージを演出し、ラヴェイ自身もそのイメージをフル活用した。  ラヴェイにまつわる有名な噂話では、ロックバンド、イーグルスの名盤「ホテル・カリフォルニア」に関するものがある。このアルバムには全編サタンを称えるメッセージが隠されており、見開きジャケットに掲載されたホテルのロビーを映し出した写真にはラヴェイ自身が映っているといわれる。確かに、2階のテラスの物陰に人影がボーっと写っているが実際にラヴェイである確証はない。この映り込みは日本の音楽ファンの間でも有名で、バラエティ番組でよく心霊写真として紹介されている

 〇悪魔が来りてロックンロール
 ラヴェイは映画、レコードなどにも力を入れ、ショービジネス界においても無視できない存在となった。こうなると、かつてのトミー・ジョンソンのように、模倣する者が続出する。ローリング・ストーンズは1968年、悪魔礼賛という誤解を呼んだ「悪魔を憐れむ歌」を発表。翌年、元リーダー、ブライアン・ジョーンズの死、起死回生のアメリカツアーのコンサート会場で殺人事件(通称:オルタモントの悲劇)など立て続けに不幸に襲われた。

 悪魔のイメージを本格的に全面に押し出したのがブラック・サバスだ。何せバンド名が「黒い安息日」。 デビューアルバムを1970年2月13日金曜日に発表するという凝りよう。いつもリハーサルで使っている部屋から見えた、ホラー映画を上映している映画館の行列を観て、みんな怖いものがすきなんだ、だったらそのまま音楽にしたら?と思いついたことから生まれたアイデアだった。が、周到なプロモーションの結果、ガチのサタニストだと思われてしまった。おかげさまで、魔女団体の黒ミサへの出演を蹴ったところ、呪いをかけられてしまった。初期の写真を見るとメンバーが十字架を首からさげているが、これはこの呪いから身を守る白魔術のおまじないだった。ちなみに彼らが一番怖いと思った映画は「エクソシスト」だそうだ。

 ブラック・サバスとは異なり、本物志向な男もいた。レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジその人である。来日時、ホテルの部屋を暗くして、蝋燭の灯のもとお祈りをしていた男。彼は20世紀初めに暗躍した神秘家、アレイスター・クロウリーの著作のコレクターだった。ネス湖畔(ネッシーの!)にある旧クロウリー邸を購入したほどの入れ込みよう。レッド・ツェッペリンのアルバムは3作目から、ジャケットに錬金術的なシンボルを使うようになり、4枚目はバンド名すら載っていなかった。それに収録されている名曲「天国への階段」は、逆再生するとクロウリーへのメッセージが流れるという噂まで流れた。ツェッペリンでの巨大な成功は、悪魔との取引の結果手に入れたと言われ、ドラムのジョン・ボーナムが死んだときは、その取引が死因だと因縁をつけられた。今では「オカルト趣味は遊びだった」と言い訳をしているが、80年代に出したソロがまったく売れなかったのは悪魔のせいだと言いたいに違いない。 

〇悪魔の斜陽
 しかし、悪魔がカッコよかったのは70年代半ばまでだった。「俺はアンチキリスト! 俺はアナーキスト!」と高らかに宣言したパンクロックが登場したためである。パンクはセックス・ピストルズのような風刺画みたいなバンドから、クラッシュのような政治的発言を躊躇しないバンドまで多様だった。彼らを前にすると、悪魔主義は知識人の気取りにすぎなかった。そんな逆風吹き荒れる70年代末、 ヴェノムが登場した。歌詞は全編悪魔。ルックスはアメコミ。音はモーターヘッドのパクリ。しかもレコードの音質は最低! という剛毅なバンドだった。

サバスと比べるとずいぶんとチャイルディッシュだったが、このヴェノムがのちのスラッシュメタルの元祖となるのだから、世の中はわからんものである。パンクを通過した世代であるメタリカスレイヤーは、ヴェノムからの影響を明言。初期には「666」や「逆五芒星」などのシンボルも使用したが、バンドのスタイルが明確になるにつれ、悪魔主義の影響は消えていった。のちにデスメタルが派生するがハードコアパンクの影響が強く、音の重さの割にはジャージにコンバースという軽装スタイルだったため、メタル原理主義者には嫌われた(蛇足)。

 〇悪魔の惨劇 
 そのメタル原理主義者は、では、どこにいたか?ノルウェーである。ノルウェーはキリスト教国家。人口の90%がクリスチャンの超福祉国家だが、若者の自殺率が高い。平穏で退屈な日常に気が狂いそうになった一部の若者たちは、バンドを組んだ。そしてその音楽のモチーフに頻繁に登場したのが、キリスト教以前の北欧の神、オーディンだった。 バソリーなどのメタルバンドは、オーディン信仰を掲げ、人気を博した。彼らもヴェノムの影響を受けていた。バソリーの影響を受けた後続の若者たちは、悪魔主義、オーディン信仰、反キリストの洗礼を受け、より白人至上主義的な危ない思想を持つようになる。 1980年代の終わり頃、この馬鹿正直な若者たちの代表が登場、メイヘムである。

 彼らは自らの音楽をブラックメタルと呼び、メイヘムのリーダー、ユーロニモスを中心に一派を形成する。この一派は、死人のようなペイントを顔面に施し、単音の速弾きリフとブラストビートで、キリスト教への憎悪を音にした。 ユーロニモスは自身が経営するレコード店「ヘルヴェテ」を(親の金で)をオープン。ここを拠点にインナーサークルという仲間内グループを旗揚げする。そこに加わったのが一人バンド、バーズムヴァーグ・ヴァイカーネスだった。彼は音楽の純粋な信奉者であり、危険な男であった。彼は独自の神秘主義を遂行するため、教会に放火するという事件を起こす。この放火が英雄的行為だと仲間内で称えられ、模倣犯が続出教会への放火、墓荒らしなどがサークル内で流行してしまう。それならまだしも、メンバーが同性愛者を刺殺する事件まで起こり、インナーサークルは完全にネオナチと同じような反社会的集団とみなされた。この事態に焦ったのがユーロニモスだった。彼はあくまでも音楽を「売るために」悪魔主義を称揚していたが、ヴァーグというカリスマ性を持った狂信者が混ざりこんだことでグループは完全に誤った方向へ導かれてしまった。ヴァーグの狂気は留まるところを知らず、金銭トラブルと主導権争いの結果、ユーロニモスはヴァーグに刺殺されてしまった。警察が乗り出し、グループは雲散霧消した。インナーサークルのメンバーは10代後半から20代前半の若者ばかりだった。若さゆえの暴走で、悪魔主義に陶酔した挙句、結局は自身が悪魔そのものになってしまったのだ。ブラックメタルはその後、オーディン信仰に立ち返り、北欧の土着文化と融合したヴァイキングメタルへと変化していった。 

 その後、ロックにおける悪魔のイメージは、マリリン・マンソンスリップノットへと引き継がれた。だが、近年のホラー映画がそうであるように、ロックにおいても、恐怖の対象は反キリストから日常に潜む人間の狂気へと変わっていったように思う。蛇足だが、悪魔が身を潜めていく中で、クリスチャンメタルという一派も現れている。聖書の教えをメタルに乗せて信徒にお届けライブでは聖書を配布するのだ。こうなると、いろんな意味でロックに不可能はないと考えさせられる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?